第8話婚約破棄には婚約破棄を

 しかしそんな、ある意味でわたくしからの最後となろう助言も空しくカイザル殿下は証拠も無いにも関わらず愛人の言葉を鵜吞みにして、わたくしに対して婚約破棄を投げかけ、更には糾弾している事を他貴族が大勢いる中で声高らかに、それこそ自分が正しいと言わんばかりに宣言する。


 その瞬間、周囲の慌てようが更に激しくなり、小声で使用人や他貴族と耳打ちする光景がそこかしこで見え始めた。


 当たり前である。


 皇帝へと即位するに不可欠な後ろ盾であるわたくしという駒との婚約を破棄するという事は、言い換えればカイザル殿下は自分こそが沈む運命の泥船であると宣言したのも同然である為、沈む船から逃げるネズミの如くカイザル殿下派閥達は派閥の離脱準備やその仲間を瞬時に集めなければならなくなったからである。


 ここで波に乗り遅れた家は間違いなく泥船と一緒に沈むと理解している分、皆カイザル殿下にバレないようにと行動しているものの、その焦りまでは隠しきれておらず、会場は異様な空気となっていた。


 ましてや証拠もないのに愛人の言葉を鵜呑みにして婚約者を陥れるような人物の側など、その切り捨てられる対象がいつ自分に振るかかるかも分からない為、誰も好んでその神輿を担ごうと思わないのだろう。


 もしいるとすれば、それは邪な考えを持つものくらいである。


 とりあえず、周囲の反応から見ても、わたくしは上手く立ち回れているようでとりあえずは一安心といった所だ。


 それと同時に、婚約破棄を言いつけられたわたくしを見て、悦に浸っている令嬢達の顔も記憶に焼き付けておく。


 いくら扇子で口元隠そうとも、目元で感情を読み取るとされる元日本人であったわたくしからすればバレバレである。


 今回のいじめ騒動の根源ともいえる首謀者たる彼女達を脳裏に焼き付けた後、相応の報いをさせてもらう脳内リストへとぶち込んでいく。


 そうですわね、今回のゴタゴタが落ち着きわたくしが無罪であったと証明された暁には手始めに虐めの証拠を彼女たちの婚約者とその家族へばら撒いて行こうかしら。


 目には目を、歯には歯を、婚約破棄には婚約破棄を、ですわ。


「おいっ! 聞いているのかっ!?」

「申し訳ございません、全く聞いておりませんでしたわ」


 そしてカイザル殿下の怒号によりわたくしは妄想から現実へと引きずり戻される。


「貴様……っ!」

「だってそうでしょう? わたくしは無実なのですもの。 それに聞けば証拠は何一つなく、そこの小娘の戯言が証拠であるという始末ではないですか。 そんな信憑性も根拠も何もない話を聞く必要などないですわよね」

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