第32話どれだけ努力した所で




「わたくしは、今まで努力してきた物、失いたくない物、唯一の楽しみ、それら全て無くなりましたもの。これら失ったものは貴方と違って努力どうこうで取り戻せるものではございません。残ったのは先ほどあなたが言った通り周りの評価である『貴族社会では珍しくもない我儘な令嬢』という評価だけですわ」



 マリーはそう言うと座りっぱなしが堪えたのかふらつき始めているのが見えたため俺はマリーの肩を抱き引き寄せ、支えてやる。


 すると少ししてマリーの方から寝息が聞こえて来るではないか。


 隣に異性がいるというのに警戒心がないのか、男として見られていないのか。


 何故だか分からないのだが後者であったら嫌だと思ってしまう。


 そんな事を思いながら俺はマリーを優しく横にした後膝を枕代わりにし、マリーの頭を優しく撫でてあげる。


 きっとこんな事はマリーが起きていたら絶対にさせてもらえないだろう。


 こんな所で無防備に眠る奴が悪いのであって俺は悪くない。


 まるで野生動物を手なづけている様な、そんな気分である。


 そして俺は先ほどマリーが言った言葉を思い返す。


 俺は今までの考えや行動や価値観が間違いであると分かった。


 マリーは今大切にしてきた物が全て無くなった。


 両方とも今までの物が無くなった、または意味が無いものであった事には変わりないのだが確かに似て非なるものだという事を理解できた。


 少し考えれば分かる事である。


 それはすなわち、先ほどの俺の発言は少し考える事すらしていなかったという裏返しでもある。


 今日から変わると言ったところでいきなり理想の自分へ変われる訳でないと分かってはいても、軽率な自分の行動でまたもマリーを傷つけてしまったのだと思うと胸が締め付けられてどうにかなってしまいそうな程苦しいと感じてしまう。


 確かにマリーの言う通り、今の俺は努力した分だけマシになっていくだろう。


 しかしマリーは努力した所でカイザル殿下の婚約者にはなれないし、カイザル殿下から婚約破棄をされたという事実が消える訳も無く後ろ指をさされ、この様な状況ではお茶会や舞踏会などに参加など出来ようはずがない上に学園へ通う意味も殆ど無くなってしまった。


 どれだけ努力した所で、マリーは何一つマシにならない。


 俺は目標という形で生きる意味を見いだせているのだが、マリーは今どの様な心境で日々を過ごしているのだろうか?


 いくらマリーに非が無いと言えど、あのような婚約破棄をされては嫁の貰い手も現れないであろう。

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