第3巻 月夜の巨神

 今回の依頼は、かなり大事らしかった。ある地方の山里で夜毎落石、地鳴りに土砂崩れと天変地異が相次ぐ。

 地質学者も原因がはっきりとわからないと言う。しかし、目撃した人間の話しからたらい回し的に巡り廻って遠野に仕事の話しが来た。


「山より巨大な、なにか・・ねぇ」


 なにかじゃわからんが、それをなんとかするのが仕事だと、ボヤくように天狛は続けて呟いた。

 ただ、資料をみて天狛が気にかかるのは学者先生の言った地震やらの前触れにしても、この不自然な穴だ。

 彼には足跡に見えるが、それを言葉にはしなかった。


「はい。とにかく現地へ向かいましょう、行ってみれば何かわかるかもしれませんし・・」


 そう言いながら、詩織はトランクから荷物を降ろしていた。


「いや、お嬢さんあんたは帰れよ。こりゃあ結構あぶないぞ!ピクニックに行くんじゃない、怪我されちゃ面倒だからな」


 テントに折りたたみ椅子、大きなリュック。まるで山遊びに出かけるみたいな格好の彼女に、呆れ気味に天狛は告げた。


「大丈夫ですよ!」


 その根拠は天狛と一緒だから、と心で呟いて淡く顔が火照った。


「チッ・・ああ!要らん、これも、これも!」


「ちょっと、せっかく用意したんですよ!?」


 引き下がらない詩織に諦めた天狛は手荷物を整理し、遠野の家からここま送って来た運転手を労い、挨拶をして返した。

 山にしばらく滞在する事にはなるが、それを舐めているワケでは決してない。詩織は大げさ過ぎていけない、一人なら水さえ確保出来たらどうとでもなるのに、どうせ山中まで運ばされる我が身にもなれと考えていた。


「テント、非常食と水。後は自分の道具でいい。他は要らん!」


 天狛にとって、山なぞ慣れたモノだ。どうせ自分は使いもしないテントと水のペットボトルを縛って肩に抱え、詩織は着替えや携帯食料やら詰めたリュックと弓だけを持った。


「虫とか・・出ないならイイけど」


 山腹は案外、人に寄り付く虫は少ない。気温が低いからだが、詩織にとってはイメージが先行して車に乗せたまま行ってしまった蚊帳が口惜しい。

 それを、ケッと払って天狛は歩き出した。思えば予定では現地から電話で確認の約束であったのに、まあわざわざ黒塗りの高級車で送迎されて来るとは、いいご身分だ。

 悪態でもついてやりたいが、またぞろ泣かれたりしても余計にうっとおしい。そんな雰囲気を彼は背中から醸し出していた。


「わっ!」


 詩織は湿っぽい石に足を滑らせて、倒れかけた。悲鳴に振り向いた天狛の胸のボトルに顔をぶつけて、腕にしがみついて事なきを得るが、天狛は言わんこっちゃないとすぐに背を向けてしまった。


「あの、すいません・・」


 それからしばらく道なきを歩き、崩れた斜面が見える場所に出た。汗を拭える様な流れる水もないが、一旦この辺りで一息入れようと天狛は言った、

 崩れた土はもう一歩で、麓の家々に届きかけていた。埋もれた道路に、復旧に手配されたいくつかの重機が見える。


「雨ってもそんなに濡れちゃいない、川やら水辺でもない。確かに、おかしな話しだな・・」


 古い神社がある。そこを指差して、アレを土が越えているのはおかしいと天狛は話した。


「なぜ、ですか?」


 口に含んだ水を流し込み、詩織は尋ねた。

神社が昔からずっとある、その位置まで土砂災害は今まで無かったハズだ、と言う事らしい。

 少し段になって、それで被害もあまり無かっらしい。だがちょっと位置がズレたら完全に飲まれていただろう。


「あんまりガブガブ飲むなよ・・何日いるかわからんのだし、そもそもお嬢さん便所どうするつもりだ?」


 身のこなしが違うのか、自分とは違い汗もロクにかいていない天狛の素朴な問いに、詩織は慌ててしまった。


「ど、どうしよう・・どうすればいいですか!?」


 当然物影に隠れるしかないが、今になって後悔してしまった。今まで山の事件は数回担当したが、すべて人里近い場所だった。

 改めて優遇されていたと感じて、慣れた様子の天狛に今まで課した処遇と比べてしまって申し訳ない気持ちになった。


「いえ、あの・・私、ちゃんとします、自分で」


 当然だと言う彼に、言葉は良く考えて出さないとギクシャクしてしまうなと感じながら、詩織はキャップを締めた。



 山の日暮れは早く、森の木々が横からの光を遮る。かなり薄暗くなって来た。

 天狛はいつ拾ったか、杖にしていた枯れ枝や、木片をいくつか手にしていた。詩織は歩くに夢中だったので、一声を掛けられるまでわからなかった。


「ここらはちょっと開けてるな、もうあぶないし・・野営するか」


 そう言うとテントを投げ解いて、荷物を降ろすなり手頃な石を手に持ち木片にぶつけ出した。

 上手く下の岩を台にして、次々手頃な大きさに割る。

 灯りと暖を取るための薪にするのだろう、本当に手際が良く感心させらる。


「脱ぐんですか!?ちょ、ちょっとなんで?」


「アホか。テントあるだろ!中でだ。絞って投げるから手だけ出せ」


 山歩きの時、ブーツを脱いで身体を温かいおしぼりで拭くだけでも体力の回復量が違う。

 天狛は小さな鍋に湯を沸かし、小さなタオルにかけて少し冷まして軽く絞り、テントから伸びた素肌に投げた。


「ありがとう、天狛さん・・やっぱり慣れたものですね。本当凄いです!」


 しばらくして恥ずかしげに静かに上げられたファスナーの前に、コーヒーの香りが漂っていた。山の冷たく澄んだ空気のせいか、はっきりとそれが伝わる。

 それを手にとって焚き火に近寄ると、天狛はまるでいつもと同じ様に腕を組んで眼を閉じていた。汗を拭き落とし着替えを終えてテントから出た詩織は、そんな彼を少し見つめて空を眺めた。


「綺麗な月・・」


 そこに静かに雲が流れていた。


「雨がいつ来るかわからん、早くケリをつけんとな・・」


 声にハッとする詩織。月の光は長く黒いその髪に反射するほど煌々と輝いていたが、天狛はジッと眼を閉じたままだった。



 翌朝になって、詩織はテントの中で目覚めた。外に出てみると細いロープに自分の服がぶらさがっていた。

 それを取り込んで寝転がって着替えた、狭いし高さもないからだ。


「あの、おはようございます・・」


「おう」


 天狛はそれだけ言ったまま鍋を見つめていた。その近くにインスタントの味噌汁が並べてあり、鍋の横に飯盒が吊られていた。

 なにか網の様なものに米が包まれ、それによって内側にこびりつく事無く炊き上がる寸法の様だ。


「美味いモノじゃ、ないだろうけどな」


 天狛はそう言って飯盒の蓋によそわれたご飯の上に青魚の缶詰を開けて、中身を半分乗せてくれた。自分はご飯をあの網のままスプーンで口に運んで、缶詰を続けてかき込んだ、


「美味しい・・!」


 詩織はそれを頬張りながら、心底そう思った。こんな場所で、温かい物が食べれるだけありがたい。

 なんの反応も無いまま少しは冷めて来た味噌汁を一気に飲み干して、天狛はロープを外して自分の身体に巻き付けてテントやら一式をかたし始めた。


「待って、私も食べ終わったら手伝いますから!」


「いや、いいよ・・それより昨日見た岩場まで、今日は行くぞ。俺は着いたなり確認したが、ありゃ落石なんかじゃない。まるで誰かがブン投げたみたいだった」


 そうでなければ、あの位置まで岩が来るのはおかしい。ましてや落石のおそれがある場所は、きっちりネットが張ってあった。 

 まるで誰も山に近づけまいと、道路を塞ぐ様に置いたのではないかとすら思えた。


 しかしその岩場とやらにたどり着く頃には、また日暮れ近くになるだろう。高低差がある山では目と鼻の先に見えても実感としてはかなり遠いモノだ。

 ここから少し降り、木々の服が脱げた様に岩肌になっていく斜面をまた登る。予定では調査目標はその辺りで、もしなにも無ければそのまま抜けて反対側から撤収するつもりだ。


 段々と緑が減り、足場は硬く感じられる様になって行った。時々、急な場所にはいつ設置されたのか鎖が張られている。所々の草が緑に茂る以外は完全に岩ばかりと感じられる頃には、気持ちの部分でも不安の種類が違ってきた。  

 転倒による怪我や、下手な場所なら滑落まである。前を歩き、登る天狛は待ちながらでペースにゆとりがあるが、自分は逆に急いでるつもりで黙々とただ岩を掴み、岩の上を歩いた。


「ここは良さそうだな」


 この切り立った場所が目標のポイントだった。実は、先に現地に来て情報収集していた天狛は、森林管理をしている人物からこの「腰掛岩」を聞いていた。


「水が湧いているんですね」


 階段状の岩の最後の段を登り切り、詩織はその岩場の下に植物が青々と茂っていて腰掛岩と呼ばれる巨石の周りの湿っぽさからもそれは想像出来たが、神々しく荘厳な場所であった。

 古くから山岳信仰の場所であったか、小さな祠もあり岩々には注連縄(しめ。七五三、〆とも)で飾られていた。


「天狛さん」


 詩織はそう呼びかけ、こう言った場所なのでまず正式な御参りの儀礼を示しながら、二人で行なった。

 硬い足場を歩き、ここに来るまでに身体は疲れ切っていたが商売柄かこう言った事は天狛より詳しく、また厳格にしきたりを守っている。休むなり足の様子を見るのはその後まで待てば良い、そう思える程には。


「足、こっちに見せてみろ」


 湧き水の近くにかけた詩織は、人心地つくと足が上手く曲げられないほど疲れがあった。足の裏を見たくても持ち上げるのも辛い。

 見かねて十字のマークがある小さなバッグから針を取り出した天狛が、それをライターで炙りながらそう言った。


「え?ちょっと!」


 案の定足の裏は所々、かかとに至ってはかなりの大きさの水ぶくれになっていた。現代人はあまり歩かないし、足場が硬くてここまで荷物があるとこうなる事もある。

 それに今まで弱音を吐かなかった事は天狛も認めてやる気持ちになっていたのだろう。患部に針を軽く刺して、水分を出させてアルコールティッシュで抑える。しばらくしたら軟膏を塗ったガーゼに変えて包帯を巻くだけ、後は新しい靴下に履き替えて終わりだ。


「あ、もうほとんど痛くない・・!」


 詩織には不思議だったが、さっきまで立ってるのも辛かったがもう歩いてもそこまで苦痛ではなくなっていた。


「もし、話しの通りおかしな事があれば、ここからなら良く見える。それに、地図からしてここはその中心に近い」


 天狛は足の処置を終えると、手早く野営の準備をしながらそう言った。犯罪なんかで言うプロファイリングの要領で、今自分達のいるここは問題があった箇所のほぼ真ん中に位置するらしい。

 続いて湧いている水を飯盒や空きボトルに汲んで日向に起き、ロープを岩と岩に絡めテントと結ぶ。

 そして上半身を晒して汗を拭って、頭に水を掛けた。


「こんな所だ、火はあまり使わない方がいいだろうが、多少は神様も許してくれるだろうよ」


 後片付けさえすれば、と付け加えて天狛は自分にとっては拝だ礼だの拍手だろうが、順番もなにもどうでもいいが要は気持ちがあるかどうかだと内心思っていた。

 そうして水の湧いて落ちる箇所にはさっさと汗で汚れた服を置いた。


「明日までに乾くでしょうか?」


 詩織がテントでまたもぞもぞと着替えて、天狛が自分の分を取り上げて絞った後、自分もそれを水に泳がせて指示されたように軽く重しを置いて言った。

 カーゴパンツと長袖のシャツ、これが乾かない事には替えが無くて心配だった。

 今は寝巻き用にと本当に薄手のハーレムパンツの様なズボンとシャツ1枚で、まさかこんな姿で山の中は歩けない。


「・・どうかな?風はあるが、夜は中々乾かんが、よく絞って叩いときゃある程度は乾くだろう」


 口に咥えた携帯食料と同じ物を自分に投げて寄越したら、天狛はロープに濡れた服を括った。

 後は夜まで身体を休めるだけだ。そう言わんばかりに平らな岩の上に彼は寝転がった。





「天狛さん、天狛さん!」


 声に目が覚めるともう日は落ちていて、何かあったかと驚いたが月明かりに青ざめて見える詩織の表情は穏やかな物だった。


「あの、コーヒー淹れましたよ」


「ああ・・そりゃあ、どうも」


 疲れからしてイチイチ起こすな、とも思うが仕事もあるので、天狛は極力それを表情に出さなかった。

 まだ眠気のせいで落ちてくる瞼を擦り、猫舌なのでコーヒーは少しお預けして先に水を煮沸するため火に掛けた。温存していた固形燃料もこれで無くなる。


「今晩中になんかわかりゃいいがな」


 昨晩はなにもなかった、少なくともあの場所では。

 そして夜風が少し冷ましてくれたコーヒーを口にした。味がどうのこうのは無い、只のインスタントだ。


「今日も綺麗なお月様ですね、それもこんなに近く!」


 天狛はそう言われても、一緒に見上げる事もなくコーヒーに滲んだ月を見つめる。

 それは湯気の中で段々とあの腰掛岩に隠れる様に近くなって行く。

 その間にいままでの事や、とりとめもない話。様々な事を詩織は話し、天狛はただ相槌を打って夜は更けていく。


「あ、もう隠れてしまいそう!私、ちょっと岩の向こうへ見て来ますね!」


 そう言うと詩織は安全な方から別の岩に少しよじ登って姿を隠した。

 月見などと言う風情の物でない。水が手に入るなり持って来た水をガブガブ飲み干し、コーヒーなんて利尿作用がある物を飲むからだと思った。



「ここなら見えて・・ないよね」


 案の定、詩織は足元に周囲に気を配り服を下げた。

 さっき自分で言った様に月が綺麗なのはいいが、ちょっと明る過ぎてないかと少し天を仰いだ時、それと目が合った。



「キャーーー!」


 すぐに立ち上げる天狛、しかし行ってよいやらもわからないが仕方ない。まさか落ちたりして無ければいいがと思った。


「おい!大丈夫か!?」


 誰もいない。


「まさか!!」


 地面が濡れている場所は人が落ちる様な感じはしないが、誰もいない。そして妙に明るい。


「な、なんだ・・!?」


 柔らかい光の方に眼をやった時、自分の眼を疑った。


「うっ・・う、天狛さん・・・」


 それは巨大なおしりだった。そして、その巨人の向こうにはまた巨人。淡く光って、なにか困った様子を全身で表していた。


「おーい!お嬢・・さん、まずズボン上げろ、丸出しだぞーッッッ!!」


「うわぁぁーーー!」


 叫びに鳴動する地鳴り、髪型でわかったが淡く光る巨大な詩織が山に並んで立っていた。


「た、た、た、大変だぁ!」


 何故こんな事に、そう思った。詩織は泣きじゃくりながら、トイレをしていたらアイツがともう一体の光の巨人を指差した。


「ダッ・・」


 何を言っているか、どちらの意味もわからないが、巨人は両手を小さく前に構えゆっくり詩織に近寄った。


「イヤッ!イヤ!嫌ぁ〜〜!」


 叫びと地鳴りの後、詩織から巨人へ痛烈な打撃が飛んだ。

 地響きを伴って、山の様な巨体がよろめき腰掛岩に倒れ伏した。


「一体なにが起きているんだ・・おい、お嬢さん!落ちつけぇ〜ッ!」


 追撃でドカドカと殴る蹴るの詩織を鎮める為、光の巨人に近寄り両手を広げた。


「イヤぁ〜!家に、家に帰るぅ~!」


 まだ彼女は取り乱していて、落ち着いてくれる様子などなかった。あんな身体になっては無理もないが。


「ニンゲンヨ・・ニンゲンヨ・・私ハ・・」


「なんだ!?」


 光の巨人の腕が天狛の身体にゆっくりと添えられた時、その意思は天狛の体内で人間の言葉となって聞こえた。咄嗟にベルトに挟んでいたヴァジュラを握りしめたが、その時更に鮮明に、その意思は映像や音、あらゆる方法で一瞬にして伝わって来た。


「ダイダラボッチ・・ガキの頃婆ちゃんから聞いた事はあるが」


 それはまるで、データを送られて来る様な不思議な伝達量だった。彼はこの付近で伝承に残る山の神であった。

 他にデェーダラボッチ、八郎など各地に伝承があり、それに因んだ地名も数ある国づくりの神に由来する伝承である。


「そうか・・山や森を破壊する人間がいるから」


 近頃、この付近で自然では分解出来ない危険なゴミを捨てる者、エコだと森を殺しパネルを設置する業者。

 彼は人間に対する不信を、代表者として彼女に聞かせるべく問いかけたが言葉が通じず、仕方なく自らの力を与え同等の存在にする事で意思の疎通を図った。


「相手が悪いわな・・」


 彼女は天狛も手を焼く石頭でわからず屋、人外の者とのコンタクトなど不可能に等しい。 


「うわぁぁ~」


 詩織はついに、ゆっくりと歩き出した。不安にかられて自分の家に向かおうとしている。しかし、それは行く先々の街を破壊すると言う事だ。


「このままだとヤバい!・・山の神よ、今は俺を信じて、力を貸してくれ!このままでは街が、罪の無い人間が大勢死んでしまう!」


 天狛はダイダラボッチの光の中で叫んだ。そしてその叫びに応える様に、天狛は光と同化しその胸の中に消えた。


 天狛が握りしめた神具ヴァジュラを媒介に、神の力と人の心が今、合身する。


「ダイッダラァァァー・エェーックス(X)!!」


 髪を逆立て、金色に輝く天狛の叫びと共にダイダラボッチは腕を突き上げて立ち上がった。


「ダァッ!」


 山を出ようと、街の光に向かう詩織に立ちふさがるダイダラー。


「どいてぇー!」


 元に戻せと喚きながら猛攻をくわえる詩織。元来平和の神であるダイダラボッチでは敵わないハズだ。

 彼女はその真面目さから、弓だけでは無く合気、キックボクシングも習う努力家であった。


「しっかりしろ、ダイダラー!俺達の後ろには、守るべきものがあるんだ!」


「ダァゥッ」


 天狛の鼓舞、そして投げのイメージを受けてなんとか交差投げの形で受け流し、仰向けに倒す。

 凄まじい衝撃に人々は家を飛び出し、パトカーのサイレンが鳴り響く。 


「早くもう一度お嬢さんの眼を見て、元に戻さなければ・・しかし!」


 ダイダラボッチの力を抜き去るには、それが注入された眼をもう一度見なければならない。しかし、彼女は興奮で何処を見ているかすらわからない目つきだ。

 もはや何をしでかすかわからない。


「うぐ・・う、うぅーーぁあぁ〜〜!」


 足元付近まで来たパトカーを掴み、投げ付けようとさえしている。驚くあまり中で指を差したお巡りさんが気に食わなかったのだろか。


「グッ、ゥ・・!ダァッ!」


 凶器とかした車両、それを掴む手を両手でなんとか抑えるダイダラーと天狛。その間に何発かの蹴りが腹に食い込み、光の粒子が散ってゆく。

 同化した天狛も、そのダメージが如何に大きな物かよく分かる。


「ダァッ」


 しかし、なんとかパトカーを取り上げ地面に倒れながらも守り切った。そしてその無防備な背中を足で踏みつけられる。


「グァッ・・」


「いかん、このままでは・・そうだ!」


 天狛は握りしめたヴァジュラを正面に向けて、立ち上げるダイダラーの頭に向けて両手を振り下ろさんとする刹那を待っていた。


「今だぁーーーッ!!」

「ダァ!」


 少し開いて合掌のように胸で構え、そのダイダラーの手の間から、巨大化したヴァジュラが飛び出すように伸びて、それは詩織の肉体をギリギリで避けながら胸元を切り裂いた。


「イ、イヤぁーー!」


 巨大化してもあまり巨大に見えない、華奢で品のある乳房を庇い両手が塞がった。そのチャンスを逃さず顔を抑え込んで叫んだ。



「ダイダラー・ビィーーームッ!」


 その目が輝き、詩織の瞳に光が差し込んでいく。そして、不思議な事に見る見る彼女は小さくなり、元に戻った。





 この酷い騒動の後、街を守り、多くの命を救った天狛は、乱れた胸元を抑え泣きながらの詩織と共に警察に別件で聴取され、話しなど誰も信じるハズもなく婦女暴行の容疑で捕まりかけたが、平静を取り戻した詩織の「遠野の人間」と言う言葉で、事なきを得た。

 さすが、かつてGHQが日本の様々な伝統を解体するまで国家護持されていた様な組織は顔が利く。


 

 ダイダラボッチに関しては、分離する時に天狛が言った「パネルとゴミを捨てるトラックのみピンポイントで狙えばその内いなくなる」を忠実に守り、地元有志の活動もあって山の自然は蘇っていったのだった。






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