コンビニの駐車場を眺めながら

美作為朝

コンビニの駐車場を眺めながら

 諸岡龍生もろおかたつきの前を赤色灯を付けただけのパトカーがゆるゆる走っていく。

 もう、夜中に出歩いて職務質問に怯える歳でもない。

 昼間は曇っていたのに夜になると晴れたようだ。

 星は驚くほど美しい。

 そして月がコンビニの店内の灯りより眩しい。

 とにかく寒い。

 龍生たつきはパーカーのジッパーを上げたかったが両手でカップ麺「赤いきつね」を持っていたので出来なかった。

 これではコンビニで貰った割り箸も割れない。

 こんな真夜中まで働かされてはスーパーの遅番おそばんのシフトも楽ではない。

 遅番だと清掃から明日の朝の準備までこなさないといけない。

 二日分働いている気分になる。 

 とは言え、親のコネでどうにか期間契約の社員にしてもらったのだから文句は言えないが。

 目の前は、漆黒の典型的な郊外型のコンビニの駐車場が広がる。

 店員が水をまいた後が黒々と残る。

 さっきまでタクシーの運転手が一服がてらコンビニのコーヒーを飲んでいたが、気づいたときにはタクシーごと消えていた。

 あんなに職場のスーパーで売れ残りに惣菜をまかない代わりに食べたにもかかわらず龍生たつきの腹もすくはずだ。

 もうそんな時間なのだ。


<もう五分経ったかな?>


 龍生たつきは少し嫌だったが、妥協して「赤いきつね」を地面においた。

 銀色の蓋からいい匂いとともに湯気が上がってくる。

 至福の瞬間。

 割り箸をパチンと割り、カップを持ち上げて腰を起こした瞬間に闇の中から巨体の中年女性が幼い女の子とともに現れた。

 モコモコのダウンのコートが駐車場を大股に歩いてこっちにやって来る。

 中年女性も極寒のなかコンビニの中に一刻でも早く入りたかったようで小走りに急いでいた。

 お互い気にもとめなかった。

 が、その幼い子供がドアを開け女性がコンビニのドアを通った瞬間。

 龍生たつきは気がついた。

 末吉美夏すえよしみかだ。

 相当色んな方向に体が大きくなり顎のラインも変わっていたがピンと来た。

 いい歳になったのは龍生たつきも同じだ。

 なにせ同級生なのだから。

 龍生たつきは店内を覗き込みたくなったが、やめた。

 『関わらない』、これが深夜の掟だ。

 それより早くこのカップ麺を食べたかった。

 龍生たつきはズルズル麺をすすり食べだした。

 最良なるときはあっという間にすぎる。

 最後に残しておいた揚げを食べようとしたころ、美夏みかがその完全縮小版のような幼い子供と店内から出てきた。

 幼い女児の手には小さな駄菓子。

 美夏みかの手には、蓋の脇から湯気を上げている「赤いきつね」がある。

 龍城と美夏は正対してしまった。

 無言。

 嫌な間が続くかと思ったが、美夏みかが気にせずずんずん龍生たつきの方に歩いてくると、微妙な距離で立ち止まった。

 龍生たつき美夏みかもコンビニの前の道路を眺める。

 深夜帰宅を急ぎ狂ったように飛ばす自家用車が時折走り去る。

 龍生たつきはすっかり冷めた出汁だしをすする。

 企業がその叡智を結集させた旨味成分の真髄だ。

 

「はい、あ~んしてちょっとだけ食べ」


 美夏みかが女の子に揚げを食べさしている。

 美しい光景。

 龍生たつきの子供は元妻のところに居る。

 距離にしてここから510キロ。

 時々、携帯の待受の画面を見ながら510キロについて真剣に考える。

 新幹線代なら幾ら?高速代なら幾ら?時速100キロで移動して5時間弱かな?。

 510キロ離れながら養育費を支払っているのは義務ではなく人の親としての誇り。

 龍生たつきはハイブリッド車の衝突避けに作られているらしい金属バーに腰かけていた。 

 ふと横を見ると思ったより近くに美夏みかも同じ様にお尻をのせている。

 女性の方が男性よりパーソナル・スペースは狭い。

 とくにこの歳頃の女性は。

 ふと、思ってしまう。ずいぶん大きなお尻になったものだ。

 昔は、、、、

 そう龍生たつきが思った瞬間に思わぬところから声が飛んできた。


「タツが、隠れるようにしてスーパーのマルヨシで働いてるって噂なっとったけど、ウチは信じひんかったけど、ほんまみたいやな」

 

 龍生たつきは無言。

 強烈な左のジャブがヒット。

 まち一番、いや、学校一番の美女はそう言い放った。


「タツは帰ってきいひんと思ってたけど、あかんかったんやな」


 龍生たつきは無言。

 ジャブからのワン・ツーのストレートを顎で受け止める。

 本当に”あかんかった”のだ。

 しかし、それは美夏みかも同じだろう。学校一番の美女は男子全員から求められる。

 不良。野球部の4番。サッカー部のトップ下。不良の先輩。素性のわからぬガソリンスタンドの男。近所の孫請けの労働者。パチンコにだけ通う男。見た目は良いが親と同居中の優男やさおとこ

 いろんな男の相手をしているうちに身を守るために脂肪が増え、酒をおぼえ、タバコをやめ、男と言い争ううちに白髪が生え、子供が幾人か出来、悪い噂もたち、そして末の子を連れて深夜に「赤いきつね」を食べに来る。

 共通項でくくった後に因数分解が出来る。


「この子の前で保津川ほづがわの花火大会の夜のこと言うたら、殺すでぇ」


 龍生たつきは無言。

 というよりこの初冬の深夜に冷水をかけらた気分。

 ストレートを仰け反って避けているうちに相手は距離を縮めており、フック、アッパーで仕留める。


 龍生たつきは白い息を小さく吐く。

 龍生たつき美夏みかに群がりどうにかその戦列にとどまろうと戦った一人ひとりなのだ。

 何人目で下から数えて何番目かは知らないが。


「俺にとったら、最高の夜やったのにな」


 そう、龍生たつきは言うと、カップ麺のゴミを捨てに美夏みかの前をとおった。

 美夏みかが言った。


「ウチもそうやん」

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