第12巻  決戦!秋の大祭

 「・・ぬああああああッ!」 


 その日が訪れるまでは、天狛の人生で一番静かで平和な日々が過ぎていた。掃除して、お遣いに行って美味しいご飯を食べて、昔の話しや今までの事、そんな話しを織絵として毎日が終わるだけだった。

 だが、やっと秋が深まり祭り太鼓が神社に活気をもたらして、天狛の悲鳴と共にその日はやって来た。


 純粋にのんびり祭りを楽しみにしていた地元の人々、全国各地レベルで結集するコアなアイドル(?)ファン、音楽フェスと勘違いした者、露店、野次馬あらゆる人間を巻き込んでごちゃまぜに、天狛が担当するグッズ販売所兼雑務所にぶちまけられて彼は人生初のパニックを味わう事になった。


 現在は第1幕を地元の人やちびっ子優先、無料でそれ以外は、グッズおよびCDにチケットが付いており、それを買わなければ幕の中へ入れない。コンサートは二日間の二部構成となっている。

 

「おい、もう無いのかよ!?」

「なんで!なんで!なんでもっとないんだよ!」

「このハゲェッッ!」

 

 怒る者、泣く者、悔やむ者、金を渡して入り込もうとする者。彼らは天狛の言い分など聞きはしない。

 第1幕開始前に既に揉みくちゃにされ、暴徒と化す寸前の群衆の中にはエルボーや膝蹴りを入れる者までおり、天狛は憔悴し切ってしまった。


「はぁッはぁッ・・なんだあの狂信者どもは!」


 神道ってこうだったかと、天狛はズタズタになってパイプ椅子に崩れ落ちた頃に、マイクから織絵の声がした。



「みんな、元気ーー!?」


 返事はただの怒号にしか聴こえない。大変な盛況ぶりだ。人間の数は1000人を超えるとどれだけいるか計測出来なくなる。

 だけど、用意した第1幕のチケットは800枚、これ以上は圧死者が出るので仕方ないがこの「織代神社 超!収穫祭☆織絵LIVE!」の始まる頃には立ち見も歌が聴こえる場所も、神社周辺あちこちが人間で埋め尽くされていた。


「つえぁぁ〜ッ!」


 ライブが始まると天狛と雇われた警備員達は歌声どころではなく、手にした仕切り棒で観衆のゾンビアタックを必死で防ぎ、早くLIVEが終わる事を祈って叫ぶしかなかった。







「なによぉ、コレ!前に進め無いじゃない!」


 この日、織代神社に訪れた桃子は、あまりの人だかりに辟易した。


「うぅん!」


 後ろでは詩織が完全に人波に潰されている。

 結局、桃子は見届け人として付いて来ただけで口は出さない約束だった。




 気がついてみたらあなたを探していた


 古い校舎を いつもの道を


 ずっと一緒いつも二人だったのに


 季節の中から あなたは消えた



「・・にしても、センスは古いけど、いい歌声ね・・」


 今流れている静かで悲しいこの曲は、歌謡曲の洗礼を受けていない世代にはピンと来ないが、なにか心を揺さぶる歌声である。

 


 思い出が一雫 つたう涙


 振り向いた時間だけ


 逢えるのよ・・ 


 還らない二人だけの I adore You...



「うぅっ・・!」


「どうしたの?気持ち悪くなった?」


 詩織が口を押さえるので、桃子は人ごみに酔ったかと背中を触ったがどうやら違うようで、歌を聴いている内に感極まってしまったらしい。

 今もこの虚空に、突然いなくなった好きな人を想い続けた切ない女の心が歌い上げられている。

 その想いには詩織も共感出来るらしく、心を焼いてしまっていた。


 群衆も不思議と、皆静かで歌声だけが辺りを包み、まるで少し欠けた月すらうっとり聴いているようにぼんやり輝いている。


「そんな場合じゃない!」


 感受性の強い詩織を、桃子は担ぐ様に本殿へ向かっていく。




 本殿前の垂れ幕内では、今夜のLIVEのフィナーレも過ぎてこれ以上やれば注意される時間が来た。


「みんな、今夜はありがとう!」


 盛大な拍手は鳴り止まず、至る所から織絵の名を叫ぶ誰かがいた。

 そして、何かを決心した様に織絵はマイクを両手で握り締めた。


「今日は、皆さんに!この場を借りて大切なお知らせがあります・・!」


 会場はざわめく。あの不老アイドル織絵がまさか遂に・・


「結婚・・したいなって、思える男性が・・」


 観衆は大方そんな所だろうと、予想は出来たし絶叫する者拍手する者様々だったが、マイクに負けじと、乱入した詩織が叫んだのは意外なハプニングだった。


「ちょっと待ってください!!」


 その声の主、遠野の若き当代詩織を見るや織絵の表情は一変した。



「アンタ・・」


 さすがに織絵も驚いた。まさか、こんな時にやって来るとは。


「お願いです、私から天狛さんを奪わないで!」


 一変、会場はざわざわとざわめく。事情はわからないが織絵が返す言葉に注目が集まっていった。

 織絵は運営側の人間を呼び、何かを耳打ちした後、乱入者である詩織に告げた。


「天ちゃんはもう、この織絵のモノ!アンタやない!元からウチのモノや。まして、その足の引き換えやったんやから!」


「たしかに、私の足の事は感謝しています・・でも!天狛さんをまるで物みたいに引き渡すぐらいなら!・・こんな足、私はいりません!」


 ステージの上の二人はどちらも退く事なく見つめ合う。

 そこに天狛が警備員に連れらて引き出された。


「天ちゃん、この娘とウチ・・どっちや?」


「天狛さん・・」


 二人の視線は、いや会場の視線は天狛に集まった。


「いや、あの・・俺は、その・・いや」


 天狛俊、彼の罪はなんだろうか?それは主体性の無さと、魅力的な男性であると言う自覚の欠如に他ならなかった。

 彼が自分に価値がないと思い込み過ぎた故に、まるで死すら恐れない勇敢な男に見せていただけなのだ。


「なら・・」


 織絵は眼を閉じて笑った。あの優しい天狛が、群衆の目の前で女を泣かす決断はしないとわかっていた。

 ヒーローが人質には手も足も出ないのと同じである。自分でも意地悪だった、そこで。


「このステージの余興に、一つ勝負と行こうやん?アンタがウチに勝てたら、天ちゃんは解放する!」


 詩織は息を呑んだ。まず勝負が何かわからないし、自分が空気に飲まれているとも思った。

 織絵は観衆の前でわざと自分を煽り、決着を付けようとしている。


「・・どんな、勝負なんですか?」


 だが、それでも天狛の為に詩織は戦う事を選んだ。


「式神ぐらい、アンタも知ってるやろ?」


 式神とは主に依り代となる紙などでまず形を作り、イメージを投影し氣や霊力を物質化して使役する術である。


「それはウチの特製でな、アンタみたいに半端でも出来るハズ。それで生み出した式神で勝負や!」


 織絵がそう言うと、若い巫女さんのアルバイトの娘が、箱に入れられた紙を二人の前に置いた。

 観衆はイマイチ理解が追い付かない為、コンサートの前説をしていた司会の男性が興奮して居ても立ってもいられないでステージに上がってしまった。


「・・さあ、皆さん!大変な事になりました!素敵な歌を聴き終わったやいなや!このステージで同じ男を愛した二人が睨み合い、火花を散らします!

 式神を生み出す秘術を駆使して、さあさあ世紀の女の戦いが今!始まります!


 式神ファイトォォォ・・!」


 そこまで進めると、司会は二人の眼を見た。それにまず反応した織絵は叫ぶ。


「・・レディ!」


 織絵の型紙から、人の背ほどの竜の頭をした騎士が現れた。

 それを見た詩織は、見よう見まねで型紙へイメージを飛ばし叫んだ。


「ゴーー!」


 会場の熱気は、ボルテージは一気に上昇した。もしコレが仕込まれた演出なら、大したイベンターである。

 唯一乗り切れないのは天狛だけだ。




「まだまだやねぇ、それ天ちゃんか?似てへんけど!」


 式神の強さはイメージ、想像する力に依存する。さっそく西洋甲冑を着たドラゴンの様な式神は、槍を連続で打ち込で来た。


「・・ンンッ!」


 詩織はまだ、印を結んでイメージし続けるのがやっとだ。

 もしイメージを失ったら、式神は元の紙に戻って負けとなるだろう。

 とにかく今は必死で防御するしかない。天狛に重ねたイメージの戦士は、槍からバックステップで距離を取る。



「それが命取り!」


 突然、ドラゴンは口から火を噴いた。槍で捉えなかったのは火炎が確実にヒットするまで追い詰めていただけだ。


「・・天狛さん!」


 自分の式神に詩織は叫んだ、その時天狛にかつて言われた言葉が過ぎった。


「死中に活あり」


 今垂直に向かってくる火炎放射に怯えず、懐に転がり込む。


「そこ!」


 そこから一気に突き上げて、火炎を口ごと封じた。

 会場はおおっ!とどよめく。


 だが、横転したドラゴンは足を天狛の式神の首にかけて投げ飛ばす。見事な返し技である。

 そしてすぐに体制を整えて、倒れたままの天狛式神へ独特のステップからトペ・シーダの様な突撃技を敢行する。


「避けて!」


 詩織の反応とリンクして、天狛式神は背を向けて避ける。しかし、ドラゴンには火炎がある。背中を焼かれて悶絶してしまった。

 そのダメージは、詩織の汗となって見て取れる。


「動きなさい!詩織、止まっちゃダメ!」


 桃子が叫んだ。そこから天狛式神は腕を取られて火炎が来るも、関節を上手く使ってくるくるとドラゴンの周りを回転しながら火を避ける。

 火をモロに受けるなら、回転する事でダメージを分散する。日頃合気で鍛えた詩織の発想である。


「やったぁぁ!」


 ドラゴンの長い首を持って投げつける。桃子の声と会場の歓声がリンクする。



「なかなか、どうして・・やるやないか!でも、お客さんの時間もあるしもう遊びは終わりや!」


 織絵は不敵に笑うと、更に複雑に印を組み直して結ぶ。


「はぁぁぁ・・!」


 織絵の氣の高まると共にドラゴンの騎士の肩アーマーが吹き飛び、そこから首が二本姿を現した。

 こうなれば、火炎なり火球は三倍の火力になる。正に奥の手だ。



「ダメ・・このままじゃ勝てない!」


 そこからは避けるのが精一杯になり、火を避けては蹴られ、殴られし何度も天狛はダウンした。


「こんな時に天狛さんなら・・」


 詩織は、それでも活路を見出すべく、何度も何度も立ち上がった。当然、精神を疲弊させ、凄まじい汗で疲労困憊となって行く。


「詩織ッ!」


 桃子の叫びもむなしく、天狛は立っているのが不思議なぐらいだ。


「・・詩織!」

「・・詩織!!」


 会場から、時に詩織コールが飛んだ。思えば不慣れな彼女が、想い人の姿を駆ってここまで戦い抜いた。

 その勇姿が人の心を動かし始め、遂に詩織コールは大きな渦となった!


「天狛さんなら、絶対にあきらめない!」


 詩織は天狛を高く飛び上がらせ反転し、バックから羽交い締めにした。


「アホか!!」


 長い竜の首がこちらを向き、今にも火を吐こうとする。だが、詩織は何も恐れずバックドロップでそのまま投げる。

 その衝撃で火の軌道は逸れ、竜の顔同士焼いてしまう。


 倒れた二体は、先程の司会扮するレフュリーがダブルノックダウンとしてカウントに入る。


「・・8・9・10!」


 10時42分、ダブルノックアウト両者立ち上がれず!



「・・ウソ・・!?」


 呆然と立ち尽くす織絵、一方詩織は立ち上がるも崩れ、天狛の名前を呼んで気絶した。

 桃子に支えられ、やり尽くした詩織は満足気に眠ったままだ。



 そこに、会場から盛大な拍手が送られ司会者は電車の時間もありますので、お早めに退場する様にアナウンスをする。



「・・なかなか、やるようになったな」


 詩織にチラッと眼をやり、天狛は言った。

織絵はやや不満気にこう返した。


「アンタがハッキリせんからや!」


 そしてこうも、織絵は言った。


「まあ、ウチもハッキリとケリは付けられんかった・・あの子ら、部屋で寝かせたって」


 そう言って、明日もあるからと織絵もステージを降りた。

 まだそこにある興奮した熱気を置き去りにして、勝負は引き分けとなったのだった。





 織絵が休む為に戻った後、天狛は桃子に近寄った。


「裏切り者!天狛の裏切り者ッ!詩織がどんな気持ちで戦ったか、アンタにわかる!?」


 目が合うなり、桃子は天狛に噛みついた。


「貸せ・・もうお前らだって電車なんかないだろう?」


 気を失った詩織を抱き上げると、身体が濡れていた。汗だろう、放っておくと脱水症状を起こしかねない。

 天狛は来いと言って神社の敷地の端にある、織絵宅の自分充てがわれた部屋へと招いた。


「着替え借りて来てやる、洗濯機は下にあるから洗ってやれよ」


 天狛はそう言った後、一階から着替えとスポーツドリンクを数本持って来て、自分は後片付けがあると家を出て行った。



「詩織・・アンタ、負けてなんかなかったよ!」 


 桃子は、そう何度も語りかけながら詩織の服を脱がせて拭いてやって着替えをさせる。

 身体を起こして口移しに水分を補給させて、詩織の激闘を一人讃えていた。



 天狛は人々が家路へと散って行き、祭りの灯りが所々残るのを見つめながら自分はどうすれば良いのか、心底悩んでも答えは見つからなかった。

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