第五夜『デート』
こんな夢を見た。
「……どっか行きたいね」
「……どっか行きたいですね」
碁盤の目のように整備された町並みの、風情のある石畳の道を二人で歩く。歴史のありそうな神社や寺が街のあちらこちらにあって、高層ビルの替わりに端整な五重の塔が家々の低い屋根の配列からしなやかに頭を突き出している。
京都に良く似た雰囲気の街だが、所々に控えた煉瓦の建物や西洋教会の姿には長崎のような異国情緒もある。
ピーヒャラ、ピーヒャラ、トンツク、テンテン……。
「お祭りやってんのかな?」
遠くから聞こえてくる祭囃子のような音に彼女は心を弾ませていた。普段ならもっとはしゃぐのに、今日は何故かわりと控えめな態度で過ごしている。
今日はすごく女性的だな……。
僕は普段あまり見る事のない彼女の、そんな女性らしさに胸がドキドキした。
この街にはなんとなくふらっと来ただけで、別にデートという感じのノリでもない。でも、見知らぬ土地で見慣れない彼女に出会って心が高揚して来ているのは確かだ。
デートって事にしよう。
祭囃子を二人で追いかけながら僕はそう思う事にした。
街を見下ろす緩やかな坂道に出る。僕は彼女の少し後ろをついて行く感じで歩いた。デートだ、と意識した時から、並んで歩くのが急に照れ臭くなっていたからだ。
坂の途中、色艶やかな着物に身を包んだ舞妓さんたちと擦れ違う。しゃなり、しゃなり、と習熟した女性らしさを醸し出しながら、古風な街に奥ゆかしい色気を添える。
その歴史と風土に囲い込まれた女性美には多くの男性が憧れを抱く。
「舞妓さん、綺麗だね。アタシも着物着て歩いてみたいなぁ」
僕が舞妓さんたちに見惚れていると、彼女がポツリとそう言った。彼女はいつもどおりのラフな格好で舞妓さんの真似をしてしなを作ったが、舞妓さんと同じようには振舞えず、ぎこちない動きでおどけて見せた。
「舞妓さんって、難しい~」
「ハハハッ、その格好じゃ無理ですよ」
僕はそう言って彼女をからかったが、僕が見惚れていたのは舞妓さんだけではなくて、そんな無邪気な彼女もだった。
「スタイルいいから着物姿似合うと思いますよ。一度見てみたいです」
「ホント? ……似合うかな」
絶対似合いますよ。
照れ臭いので僕は心の中でそう言った。
穏やかでのんびりとした時間。僕たち二人はふらりふらりと気になる建物やお店に入って、その土地の郷土料理を食べたり、名産品などを眺めたりして街を楽しんだ。
「あっ、これいいなぁ。友達のお土産に買って行こうかな?」
帰りにふらっと立ち寄ったお店で彼女が土産物の赤い下駄を見つけた。土産物屋ならどこにでも売っていそうな下駄だが、よく見ると鼻緒に繊細な和の装飾が施してあって、かなり手の込んだ作りになっていた。彼女はその下駄を手に取って見惚れている。
「ちょっと履いてみるね」
彼女はそう言ってスニーカーを脱ぐと、ローライズのジーンズをおもむろに捲し上げて、白いすらっとした生足を披露した。僕は片足立ちでバランスを崩しそうな彼女に肩を貸して、彼女が下駄に履きかえるのを手伝った。
思えば初の接触かもしれない。僕は彼女の軽いボディタッチに緊張して体が変にぐらついた。彼女が右足を履き終え、左足に移る時、僕は緊張している事を悟られないように平静を装って体勢を立て直そうとしたが、思わず体が仰け反って、彼女と一緒に後ろに倒れてしまった。
どすん、と尻餅をついた瞬間、僕と彼女の頬がくっついた。密着してしまった気まずさに顔が真っ赤になる。嬉しいアクシデントではあったが、はにかみ過ぎて言い訳も出来ずしばらく無言でいた。
「ご、ごめん、大丈夫?」
思わぬアクシデントに彼女の方も照れ臭そうだった。
好きだ。
まったくそんな雰囲気でもタイミングでもなかったが、僕はアクシデントついでに思い切ってそんな言葉を口にしてみようかと思った。でも顔を背けて恥らう彼女を見て、やっぱりその言葉をぐっと飲み込んだ。気まずいまま店を出ると、外は夕暮れが迫っていた。
ドキドキ感だけをそのままにして、僕たちはまた何食わぬ顔で街を歩いた。暮れなずむ街の景色が妙に淡かった。
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