第93話左頬ですわ
はっきりって意味が分からなかた。
あのカイザル殿下がわたくしの事を見下すどころか様付けで呼ぶ事も、殿下という立場も皇族という立場もわたくしの為に捨てたという事も、それら全てが、わたくしの知るカイザル殿下とかけ離れていた為、受け入れろと言われてもなかなか難しいところがある。
勿論、わたくしに会う為だけに今の立場を捨てたのでは無いという事くらいは言われなくても察しはつくのだが、それでも捨てる理由の一つに入っているということ自体があり得ないと思ってしまう。
当たり前だ。
わたくしとカイザルはこれでも幼少期からの付き合いなのだ。
血の繋がった兄ほどではないものの、それなりにどんな価値観を持ち、行動しているのかくらいは分かっているつもりである。
十年以上婚約者として接してきた時間は伊達ではないのだ。
しかしながら、今この部屋に流れる空気と、先ほどのカイザル殿下にウィリアムの声音からしてきっと本当なのだろう。
長い年月の付き合いだからこそ分からない事もあれば、分かる事というのもあるのだ。
「……わかりました。 わかりましたわ。 それに、どうせカイザル殿下……今はただのカイザルでしたわね。 そのカイザルをわたくしの剣にしない限りは何時間でも居座って、梃子でも動かないという事も、分かっておりますわよ。 なので、カイザルをわたくしの剣に致しましょう。 どうせ、持って数年の命でしょうし。 しかしながら只でとはいきませんわ。 一つだけわたくしに捧げて欲しいものがありますわ」
「な、何を私はマリー様へ捧げればいいのでしょうか?」
そう、わたくしの言葉に噛み付く事もなく、無理難題を言われるかもしれないというのにカイザルが従順な態度をとっているのはやっぱり違和感が凄い。
「そうですわね……左頬」
「……は?、え?……左頬?」
「そうですわ 左頬ですわ。 一発その左頬を叩かせていただくというので手を打ちましょう」
「わかりました。 私の頬くらいならいくらでも差し出しましょう」
うーん、やっぱりカイザルの従順な態度は物凄くゾワゾワして気持ちわるのだけれども、一つだけと言ってしまった手前、その態度も元に戻せとは言いづらくなってまいましたわ。
けれども本人がそうしたいというのならば、無理に矯正する必要もないだろう。 カイザルなんか敬語を使わせ従順な態度を取らせるくらいが丁度いいではないか。
そしてわたくしはウィリアムに支えられながら、カイザルの頬の場所を教えていただき、思いっきり、今までの鬱憤を乗せてカイザルの左頬を叩いてやる。
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