第九夜『幽体離脱』
こんな夢を見た。
実家に帰省した夜、父親が使っていた寝室で寝ていると、妹の5歳になる息子が枕元に立って「一緒に羽黒山に行こう」と、寝ていた僕の手を引っ張った。
「羽黒山は遠いぞ。こんな夜遅くには行かれない」
眠気眼を擦りながら僕が甥にそう言うと、甥は不満そうに「嫌だ。今日行かなくちゃダメだ」と駄々をこねる。
「何しに羽黒山に行くんだ?」と甥に訊ねると、甥は首を傾げながら「とにかく行かなくちゃダメだ」とまた手を引く。
不思議な事を言うもんだなぁ、と甥が羽黒山に行きたがる理由をしばらく考えていると、羽黒山を開山した蜂子皇子の、恐ろしい異形の顔をした御尊影がパッと頭に思い浮かんだ。
......蜂子皇子の本当のお顔が見たいのかな?
御尊影に描かれた蜂子皇子の恐ろしい異形の顔は、衆生の悩みを多く聞いたためにそのような顔になったという話があり、本当の顔は穏やかだ。確か羽黒山では開山1400年を記念してその顔を示した秘蔵仏が一般公開されていたはずだ。
それを思い出した時、甥が嬉々とした表情を浮かべて更に力を入れて僕の手を引いた。見ると驚くことに甥の両腕から黒い羽が生えてきて「一緒に空を飛んで羽黒山に行こう」と言う。
夢か現かよくわからないが、またカミサマ世界が何か僕に仕掛けて来たんだろうと思い、もうほとんどカラスに近くなった甥の手を掴んで二人で空へ飛び立った。
カラスになった甥と一緒に空へ飛び立ったのは僕の肉体ではなく幽体の方で、無事に羽黒山にたどり着いたのかどうか、そこからの記憶はぱったりと無い。
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