第11巻 織絵の天ちゃん



 とある神社の境内。あの男が法被を羽織って箒を手に、茶色くなった落ち葉を集めていた。

 髪は相変わらず、顔の半分を隠す様に垂れ静かな表情で黙々とゴミがあれば手に取り、まだそんなに落ちて来てはいない葉を掻き出す。



「天ちゃーん!ビニール袋入れるんやで、燃やしたらアカンよ!今どき、役所うるさいからな」


 そう元気に、天狛を呼ぶ声。巫女姿のあの女性だった。


「フッ・・昔とは違うな」


 幼い頃、目の前の女性を含めて近所の大人達と焚き火をして、焼き芋をするのが冬の楽しみの一つだった。


「今って、スーパーで売ってるやん?阿部寛さえ来んかったらいつでも食べれるて」


 天狛は別に焼き芋が食べたいワケではないが、この巫女服を着た女性は持って来た紅茶を置くとこの後の予定を言った。


「ほな、これ終わったら買い物行こ。ん〜新婚さん、いってらっしゃいやな!」


 この二人、実は幼馴染で同じ年齢である。女性の名は織絵と言い、天狛の姉と言っても過言ではない存在だった。

 昔から人間付き合いが下手な彼は、幼稚園の帰りの集団帰宅で手を繋ぐ相手がいつも見つからず、見かねたこの織絵が手を繋いであげ、いつしか定着したかの様にいつも手を繋ぐ様になった。それがこの二人の縁である。

 しかし、天狛も見た目は非常に若いのだが、彼女は更に若い。それが二人の関係をわかりにくくしていた。



「天ちゃん、天ちゃんが転校してから、二年近く前にばったり会うまで、ウチこんな日が来る思わんかってな・・」


 紅茶を不似合いな縁側で啜りながら、織絵は再会した日を思い出していた。それは、丁度卒業を控えて詩織が代を引き継いだ時だった。

 遠野を出奔した天狛は、行く宛も無く街を彷徨った。ある繁華街で、肩がぶつかったのなんのと絡まれた時、ある人物が仲裁に入った。

 蝶ネクタイを締めた鬼瓦のアニキと呼ばれる何処ぞのボーイ風の、本職の男だった。それから天狛は事なきを得た後、彼に拾われて無愛想なのでとりあえずサンドイッチマンを任された。

 サンドイッチマンとは、広告費が高いが為に客の誘導を兼ねて大通りに立ち、棒に刺した店の名前や値段を書いたパネルを掲げて、同じ様にパネルで背中と腹を挟む様から来ている。



「・・天ちゃん!?アンタ、天ちゃん・・天狛俊やろ?ウチや、覚えてないん?二色織絵(ふたしきおりえ)!」


 繁華街を歩いていた織絵は、看板だらけの男を見かけて立ち止まった。

 あれから何十年の月日が流れたとしても、忘れ得ぬ人を見たからだ。駆け寄るなり、彼女はそう大きな声で言った。



「久しぶり・・」


 自らの恩人を忘れる天狛ではなかった。ただそれだけ言って、ただ自分を見つめていた。


「アンタ、ちょっと待って!なにしてるん?」


「サンドイッチマン・・」


 織絵の必死の問いかけに、天狛はただ見たままの職業を答えた。彼女の質問は、今までを含めた全てへの疑問だったのだが。


「おーい、コマ!お前、コレ、してこいや!」


 そこに、例のボーイ風の男が近寄って、箸を動かすデスチャーをした。


「おい、コマ!テメェ、オネーチャン引っ掛けてどーすンだ?ああ、いやすいませんね!ウチの若いのが・・」


「ああ、鬼さん。昔の友達なんだ、昔の・・」


 そう言われて、鬼瓦は織絵の前に回り込み顔を見た。彼はもう天狛の年齢を聞いて知っているのでギョッとたまげてしまった。

 昔の友達にしては明らかに計算が合わないからだ。


「ええ!?ああ、そうかそうか。話し終わったらメシ行けや?な!お前松本屋のカツ丼好きだろ、食えや。じゃあな!」


 そう言って、鬼瓦は織絵に笑顔で頭を下げ「野郎、隅に置けないな」と呟いて自分の業務を再開した。



「天ちゃん・・アンタ、色々あったんやな・・元気にしてたん?そや、ウチも今は地元離れてな。母方の神社おるねん、コレ!電話しぃ、絶対やで?」


 天狛は黙ってポケットに差し出された紙をしまった。

 織絵はそのまま立ち去って、前回、詩織の件で話した以外は、一度だけ何度も硬貨を入れる音がする長話をして、その翌日に一緒に食事しただけだった。





「天ちゃんがまさかあの遠野におったなんて、世の中狭いんやなぁ〜」


 彼女は遠野を知っているだけではない、魔除けの札など二代織絵作の物は有名で遠野にもそれは卸されていたのだ。

 二人の別れの後、天狛の経緯も驚くべき物はあるが彼女もまた母方の実家のこの神社で、呪術の才能を開花させていたらしいのだった。


「買い物、いいのか?今日おかず無いってたろ・・」


 天狛は飲むべき中身がなくなったカップを重ねて、開いた足の膝同士くっついて肘を置いて顔を支えたまま動き出しそうもない織絵に言った。


「・・アカンアカン!そやな、パッと着替えて行かな!」


 その後、本当に肩を空かしたセーターとタイトなジーンズに文字通りパッと着替えた織絵は、カップを台所へ持って行って洗い終わった天狛の腕を抱いて、駐車場に引きずって歩いて行った。


 それは三十年ほど前の姿が、今の二人に重なる様な光景であった。






「あの裏切り者、アタシが探し出してとっちめてやるから!」


 まだ歩行はぎこちない詩織の練習に肩を貸しながら桃子は吼えた。

 裏切り者とはもちろん天狛の事を指している。


「天狛さんの家、コレが・・」


 弓弦は1枚の紙を二人に見せた。


 今まで世話になった、

 婆さんによろしく頼む。

 弓弦、俺がいなくても頑張ってな

         

           天狛



「アタシ達になにも無いじゃない!」


 怒りのままメモ用紙をグシャグシャにした桃子に、詩織は止めるように頼む。そしてその紙を片手に握って胸に寄せ、また泣き出してしまう。


「天狛さん・・私のせいで!」


 弓弦は天狛さんは、きっと帰ってくると詩織を励ました。彼に師事したこの数ヶ月、実は弓弦が一番天狛を深く知っていたのかもしれない。

 時に棒術や、天狛の独自の拳法の様な物を側で学び、体力づくりや食事法まで教えてもらっていたのだ。


 故に自分にとってはあの厳しくも優しい師である天狛が、簡単に自分の使命を捨てられる男ではないと確信していた。


「そうよ・・アイツがいなきゃ、これからあの鞠持った子とやり合わなきゃいけないのに!」


 桃子の言うように、天狛は遠野の重要な戦力なのだ。


「天狛さん・・」


 その隣で、詩織は彼の名を呟いてある決意を固めていた。

 しかし、今は足の回復に専念するべき時だ。まだ鈍くしか動かせないそれを、彼女は可能な限り引きずって歩いた。





 ここは織絵の行きつけのスーパーマーケット。入口から個人の店舗がいくつか入っていて、鶏肉と焼き鳥の店は彼女のお気に入りだ。

 なにせ他所では中々この品質のかしわ(関西地方の鶏肉の呼び名)は手に入らないと言う。


「あら・・?誰かしら、いい人見つけて!」


 いつもは一人の織絵が男性を連れて買い物に来たので、驚いた女将さんはそう言った。


「フフッン〜、めっちゃ男前やろ?天ちゃん、挨拶しぃや!」


 天狛はビクッとして、アゴから頭を下に下げただけだった。


「じゃ、もも3枚、いや4枚は食べるかな?おっきいからな・・後、鶏だんご五百と・・」


 並べられた鶏肉や、焼き鳥を織絵が眺める間、珍しい生き物を見つめる様に店の中で働く一家は天狛を見つめていた。

 考えてみたら、織絵の様な気立ての良い美人が今まで独身である方がおかしい。

 ならばこの男、なにかある。そう一家は同じ様にそれぞれ考えているのだろう。


「おばちゃん、おばちゃん!モモのローストも3つね!」


 ああ!と我に帰り、女将さんはレジを叩いた。



「あそこの鶏肉、ホンマ美味いねん。今日は織絵特製唐揚げ作ったるから、ちょっ!楽しみにしときや?」


 そう言うと、フフッと笑って一人突然やって来た居候の為にお米を急遽買い足さなければならないと、二人はスーパー本体のお米コーナーへ行き、いつも織絵が買う銘柄10キロを天狛に担がせた。

 それから添える野菜をいくつか買って、玉子とカゴに入れ込んだ。


「アンタ、他に食べたいのないん?言ってみ、ん?」


 天狛は首を振った。再会してからずっと感じていたが、天狛は昔とかなり違う。おとなしすぎる。たしかにナイーブな所はあったが、優しくももっと強がった少年のイメージがあった。


「緑・・今も好きなんだな」


 この間のセーターとは違うが、今も深く濃い緑の物だ。突然、天狛はそう言った。


「緑違う、ビリジアンや。よぅ覚えてるなぁ小学生の時やん?」


 その言葉に織絵は感激し、また安心した。あの頃にした、絵の具の好みの話しを彼は覚えていてくれた。

 今の天狛は、身の上話しに聞いた内容では苦労の連続だったのだろう。今後は自分が埋めてあげれば良いと思った。

 あの遠野も一度放逐され、あの日再び出会った。ならばそれは、ある種の導きだと今確信した。


 もちろん、織絵ほどの女性には男で悩む事はあっても相手に困る事はなかった。

 単純に極まった彼女の霊力は、人の隠した些細な邪心も見抜いてしまう。だからこそ独り身であったが、天狛にはそれが微塵もない。

 遠野の娘への自己犠牲を厭わない姿勢も、あの日のままだった。それが幼い頃から彼女の心を揺さぶる大きな要因だった。



「・・天ちゃん、じゃレジ済まして早く帰ろ?」


 織絵はあの彫りの深い瞳を細めて、天狛の手を握って歩いた。幼年期の刷り込みとは強烈で、何十年離れていてもまるで姉弟の様にお互いを理解し合えてしまうのだろうか。

 何にせよ、今現在二人は部外者からみたら若い夫婦にしか見えていない。





 それから数日、遠野本家では詩織の足の回復も終わり、主要なスタッフが大広間に集まって天狛奪還作戦の概要が説明されていた。

 一切口を開かない遠野諜報部所属の黒子姿の人物はナレーション付きでスクリーンに映写して説明していた。



 天狛が匿われている織代神社は、表向きは稲荷系統であり商売繁盛、恋愛成就の御利益があるとされ、近年地元では段々と知名度を上げ、それは今の代、即ち二色織絵になって顕著である。

 春秋の大祭、そして正月の初詣では特に賑わいを見せ、そこで行なわれる【オリエ超開運LIVE】なるコンサートは一部で高い人気を誇ると言う。

 もちろんメインは二色織絵、それから巫女のアルバイトを彼女が一から鍛え上げた「コンコンガールズふぉっくす♡」がかなり売り上げを伸ばし成功している。


 これを春夏秋冬、あらゆるイベントに盛り込んで盛り上げる傍ら、自らの霊力を駆使した本物の霊感グッズ販売の最大手とも言えるビジネスを営んでおり、我が遠野も彼女の顧客の一つである。 

 祈祷・お祓い・占い、あらゆる霊感のジャンルで国内のトップ付近にいる霊媒師が頼みにする一流メーカーである。


「なによ、それ?むちゃくちゃじゃない・・」


 桃子はうっかり口にしてしまった。そこで黒子は映像を変えて、彼女自身の生い立ちを語った。そこにはどこから引っ張って来たのか小学生の頃か、照れた様に緊張する天狛と

ピースして頭を肩に乗せた織絵がいた。


 天狛俊とは幼稚園時代から中学生まで、彼が転校するまでずっとクラスは同じで、当時の担任に話しを聞きましたが「見ていて離せられなかった、姉弟とかそう言う仲の良さだった」とおっしゃられ、そして付け加えると主導権は二代織絵にあったそう。


 また写真は切り替わり、中学生の織絵が写っている集合写真が出て来た。丸は一つだけ織絵を囲み、他生徒は斜線で隠されていた。


「天狛さん・・?」


 詩織は中学生の天狛が一目みたくて、指で探して声にしてしまった。だがそこに彼はいない。

 黒子はナレーションを入れる為に咳払いをして黙る様に合図した。


 

 同級生の方のお話しでは、天狛に両親は無く、祖母に育てられていた。その祖母の死を持って彼は親類に引き取られて転校。

 明るかった二色織絵も、まるで元気を無くしてしまい可哀想だった事を良く覚えている。と我々に語ってくれました。



「流石、総理大臣の白髪の数までわかると言う遠野の隠密・・いや、人にドラマありだな!」


 運転手の青木までがたすきを締めた姿で言った。奪還作戦は割と本気でやるつもりなのだろうか。

 だが、お褒めの言葉に預かった諜報部員は既に姿は無かった。彼等がいつ何処で再会し、連絡を取り合う様になったかはまだ定かでは無かったからだ。



「天ちゃんがどこにいて、何をしているかは良くわかりましたね・・」


「今すぐ乗り込んでって、あのオッサン連れ戻せばいいのよ!ね、そうでしょ?」


 小百合がどうする物か問う前に、桃子は数の暴力で訴えようと皆に眼を配った。



「でも・・天狛さん、詩織ちゃんの足の・・」


 姉の激に、弓弦が渋った声を出した。常に仕事は約束、引き受けたからには必ず遂行すると言う精神を天狛は彼に語っていた。

 そんな天狛がその道理を引っ込めるハズがないと思えたのだ。




「・・私が一人で行きます!おばあさま、皆さん、天狛さんの件は私に任せてください、お願いします!」


 詩織は一息飲んで、珍しく大声で言った。それには一同様々な反応があったが、祖母である小百合はニヤリと笑って言った。



「では、解散と言う事で・・」


 桃子は納得行かず自分も行きたいと言うが、詩織は桃子に自分の決意を延べた。



「私は、必ず天狛さんを取り戻す。この足と引き換えたって・・きっと!」


 その背中に、桃子は何も言えなくなって小さな溜め息を吐くしかなかった。






 夜、気を使って最後に風呂を使わせて貰った天狛は、風呂上がりに本殿から音楽が結構な音量で聴こえるのに驚いた。


「なんだ・・?」


 ポップスと言うのだろうか、柱を背にして音楽なぞ詳しくもないのでわからないがとりあえず覗いてみた。

 そこにはマイクは切られているが、動きやすい普段着ながらちゃんと振り付けを舞い真剣に舞台練習する織絵がいた。


「なにやってんだ!」


 そんな天狛への疑問に、少し中断して説明する。


「なにって、秋の収穫にお祭りするやん?神楽とか終わったらおまけでLIVEやん?」


 天狛はちょっと意味がわからなかったが、彼女は寂れかけた神社だったこの織代の神社を巫女のアルバイトで入ってから様々なイベントで盛り上げ、見事再興させたのだ。

 その中でも一番成功したのが、季節季節の節目の【織絵LIVE!】であり、自作の楽曲はアルバムCDで4枚目にもなる。

 

「最初はさぁ、地元の人パラパラ来てくれる程度やったんやけど、段々エスカレートしてしもうて!」


 始めた頃の閑散から比べて、今の盛況。それを天狛に観て貰うのは何より嬉しい。


「いや・・俺達もうイイ年齢なんじゃ・・」


「ウチほどの術者になれば、若さくらい簡単に保てんねん!」


 初めて厳しい表情をしたが、まあ参拝客が喜ぶし後発も育てていると織絵は説明した。

 そしてその活動も今では本殿前会場はファンで埋め尽くされ、メディアにも何度か露出があったと言う地下アイドルならぬ神社アイドルと化していた。


「天ちゃんも、ウチの人間になったんやから頼むで?もう一月無いんや、大忙しや!・・良かった、ホンマ若い男手欲しかったねんなぁ〜」


 織絵はそう言うと、更けて来たので今からカラオケに練習へ行くと天狛の腕を掴んだ。



 そして、その織絵が待ち望んだ秋の大祭の日が天狛を巡る決戦の時だとは、この時誰も知らなかった。













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