05. 『外見で判断される』っていう場合
ヴィオレットは悩んだ。
夜、寝台に横たわってからも悶々とした。
何故ハロルドが気になるのだろう、と。
美青年だから? それはそうだろう。涼やかな目元の整った顔立ちでいて、口元から笑みが消えたことはない。引き締まった長身だから、背筋を伸ばして立っているだけで、様になる。どうやっても目を引くのだ、仕方ない。
好青年だから……もあるのだろうか。王太子への口の利き方がお行儀よいかと問われれば、否、だ。かなり砕けているし、毒舌に過ぎる。それでも嫌味にならないのは、シャルルとの間に確かな信頼関係が築かれているからなのかもしれない。その証拠に、ヴィオレットに対しては一線を引きつつも親しみを感じさせる話し方をする。
仕事ぶりも全く問題無いようで、むしろ、王宮内で悪い噂を聞かない。
フラヴィも彼を褒めていた。
そう。問題はそこだ。
昼間の庭園で、フラヴィとハロルドが話していたのを見た。あれを思い出すと、とても苦しい。
ああ、でも、ヴィオレットのこともヴニーズ侯爵令嬢として、礼儀正しくエスコートしてくれたではないか。
だけどだけど、ヴィオレットだけではなくフラヴィにも話しかけていたのだ。その場にいたのだから無視できないのは分かるけれど、でもでもでも!
そこまで考えて。
「落ち着かない!」
ヴィオレットは寝台の上に飛び起きた。
とても叫びだしたい気分だ。腕も振り回して、足もばたつかせて、この身の
だが、侯爵令嬢として、そんなみっともない真似をするわけにいかない。
他に誰もいない、深夜の部屋。両手で頭を抱えて、大きな息を吐く。
何度も何度も深呼吸を繰り返して。
ふと、思い立った。
寝台の上にお尻をぺたんとつけて座る。足は肩幅、膝を立てて、上体をゆっくり倒す。
背中が毛布についたら、そこから背中を持ち上げて――
「む、難しい……」
見よう見まねで挑戦するこの腹筋運動とやら、苦しすぎやしまいか。
一度持ち上げただけで、ヴィオレットはめまいを感じた。
こんなに苦しくてはシャルルがギブアップするのも当然ではないか。
いいや、ここで止まってはいけない。体重を落とし、体を引き締めるために必要なことなのだ。
あきらめたらそこでダイエット終了ですよ?
ヴィオレットが王宮へやってきて11日目。
「聞いてよ、ヴィオレット!」
部屋に入るなり、シャルルがドタドタと、小走りで、寄ってきた。
「昨夜は100kgちょうどだった。1kg減ったんだ!」
おめでとうございます、と言いかけて。
「その前にいくらか増えていたのではないですか?」
尋ねる。
う、とシャルルがのけぞって。
「そのとおりです」
後ろに立ったハロルドが眼鏡を持ち上げた。
「ヴィオレット嬢が王宮にお越しになった前の晩に101kg、その5日後に103kgを記録してございます」
「太ったのはお散歩の日ではないですか!?」
「うん、だから焦ってね。次の日もそのまた次の日もそのまた(中略)次の日も歩いたんだ、ハロルドと。その結果の3kg減だ」
「誤差です!」
ヴィオレットは叫び、口元を抑えた。
「シャルル様といると、つい」
言葉が乱れてしまいます、大変よろしくなくってよ。唾を飲み込み、眉を下げたヴィオレットに対して。
「いいんだよ、思っていることは言って」
シャルルは笑ってばかりだ。
「僕が気付けないことを言ってくれると、とても助かる」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
見つめられて、つい吹き出した。
「では、遠慮なく申し上げたほうがよろしいかしら? 腹筋運動しましょう?」
「突然どうしたの?」
「わたくしも痩せましたわ」
「なんで」
「腹筋で。7日続けてみましたの」
夜中にどうしても落ち着かない時は、寝台の上で運動することにしたのだ。フラヴィにばれないようにこっそりと。
「続けられるとは、さすがですね」
ハロルドが笑う。ヴィオレットの心臓は跳ねる。
頬が熱い。知られたくない赤。
だが、ヴィオレットが何を言うよりも先に。
「見習いましょうね、殿下」
ハロルドがシャルルに向き直るほうが早かった。
「無理です」
「諦めるのが早い」
「だってさー。腹筋、難しいんだよー」
どすんとシャルルはソファに座った。弾みで跳ね上がったクッションを上手につかんで、抱え込む。
「ただ上体を上げるだけって、そのだけが苦しいんだよねー」
「大丈夫です、慣れますって」
「慣れる慣れない以前に、できないって言ってるの!」
「大丈夫ですって。お食事は気が付いたらできるようになっていて、かつ、いくら食べても飽きませんよね? それと同じ理屈です」
「違うよ!」
もー、とシャルルは指先をハロルドに突き付けた。
その瞬間、ぷちぷち、と音を立てて。シャルルの服のボタンが複数飛んだ。
今日も、服はぱつんぱつんだ。シャツと上着のどちらも、体の前の
ヴィオレットが頬を引きつらせても。
ボタンが飛んだ上着が気にならないらしい王太子主従は、腹筋運動について熱い会話を続けていた。
「殿下、お話し中ですけれど」
シャルルの正面に立って。ヴィオレットも指先を突き付けた。
「その上着、直しましょう!」
「え? どこを?」
「ボタン! ボタンです! 付け直しましょう。無いときっちり着られませんから」
シャルルはぱちくり瞬きを繰り返す。ハロルドも、おや、と呟いた。
「気にしておりませんで」
「しましょうよ! 身嗜みで判断されることもございますのよ!?」
「……そうかなぁ」
シャルルは首を捻るばかりだ。
「服装でしか判断できないなんて、発想が貧しいと思うんだけど」
「服装に限りません、外見全てですわ!」
もう、と腰に手を当てて。ヴィオレットはハロルドを見た。
視線が合う。彼の涼やかな瞳の中に、威張る令嬢が映っている。すこし息を吞んだ。
「裁縫ができる者を呼んでまいりましょう」
ハロルドは穏やかに笑い、部屋を出て行った。
お願い、とその背中に言ったシャルルがヴィオレットを向く。
「この間も思ったんだけど。ヴィオレット、着替えるのを手間に感じなかったりとかするよね。ドレス、好き?」
「……それなりに」
はあ、と息を吐く。
どうぞ、と示されたので、ヴィオレットもソファに腰を下ろした。今日もやっぱり、シャルルの側に傾いでいる。
見ると、彼はもう笑いなおしていた。
「じゃあ、ヴィオレットに決めてもらおうかなぁ」
「何をですか?」
「明後日の公務に着ていく服」
今度はヴィオレットが瞬いた。
シャルルは、むっちり膨らんだ手を上着の胸に当てる。
「ヴィオレットのいう『外見で判断される』っていう場合がぴんとこないんだ。だから、ヴィオレットが僕の服を選んでくれるかい? 公務に相応しいと思う服を、ね」
「……それは大任ですね」
だが、任されて否やはない。
「喜んで承ります」
立ち上がり、微笑んで、一礼。完璧だ。
穏やかに頷きかえしてきた王太子に、ヴィオレットは訊く。
「公務とは何をなさるのですか?」
「
口の中で繰り返す。
「そこで暮らす方の慰問ですか?」
「そうそう。それでね」
問いに答えて、さらに。
「ヴィオレットも来る?」
シャルルは加えた。
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