第103話信じようとはしない

 そして馬車の進行方向に背を向けて俺とカイザルが、向かい側にマリーとマリーの側仕えが座った事を御者が確認すると、馬車は目的地に向かってゆっくりと走り出す。


 馬車の窓から入ってくる光の温かさや窓から入ってくる風を体で感じるようにして馬車に揺られて過ごしているマリーはどこか楽しそうで、その表情を見れただけでも俺はこの旅行を計画してよかったと思う。


 これ程までに穏やかな表情をするマリーの表情を今まで見たことは無いし、その表情を俺たちに見せてくれる事がたまらなく嬉しく思うと共に、過去に行ってきた事に対する罪悪感も同時に感じてしまう。


「風が気持ちいですわね。 ここ最近は一日の殆どを部屋の中、外に出ても直ぐに家の中へ戻っていましたので、目は見えず馬車の中であると言えども、家の敷地の外に出て風を感じるというのはやはり良いものですわね」


 そしてマリーは窓から入ってくる風で靡く髪の毛を手で軽く押さえながら気持ち良さそうに言うのだが、それと同時に今のマリーは外に出て風を肌で感じる事さえ当たり前ではなくなっているという事に胸が締めつけられる。


「あぁ、そうだな。 確かに(そういう表情をしてくれるマリーを見れるのだから)良いものだな。 カイザルもそう思うだろう?」

「そうですね、こういう(今まで見れなかった、見ようともしなかったともいうのだが、そんなマリー様の表情を見れるのだから)のも悪くないですね」

「……何だか二人共言葉に含みがあるように思えるのですけれども、気のせいでしょうか? 別に本心を言っても怒りはしませんのに。 むしろこんな足手纏いなんかいない方が良いでしょう?」

「それはないっ!! マリー様が来なければ俺は来ようとも思わなかったっ! 俺はマリーの側が良いっ! マリーの側でなければ嫌だっ! マリーが居ないのであれば意味が無い!」

「それはないですっ!! マリー様が居るからこそ意味があるのですっ!! どんな場所であろうともマリー様が居れば、ただそれだけで私にとっては特別な場所となりますっ!!」

「な、何だかわたくしが言わせているみたいですわね ふふっ、わかりました。 わたくしはお二人を信用しましょう」


 そしてマリー様は自分がいない方が良いなどと言い始めるので俺とカイザルはいかにマリーが側に居ることが大切であるかというのを語るのだが、そんな俺達の声を聞いたマリーはまるで悪戯が成功した年頃の少女のようにクスクスと笑い出すではないか。


 少し前の俺に、今の光景を見せれば間違いなく信じようとはしないだろう。

 

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