14.目指すのは恋愛結婚

 カロリーヌが如何にもという表情をしている。

 ああ、何か、彼女にとっては楽しいことを話すんだろうな。逡巡の後に。


「どういうことか伺ってもよろしいのかしら」


 ヴィオレットは言った。

 にっこりとカロリーヌは頷く。


「もちろんお話しするわ。ちなみに、ブランドブール侯爵がどういう立場なのか、貴女はもちろんご存じよね」

 言い方が嫌みだなぁ、と思いながら頷き返す。

「当家、ヴニーズ侯爵と双璧をなす立場よ。ベルテールの建国の際、王を扶けた二人の騎士それぞれを祖とする家」

「そう! ヴィオレットのおっしゃるとおりよ」


 カロリーヌは大きく首を振るが、マルスリーヌが首を傾げる。


「この伝承は史実なの、オレリア?」

「ええ。学園で事実だと学んだわ。

 より正確に言うなら、東に広がる広大な平原ブレンヌ・メルヴェイユーズの果てから攻めてきた『野蛮なる一族』を追い返す戦いで活躍した戦士がブランドブール侯爵家の始まり。ヴニーズは、土地を『野蛮なる一族』から取り返した後の復興の際に活躍した航海家だそうよ」

 オレリアが言うと、問いかけた側のマルスリーヌが、うんうん、と首を振った。

「だからブランドブール家は東の平原にいて、ヴニーズ家が西の港にいるのね」

「歴史の事実を重ねるなら、王国のかつての危機――侵攻を受けた時と内乱の時、それぞれでも、時の王とともに戦った家なのよね」

 オレリアが言葉を続ける。


 その間もカロリーヌの口の端は持ち上がったままだ。

 それで、と話を次ぐ。


「そんな由緒正しい御家柄のブランドブール侯爵、ベニシュ家なんだけど。最近は鉄道会社を立ち上げたりして、東の平原に向かった開拓支援に力を注がれているのよね。考え方がものすごく先進的で前衛的だって、お父様の――フロレンス公爵の周囲で噂だそうよ。そういうところが、ご結婚の形にも表れているんじゃないかしら」


 きっと、フロレンス公爵やカロリーヌには信じられない考え方だということだろう。彼女は大袈裟に震えてから、言葉を続けた。


「さっき話に出た先代には三人子供がいたんだけど、三人が三人とも、ご自分で結婚相手を探してこられたんですって」

「恋愛結婚ってこと?」

 マルスリーヌが首を傾げる。カロリーヌは大きく頷いた。

「格好良くいうならそういうこ――」

「素敵ーー!」


 マルスリーヌの大声が響く。カロリーヌは途中で言葉を飲み込み、オレリアとヴィオレットも目を丸くした。

 他の三人がじっと見つめているのにも関わらず、マルスリーヌは頬を染めて、両手を組んだ。


「素敵。やっぱり、目指すのは恋愛結婚よね。惹かれ合って、想い合って、夫婦になるなんて。なんて理想的なのかしら」

「……マルスリーヌはそういう形に憧れるの?」


 一応、とヴィオレットが突っ込む。彼女は、ほうけた顔のまま、頷いた。


「うん。御伽噺のお姫様が理想」

「白馬の王子様が迎えに来るのがいいの?」

「ええ。それで、恋に落ちるの」

 パチパチとヴィオレットは瞬いた。オレリアがこめかみに指先を当てて、口を開く。

「恋に落ちることはできるかもしれないけど…… そういう、結婚までうまくいくっていうのは、貴族の家にはなかなかなくってよ」

「そういうものよ!」

 カロリーヌが叫ぶ。すると

「うん…… そっか」

 しゅん、とマルスリーヌは項垂れた。


 その横で、ヴィオレットも溜め息を吐き出した。

 今のヴィオレットに『恋』という言葉は与えてくるダメージが大き過ぎる。結婚に伴うあれやこれやそれを考えることも。貴族という言葉も!


「それで? カロリーヌは何を心配しているの?」

 オレリアが言うと、カロリーヌもほっと息を吐いた。


「ええっと。どこまで話したかしら。ブランドブール侯爵のご兄弟が全員、結婚相手を自分で探してきたって云うところまでよね。

 三人のうち下の二人は、オレリアと同じ学園で知り合った、地方領主の家の方なんですって。これはまあ、ベルテールの貴族としては許容される話なんだけど。

 一番最後に結婚した、ご長男で跡継ぎであるジェレミー様。この人の結婚が問題なの。お相手はなんと――お屋敷のメイド! 貴族じゃないの!」


 ヴィオレットは、う、と呻いてしまった。あら、とオレリアは首を傾げるだけ。

「メイドさんと恋愛結婚?」

 マルスリーヌは目を点にした。


 反応が嬉しかったのだろう。

「ええ。身分差がはっきりしているっていうのに、驚くでしょう?」

 カロリーヌの口の端がさらに上がる。

「侯爵として王国を支えていかなきゃいけない方の奥方に、庶民のメイドを迎えたの。ちゃんとした貴族の伝統を知っていなさそうな女性を、よ。よく先代がお許しになったわよね。わたしでも、首をひねっちゃう」

 ねえ、と視線を送られて、ヴィオレットは顔を伏せた。

 なんだかとても、苦しい。


 ヴィオレットの反応を戸惑いと取ったのだろう。

「周囲は戸惑ってるのに、ご本人は幸せそうなんですって」

 カロリーヌはまだ喋る。

「ご結婚に限らず、ジェレミー様って変わった方よ。貴族院の議員としての仕事は最低限しかしないのに、鉄道会社の運営や慈善事業にはとても熱心でいらっしゃるんですって。侯爵という立場なのに如何なものかってお父様が嘆いてらっしゃるのを聞いたわ」

「カロリーヌはお父様からいろいろ聞いているのね」


 マルスリーヌがじっと見つめると。やっとカロリーヌは表情を変えた。


「ええ」

 真っ赤な顔でそっぽを向く。

「だから物知り」

「やめてよ」

 口では止めながらも、頬が緩んでいる。嬉しいらしい。


「いいなぁ、カロリーヌもオレリアも。ヴィオレットも王宮でちゃんとやってるんでしょ?」

 マルスリーヌは悄気しょげた顔だ。それを見つめ返す。

「ちゃんと、って何を?」

「シャルル様のご公務に同行されたって聞いた」

「まぁ、そうなの!?」


 カロリーヌが椅子を蹴って立ち上がる。

「もっと早く教えてよ! 何をしたの!?」

 剣幕に仰け反りながら、答える。

「救貧院にお邪魔しただけよ」

「立派な慈善事業じゃない! あぁん、そういうのこそ貴族令嬢としての役目よね! やってみたい!」


 地団駄を踏み始めたカロリーヌに、ヴィオレットは苦笑いを向けた。

 あの場に行って、彼女はその思いのままいられるのだろうか。自分のように情けなくなったりはしないだろうか。


「お役目が何か、自分に何ができるか、悩んでばかりよ」

「そうなの?」

「たまに悔しくて暴れちゃう」

「あ、分かる」


 クスッと笑ったのはオレリアだった。


「もやもやを外に追い出したいんだと思うんだけど。こう、むしゃくしゃするのよね」

「そう。そうなの」

 ヴィオレットがきっと見向くと、オレリアは笑みを深くした。

「わたしは部屋中のクッションを壁に投げつけたり、床にたたきつけたりとかしちゃう。音が出ないし物は壊れないし、おすすめなんだけど。ヴィオレットは何をするの?」

「腹筋とかスクワットとか」


 素直に答えてしまったから。

 三人が。一斉に。

「はい?」

 首を傾げる。

 しまった、と思ったが、もう遅い。

 焦り過ぎて。

「最近は腕立て伏せも始めてみたの」

 余計な一言も加えてしまった。


「ええっと、ヴィオレット…… それは、いわゆる、筋トレというやつかしら」

 さすがオレリア、聞き方がスマートだ。

「トレ…… トレーニング? すごい、自分を良くするための努力をしているのね。さすがね、ヴィオレット。すごいわ」

 マルスリーヌは褒め上手だ。

「……努力なら仕方ないわね。美しくあるためにすることならやって良いんじゃないかしら」

 カロリーヌも話を合わせてくれる。


 だから。

「そうなの。皆さんもやってみない?」

 また余計な一言を言ってしまった。




 その晩。灯りを落とした寝室で、ヴィオレットはずっと腕立て伏せをやっていた。

 筋トレは失敗を忘れさせてくれる。

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