第25話搔っ捌けば

正にその通りだ。


証拠などなく、ただスフィアがそう言っているのだからそうに違いないと一方的に決めつけ、俺はマリーへ暴力を働いてしまった。


それだけではない。


あの時の俺は正義という暴力を行使して断罪する事に酔っていたのだ。


まともな判断が出来ている訳がない事など、一歩引いて状況を見ていた周囲の貴族達からすれば一目瞭然であった事だろう。


そして俺は状況証拠や貴族令嬢達から集めた証言などにより固まりつつある真実に向けて、突き進んでいくのであった。





平穏という言葉は、平穏じゃない日もあるからこそ生まれた言葉である。


お昼時、食堂で一人さみしく昼食を取っていると奥の方が騒がしくなる。


そしてわたくしが何故騒がしいのか大体想像がつく為思わずため息を吐きながら、毎日平穏であれば、わざわざ言葉として作る必要もない、なんてことを思ってしまう。


学園へと通い始めて約一週間が経った。


相変わらずウィリアムは何故か登校していないみたいであるし、カイザル殿下は一週間の謹慎処分で地下牢へとぶち込まれていると聞く。


そして味方がいないスフィアが単身でわたくしの前へと現れる訳もなく、ただただ平穏な日常を謳歌していたのだが、無駄に偉そうな態度で胸を張り、わたくしを見下してくるかの様な表情で近づいて来るカイザル殿下の姿が目に入った瞬間、その愛しき平穏が音を立てて崩れ去っていくのが見えた気がした。


皇帝陛下よりキツく叱責されたと聞いていたのだが、カイザル殿下のあの表情を見ただけでその叱責が無意味であった事が窺えて来る。


そしてこれから起こるであろう厄介事も。


そして何よりもカイザル殿下の隣にいるのが当たり前であるかの如く、カイザル殿下の腕に手を絡めて侍っているスフィアがまた腹立たしい。


実にいい性格をしていると逆に称賛したいほどである。


きっとスフィアの腹を搔っ捌けば真っ黒に違いない。


「お久しぶりですマリー様」

「……………………何度も申し上げますがスフィア様は男爵家、わたくしは公爵家でございます。家格の低く、友達でもなければ親同士が親しい間柄でもない以上スフィア様からわたくしへ話しかけるのは如何なものかと思います」


ホント、何回言ったら分かるのか。


きっとスフィアの頭を搔っ捌けばクルミが入っているに違いない。


しかしいつもならば若干腹立たしい表情をするスフィアであるのだが、今日はわたくしに小言を言われても表情は崩さず、むしろわたくしを憐れんでいるかの様な表情で見下してくる。

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