第2場 アンラッキー

「本当にこっちなんだろな…」


真っ暗な通路を先に行くエルフに、ザドは不機嫌に問いかけた。たが松明の代わりに杖を光らせ、辺りを見渡していてるエルフは、その問いかけには黙ったままだ


「おい、どうなんだ!」

「あ、えっ〜と、大丈夫だと思います」


少し声を荒げると、愛嬌のある顔をこちらに向け、何食わない顔でそう答える。


ぐォぉぉぉーーーぅ


返事と同時に通路の奥から、風鳴りが不気味に木霊する。それとも、ここの住人が招かざる客へ、挨拶代わりに咆哮を上げたのか?


「にぃちゃん、待ってよ〜」


弓を構え、とぼとぼとしんがりに付いてくる弟のクムが、情けない声を出す


「チッ」


大陸屈指の迷宮[竜の骸]、その最深部からの脱出を、この貧弱なパーティで挑む事になるとは、ザドは自分の不運さに思わず舌打ちをした


(…ついてないぜ)


しびれだした思考回路で、意味がないとは分かっていながら過去を反芻する。



北の玄関、商業都市ロントで出来た博打の借金から逃れる為に、辺境の町カドクに逃げて来たのが今から5日前、路銀の乏しさを何とかしようと酒場に寄ったが、目ぼしい仕事は無かった


(チッ、しけてやがるな)


こうなったら焼けだと、踏み倒すつもりで料理を注文し、座った席の隣に奴らはいた。

男勝りに料理を食べる女と、ひょうひょうと喋るエルフのパーティ、漏れ聞こえる話でどうやら、あの悪名高き[竜の骸]に挑むつもりらしい。

正直その事については興味は無かったが、女の腰物に目がいった。業物とまではいかないが、それなりの品に間違いなかった。それによく見ると煤けてはいたが、身に着けている物もなかなかなの品物ばかりだ。

取り柄と言うほどでもなかったが、目利きには自信があった。ステーキ肉を一口食べ、ワインの入ったグラスを片手に舌なめずりをする


「よう、面白そうな話をしてるじゃねぇか」


そう言い、自分の椅子をくるりと回転させると、女とエルフの会話に割り込む。それまでボソボソと話していた二人の声がピタリと止んだ、静まる店内、ザドは交互に二人を見比べる


「そう邪険にしなさんなよ、お嬢ちゃん」


そう言うと、女が鋭い眼光で睨みつけてきた、下手に続ければ腰の物を抜きかねない、そんな気迫がこもった目だ


「おいおい、物騒真似はよしてくれよ。聞くつもりはなかったが、あんたらあの竜の骸に行くんだろ?見くびるわけじゃないんだが、あそこに二人だけで挑むってのは、ちょっと無謀じゃないか?経験者としてはちょっと心配になってな」


そう言うとテーブルの上に古びた1枚の銅貨を置いた。それを見て女の目の色が変わる、手を伸ばし確認しようとする所を素早く交わし、銅貨を懐に仕舞う


「おっと悪いな、こいつはあそこから持ち帰ったお守りみたいなもんでね。触って欲しくないんだ、ちょっとした験担ぎみたいなもんさ」


そう言っておどけて見せる


「で、なにか用?」


「いやなに、俺達を雇わないか?少しばかりなら役に立つと思うがな」


そう言ってじっと女の目を見据える、口元に手を当てて伏せ目がちになる女。

兄の後ろでおどおどしている弟と、二人のやり取りを他人事の様に眺めながら、器用にホークで魚料理を食べるエルフ。

食器のカチャカチャという音だけが、店の中に響く。


「いいわ、話を聞こうじゃない」


女は足を組み、体をザド達のテーブルへと向けた。


ザドはいつも不思議に思っていた。

冒険者と名乗る者達はなぜ、リスクが高く不確定要素が多いダンジョンに体を張り、あるかどうか分からない“お宝”とやらを探しに行くのか。理解に苦しむ馬鹿らしい行為だと、蔑みさえしていた。

そんな事をしなくても、巷には富を得る方法は幾らでも転がっている。ただ、それを手に入れるツキが自分達にはまだ回って来ていないだけだと。

言うまでもないが、ザドは[竜の骸]には行ったことなどない、それどころか、噂程度の知識しか持ち合わせて居なかった。

伸るか反るか五分と五分、相手が露骨に嫌悪感を出せば、イチャモンを付けてひと暴れし、どさくさに紛れて店を後にするつもりだった。

だが女は話に乗ってきた、このまま上手くパーティに混ざれれば、チャンスはいくらでもある。

[竜の骸]への道中で金品を盗んで逃げるもよし、ダンジョン内で罠に嵌め身ぐるみ剥がすもよし


(俺にもツキが回ってきたぜ…)


ザドは心の中でニタリと笑い、お得意の嘘八百を饒舌に並び立てながら、コップになみなみと注いだワインを呷った。

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