第2巻 ダンサブル・レジェンド

「天ちゃんらしいわぁ・・」


この間の顛末を聞き、祖母はどこかうっとり、物語を聞いてる様に陶酔していた。そしてこう続けた。


「やっぱり昭和の匂いのする男、っていいわねぇ~天ちゃんハンサムやしねぇ、ああ!カッコいいわぁ!」


詩織は呆気に取られたが祖母はひどくミーハーで、この調子で何十年と生きた人だ。そして、詩織にはわからない時代の空気を吸って来た。そして、彼はまだそんな「硬派」だとか「男気」なんて言葉が生きていた時代の最後の忘れ形見だ、と聞かされた。


「あ、あのね!詩織・・」


そうそうと、話し続けようとした時、カランと扉が開いた音がした。

結構な背丈の、前髪で顔が半分隠れた様な特徴的な髪型でポケットに手を入れたラフな姿の男。店主にアイスコーヒーを入るなり頼んで、値段を知ってるかの様に小銭をきっちりカウンターに置いた。


「あら、来た来た。天ちゃん!」


祖母の声が少し高い、まるで恋人とでも待ち合わせていた様だ。


「よう、婆さん!」


仕事だったら昨日の今日だと、近づきながら言うこちらの声も自分にかける時よりずっと明るい。

正直、これには今も慣れないし許せない。吐きそうだ!昔から自分には何も言ってくれないのに、自分の母親でもおかしくない年齢の祖母とはフィルムの色褪せた前時代のドラマの登場人物みたいに小洒落た会話を楽しんでいる。


「あ、お嬢さん・・」


ほら、やはりそうだと思った。彼の位置からは観葉植物に隠れている自分の姿を見て確かめて明らかにトーンが下がった。


「こんにちは、天狛さん・・」


彼はそれ以上自分には何も言わず、隣に座った。


「で、用件はなんだ?」


「もちろん、仕事よ?」


祖母からは彼が来ると聞かされていなかったし、 仕事なら今はまず自分に話しが来るはずで詩織は困惑した。


「あ、あの・・おばあ様、私はなにも」


 困り顔の詩織に問題ない、とでも言う様に祖母は笑った。


「まだまだね、昔のよしみって言うのは当代じゃなくて私に来ちゃうから。プライベートなツテからのご依頼も時々あるのよ」


 続けて、内容を説明した。最近建てられたある一軒家に夜毎のラップ現象、何らかの霊による「音」がするので一度来て欲しいと言う事だった。


「なんだ、その程度・・」

「もちろん、天ちゃんと詩織に行って貰おうと思ってるのよ」


 断る言葉の前に制す、これが天狛のコントロール術だ。


「いや、俺はそんな大した事ないヤツの相手までしてられんよ!」


 だが、彼は祖母に対しても珍しく渋っている。そもそも、昔っから彼は誰もが逃げ出す様な仕事しかしていない。彼自身が使い捨ての立場だし、それに命を懸けるのが誇りだ。こんな札を貼って霊感商法みたいなインチキ臭い呪文を唱える様な仕事は、他の腰抜けがやれば良いと心底思っている。


「天ちゃん、あなたね!ウチの大切な孫娘キズ物にして、詩織一人で行けって言うの?」


 その言葉に、天狛の口はコーヒーを噴き出して返事した。


「おばあ様!!」


 さすがに詩織も気まずい。祖母は応援してくれているのか邪魔しているのか、良くわからない。あの夜の事は詩織達も参った、あんな風に一つの部屋に押し込められたら却って変な距離感が生まれかねない。


「はい、じゃあお願いしましたよ!これ先方様の連絡先と地図ね。今から行けば間に合いますから」


 そう言い捨て話は終わったと店主に礼を一緒に言ってサッサと祖母は帰って行った。



「チッ!貸せ・・」


 天狛が封筒を開くと、依頼人の名前から連絡先、地図、約束の時刻にそれから呪符、行き帰りの旅費数万円が入っていた。


「私にも見せてください!」


 そうせがむ詩織に、表情には出さない様に手渡した。彼女が読んでしまえば同行を了承した事になる。別行動にしてもどうせ目的地は同じだ。また婆さんにやられた、と天狛は思った。


「あそこは片田舎だが、快速の停車駅だ。通勤に便利で子育てに最適の、な・・今すぐ電車乗って、乗り換える駅で用意するモン揃えりゃいいだろ」


 近頃は無理に都会暮らしをするより、こんな地域の物件が売れているらしい。しかし旅慣れた天狛と自分は違う、準備も何もしていないし、今からさせて欲しいと頼めば彼は一人で行ってしまうだろう。


「では、さっそく行きましょう」


 これも勉強だ。この際、急場をどうしのぐか天狛に学ぼうと詩織は考えていた。




「どこに行くんですか?」


乗り継ぎの駅で、天狛は自分勝手に駅前通りに向かって行く。てっきり乗り換えて目的地に向かうと思っていたのだが。


「他人の家に上がり込んで、夜通し見張るってんだ。風呂ぐらい入るなり、靴下くらいは替えるべきだろ?後は、適当に食い物でもよ・・」


そこまで言うと、バカらしいと言う風に首を振って商店街の店先にあった靴下を買って、一直線に銭湯に入って行った。


「私、銭湯なんか初めて・・なんで場所わかるんだろう?」


それは自分より何年も長く生きている者だからだが、ろくな通信端末も持たない彼がいつどこでこんな情報を得ているのか不思議で仕方なかった。暖簾(のれん)の下で戸惑っていても仕方ないので、詩織はタオルも何も無いと思ったが天狛とて同じだろうし、入ってみる事にした。


「あの、私バスタオルもなにも、持って無いんです!」


無愛想な番台のお婆さんが、入浴料金の値段だけ言った。詩織が慌てると素人だな、と言う顔をしてバスタオルやら一式がカウンターに出され、使いきりのシャンプーを物珍しそうに眺めていると追加料金だと言われた。


「ああ、絶対壁に絵があるわけじゃないんだ!」


イメージとは少し違ってはいたがそこには自分が直接見た事の無い世界があった。ピラミッド型に重ねられた洗面器、商店街の店の名前が書かれた鏡。かつての庶民の暮らしは時の流れに消えてゆこうとしている、詩織はそれに触れて新鮮な感動を覚えていた。


「あぁ?なんだいたのかよ」


遅れを取らないように、忙しく風呂から出て女湯の暖簾をくぐり出ると、椅子に掛けてコーヒー牛乳を飲む天狛がいた。しっとりとした髪に薄化粧の詩織は顔を輝かせて、自分もこう言う場所で飲んでみたいとカウンター横のガラス冷蔵庫からフルーツ牛乳を出して番台に持って行く。

その姿に、まるで子供だと天狛は唇を斜めにした。


それからすぐに駅に戻り、列車に揺られる事一時間ほどだろうか?目的地にたどり着いた。




「面倒だが、ちょっと歩こうや。妙な事が起きる所にゃ、妙な空気つーかな・・なんか嫌な感じがするモンだ」


天狛とは無愛想だが、仕事は常に熱心に取り組む男らしい。点では無く円で原因は探るべきだと言う。

すっかり暗くなった駅前は閑散としていて、さっきの銭湯では無いが時代に取り残されたようで寂しい所だ。

古びた郵便局と、小さな飲食店が数件ある。右手には少し離れて小さな墓地が見えた。そこを起点に地図にしたがって歩いて行くと、段々と暗くなってゆくなか新築の家が所々に立ち、資材が置かれていたりまだ造成されたままの土地がある分譲地が夕闇にうっすら見えて来た。


「この辺りですよね・・」


とりあえず、手元の地図を見ながらここまで歩いてみたがおかしな気配は皆無だった、と言うより怪しげな雰囲気は微塵も無い。どころかこの辺り一角は綺麗に舗装されて洒落た街灯がまだ少し殺風景な辺りを煌々と照らしている。

きっと素敵な家々がこれからたくさん建っていって、こんな時間だとそこに家族の暖かい灯火が漏れているんだろうなと、詩織は平凡な幸せを想像して、景色を眺めながら希望に満ちた気持ちになっていた。


「あそこだろ。周りはまだ、人入ってねぇんじゃねえか?」


天狛は区画の中でポツンとあるような一軒を指差した。いくつかは形になっている家もあるが、内装はこれからだったりシートで覆われていたりする。ちょっと目をやれば他にも人の生活している気配もあるが、離れているおかげで地図と実際の住所が照会しやすい。


「ほら、早くピンポンしろよ!」


玄関前で天狛がそう急かした。人と接するのが苦手なのはいいが、インターホンをチャイムとかピンポンと表現するのはどうなのかと言う思いと、これからする挨拶の為に詩織は小さく咳払いしてボタンを押した。


ピン…ポーン。そうドアの向こうで響いて、受話器越しの男性の「はい」と言う声がスピーカーから聞こえた。


「あの私、先ほどお電話いたしました遠野の者ですが…」


突然でもないが初めて顔を会わせる人間の家庭を訪ねるのは少し抵抗もあったので、駅に着いてまず電話で連絡しておいた。すぐにドアが開かれて、夫婦並んで二人を出迎えてくれた。


「お待ちしていました…どうぞあがって下さい」

「あ、どうも…お邪魔いたします」


その声の調子が妙に疲れているなと感じながら、詩織達はリビングへ通された。


「あの、早速ですが…夜な夜な凄い音がする、と聞かされていますが、他には何か変わった事は?」


まただ、またも隣にいる天狛はろくに挨拶もしないで椅子に座るなり腕を組んで目を閉じていた。だから自分が緊張を堪えて事情を直接聞かなければならない。対面に座るこの家のご主人もお茶を入れてくれた奥さんも、疲弊しているのか、そう切り出すまで何も言わず黙ったままだった。


「私達は、つい一週間ほど前にここへ越して来たんですが…」


それは引っ越し会社が運んでくれた荷物を家族全員でそれぞれ細かく配置し直したりで、夜中までバタバタしていた時だったと言う。


ドンッ!


二階から何か落とした様な、大きな音がした。その時二階には子供部屋があるのできっとそこからだろう、新築を傷つけられてはたまらないと夫婦二人階段を登った。


ドン!ドンッ!


音は更に激しく、連続して鳴り始めた。子供部屋にも他の部屋にも誰もいない。なにかが崩れた痕跡もない。


ドンドンドンドン!


音は続く、二人も気味が悪くなって逃げる様に一階へ降りても、それは天井越しに響いてくる。俗に言うラップ現象らしい。


「それから、毎晩です…分譲している会社に問い合わせたんですが、そこの担当者から妙な話しを聞いたんです」


電話の向こうの担当者はふと思い出した様に、この分譲地は地鎮祭をある程度区分けしてまとめてある神社が面倒を見た、と言うのだが…


「その時、神主さんて言うんですかね?…その神社の方が、もしこの土地でなにかあれば相談する様にと、言っておられたと言うんです」


そして、家が建てられ入居者が転居し始めると同じ問い合わせがいくつか寄せられる事となり、談合の上で再び神社を代表者が訪ねると、そこで遠野家を紹介されたと言う事の運びだった。


「なるほど、なぁ・・しかし俺もこの手の話は、正直どうすりゃイイかわからんがね!」


 口を開いたと思えば、意外にも弱気な天狛の発言に詩織は戸惑った。依頼人の前で不安を煽る様な事を、と思ったが実際こう言った事案は掴みどころがない。従って対処療法的な手段しかなく、結局一時的に鎮静化するだけであったりする。


「俺ぁ、形の無いヤツぁ専門外だけどまあ・・でも精一杯、やらせてもらうよ」


 天狛はそう言うと詩織を見た。


「あ、はい。今はとにかく、事象が発生するのを待たせていただいて、それから・・」


 そこで一旦話を止めて、場当たり的ながら二人は二階の空き部屋で待たせてもらう事になった。

カーテンが掛かっただけの部屋、そこで夜通し待ってみる。だが人間持つ身は辛いモノで、なにをするでなし詩織は座り込んだ。

 天狛は何処で買い込んだのか、あの商店街で仕入れたろう袋を開けてブランケットの様な物を取り出した。どうやら薄手の寝袋らしい。


「いつ来るか。いや、来るかどうかすらわからんし、交代で見張るぞ」


 そう言うと上着を脱いで丸め、即席の枕にして顔を向こうに頭を投げた。出してもらっていた座布団に行儀良く座っていたが、置かれたままの天狛の分を手繰り寄せて、彼の頭をチラッと見てさっそく足を伸ばした。


 目の前にはお茶もあるし買って来た飲み物もあるが、あまり口にする気にはならない。二階にもトイレがあると説明は受けたが初めてのお宅で緊張もあるので、今はただ天狛が指を立てた3時間後、だろうその時までただ座して待つ事に決めた。

 しかし、その半分も立たない内に丸めて抱いていた片方の座布団に顔を埋めてウトウトと目を閉じてしまう。疲れていたしなにより退屈なのだ。




「やれやれ・・」


 それからしばらく、天狛は起き上がり詩織に目をやって呆れてしまう。おかしな寝相で座ったまま寝てしまっていたからだ。

 もっとも、話し通りに激しい音がすれば目も覚めようが全く頼りになる、と愚痴をこぼし布袋を一つ折って背中を軽く押してそこに倒した。


「しかし・・なにも現れんな」


 静かにドアを開け締めして、トイレ付近にある洗面所で顔を水に付けた。眠気は取り払わなければ次は自分の番だからである。


その時・・


トントン・・トントン・・・


小さく、何かの音が響いた。


「ン・・?」


 振り向いて見ても何もいない。気のせいかと、水が静かに滴る程度の蛇口を締め目線を上げた時、それは後ろにいた。


トントントントン・・ドンッ


 驚く天狛はサッと振り向くが、何も見えない。だが確かになにか不気味な、形容しがたい何かがいたハズだ。そして音が大きく聞こえだした。


「出たな・・!」


 頭の中で、今しがた見た何か・・なんとかイメージを掴もうと思い描く。ざんばら髪に白い顔、それには目も鼻も無く何か模様の様なペイント。口はあるのだが歯も舌も、なんなら口の中が見えない。ぴったり布を被せてその下で大きく笑っている様にそれ開いていた。


ドンッ!ドンッ!ドンッ!


 例の音も随分大きくなっている。天狛は急ぎ部屋に戻り、横になって熟睡している詩織の肩を抱き上げた。


「・・ゥン、あっ!!変な事をしたら声を出します!!」


 まだ寝ぼけ眼で、取り乱す相棒に説明している時間は無かった。


「お嬢さん、いいからあの眼鏡・・!早くしろ!」


 実は天狛も目視出来るほどの、そこまで強い悪霊はそういない。一度認識さえすればまた違う事もあるが、今回は「音」だけだ。

そして、遠野の当主である詩織は天狛のそれ程度にすら視えない、そもそも霊感と言う物が弱いのだ。

 その様な事に対処出来る様に、その眼鏡は作られた代物である。


「あッ!・・はい!」


 正気になりもするその大音に向かって、カバンから取り出した眼鏡を掛けてみた。


「ギャーーーッ!!」


 問題の音より近所迷惑そうな、あまり可愛くない悲鳴が静まり返る夜を引き裂いた。


「貸せ!!!」


 詩織は腰を抜かしたのか、両手で身体を支えて竦んでしまっていた。眼鏡を引き攣る顔から取り上げて自分に付けて見た。すると・・


「踊って・・る?」


 先ほどの不気味な何かが、貧相な身体を揺らし一本一本が結紐のように太い長い髪を振り乱している。


「チッ!ンだ、こりゃあ・・」


 眼鏡を外すと、音をまき散らしたままでそれはまた見えなくなった。なにか低級悪霊の類だろうか?どう対処すれば良いのか、天狛は詩織に目をやった。


「え・・ちょっと待ってください!」


 電話を取り出し、誰にだろうかつながった。あの祖母らしい。


「・・うん、うん。え?土地神様!うん、わかった!」


 電話が差し出され、天狛は素直に受け取った。ここはあの婆さんの知識と経験が必要だと感じていた。

 自分にも何をすれば良いか分からないからだ。


「ああ・・俺だ。え?御神酒?日本酒だよな?で、どうすりゃこのハタ迷惑な音は収まるんだ?ああ・・ナニ?わからんじゃ俺もわからんだろうが!」


 まず、機嫌を損ねない様に。酒を振る舞い、悪い神ではないのでその気持ちや、伝えたい事を感じる事・・

 電話越しにそう教えられた。一階にいた夫婦も階段を上がって来て心配そうにこちらを見つめている。


「悪いんだが、日本酒を急ぎ用意してくれ・・無けりゃコンビニにでも、頼む!」


 そう言われると、ご亭主は頷き階段を降る。奥さんにはそれを何でもいい、注いで盆にでも載せて持って来て欲しいと伝えた。


「後は、考えるな・・感じろ、だ!」


 ドンッ!ドンッ!ドドンッ!


 目の前にいるのであろうか。何かを感じ様にも一向に何も伝わらない。天狛は怪異による荒事を解決した事は何度もあったがこういった事例には疎かった。

 現場を自分よりも知らないお嬢さんもアテにはならない。そんな中、あの音から今までには無かった怒気だけが感じられる様に大きくなった。


「天狛さん・・」


 不安気に名前を呼ぶ詩織に、彼が自分に手を差し出すので、彼女はそれをそっと握って返した。


「違うッ!・・眼鏡!」


 起き抜けの温かい手に代わり、さっき投げ返された眼鏡が再び渡されそれを装着した。

 天狛は目の前の土地神を見つめ、そっと両手を挙げて片方ずつ交互に床を足で叩いた。


ドドンドンッ!


ドンドンドン!ドドン!


 二人の間にメロディが生まれ、何度か交わされていく。

 眼鏡越しの土地神の表情が笑っている様に視えた。その模様から棘とげしさが消え柔らかく曲がっている。


「そうか・・!よし、行くぞ!!」


タッタタタッタタタッタッタ・・トンッ!


 両手を水平に広げ、天狛の爪先は軽やかに舞う。そこに酒が届き、土地神はタタンッと跳ねた。

 詩織は手を叩き、夫婦は不安気に見つめ、子供部屋では丁度思春期辺りの少年がさっきまで二人の部屋に耳を立てていたコップをドアに付けて耳を添わせている。そして天狛は土地神の動きに合わせ踊り続ける。それは異様な光景であった。


「そうか、そうだったのか!」


 そんな中、天狛の脳裏にあるビジョンが視えた。いつの時代だろうか、人々が酒を呑み火を囲んで歌い踊っている。

 それはこの辺りに祀られていたこの土地神の為であり、彼も人々を歓迎し、彼等を見守っていた。


「だが、いつか人々が去りこの辺りは長らく閑散としていた。そこに開発が始まった!」


 天狛は息を切らせながら説明した。


「じゃあ、この土地に来た人達を歓迎されて・・」


「そ、そうだ!ハァハァ・・この神さんが、満足するまでやればラップ現象は収まるハズだ!それから・・お嬢さん!」


 天狛が踊り出してもう小一時間と言った所だろうか?然しものの彼もさすがに息が上がり始めた。ここらで交代してくれと懇願する。




「・・い、嫌です!!」


 詩織は力強く拒否した。


「お前なぁ、ハァハァ・・遠野の人間だろ!」


 天狛は踊りながら憤慨するが、詩織は重ねて拒否する。踊りの振り付けが酷く恥ずかしい格好だからだ。

 まだ誰も見てない場所なら、とも思うが限界に近い汗を見てももう一考ためらう。


「やっぱり私には無理です!」


「ハァハァ・・ゼェッ!」


 もはや天狛には荒い息を吐き出すしかなかった。意識が遠くなりもうダメかと思った時、手を挙げてくれた人がいた。


「私が、家長である私がやります・・」


 そう声をかけたご主人の腕を、心配そうに奥さんが放し、天狛から託された眼鏡を彼は握りしめた。


「あなた、頑張って!」


 そう言うと力尽きた天狛以外は手を叩き、酒を回し、疲れれば次は奥さんが、そして回復した天狛が舞台に舞い戻る。

 そんな事を繰り返していると、闇を緩やかに朝日が照らし始め、小鳥のさえずりが聞こえる頃になった。




「あの、お疲れ様でした、天狛さん。あれで、終わったんでしょうか・・本当に」


 ドドンッ!踊る全員がフィニッシュのポーズの後、土地神は何処へと消えた。あの熱気が充満した廊下から、皆一同階段を降り汗を流し、水を何杯も飲んで事件は無事解決を見た。その安堵の時、この家の主人はそう呟いた。


「たぶん・・いや、きっと大丈夫だろう。しかしあの時、代わってくれなかったらどうなっていたか」 


「すみません・・あの!一年に一度、あの土地神様を鎮める催しなどをされれば、地域の方々で。そうすればあの音は二度としなくなると思います」


 二人の握手の最中、ほとんど何もしなかった詩織は言った。


「私、手拍子しました!」


 天狛の睨む顔に、詩織は咄嗟に弁明した。



「・・お二人とも、本当にありがとうございました」


 玄関先まで見送る二人に手を振り、お幸せにと詩織は朝の陽射しの中へと呟いた。


 天狛はそれに振り返る事もなく、足早に歩く。それを追って詩織は小走りに駆けた。


 

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