第53話 賢者探索②

 グリレクリケの一撃がバティーの頬を掠めていく。

 後ろ足は強いバネのようで、跳躍にも似た移動は容易く人間の動体視力を振り切っていく。

 それでもバティーは最速と呼ばれる聖女候補であった。

 そのおかげで辛うじてグリレクリケの戦闘速度について行っている。


 閉所であり、動きが制限されるというのもあるが、逆に言えばグリレクリケほどの身体能力があれば壁だろうが天井だろうが全てが足場だ。

 どこからでも最速の鎌撃が飛んでくる。


 それらを紙一重で躱しながら、バティーは反撃の糸口を探る。

 幸い、堅い外骨格は砕けずとも打撃武器を使うが故に衝撃を内側に通すことはできる。

 相手の速度にカウンターで合わせられれば、それだけで大ダメージとなる。


(問題は、まったく当たりそうもないことですわね)


 バティーの速度でようやく見える相対速度になるということで、そこから当てに行くのは至難どころではない。

 それを躱せているのは、グリレクリケが久方ぶりの遊んでいることと殺気を感じているからだ。


 バティーは良く人の考えていることがわかる人間だった。

 何を思っているのか、何を思われているのか。

 そういうのが良くわかる。

 それは戦闘に使えば、このように殺気を感知し、あらかじめ最初に動いておくことで攻撃をかわす技術として昇華された。


「でも、これがいつまでも続けるわけにはいきませんわよね」


 バティーの役割は陽動であり、既に義理は果たしている。

 あとはもう逃げても良いが、それでは奥へ進んだふたりが戻って来た時にグリレクリケに襲われて殺される可能性がある。

 それはバティーとしてはいただけない展開である。


「おっと」


 さて、どうしたものかと考えている間に、再び振るわれた高速の鎌撃を大きく後方に跳んで躱す。

 追撃の爪撃が振るわれる。

 それを再度跳躍で躱す。

 グリレクリケは跳躍すると呼んでいたように、鎌撃が来る。


 それがすべて超高速。

 目で追うことすら困難な速度領域で繰り出されるのだ。


「縄」


 魔術で作った縄を岩へ結び付けて上昇する肉体を横方向へと移動させる。

 丁度自身の直上を鎌が抜けていく。

 速度が速すぎるため、発生した衝撃波で肉体を切り刻んでいくが、直撃して串刺しにされるよりはマシだろう。


「ああもう、衣装が破けてしまいましたわ」


 などと言っている暇もない。

 今度は強靭な顎牙が襲ってくる。

 相手の図体を利用し、飛び乗るようにこれを回避、振り落とされるも地面を転がるが、そこに突っ込んできたグリレクリケ。

 ここぞとばかりにメイスを叩きつけるが、辛うじてカウンターとはならない。


 相手の速度の方が振る速度より速い。

 最高打点へ到達する前に接近されて吹き飛ばされる。


 その後はまた回避回避回避だ。

 防戦一方であるが、まだ死んでないだけ及第点である。

 それでも少しずつ傷を受けて血が流れ息が上がってくる。


「はあ、はあ……流石にこれは、きつい」


 弱音と共に鎌が叩き込まれる。


 グリレクリケは、砂漠のハンターだ。

 獰猛で、強靭で 素早い。

 こんなものをおやつ感覚でドラゴンは捕食するが、それ以外には条件次第でしか負けはない。


 それくらいにはこの砂漠の中でグリレクリケという虫は高いヒエラルキーを持っている。

 ドラゴンが捕食対象に選ぶくらいに歯ごたえがあるということだ。


 だから、人間程度相手にならない、ほら、今壁に当てて潰した肉のように。

 グリレクリケは嗤う。

 ガチガチと顎を鳴らして嗤う。


 殺したと。

 さて、食ってみるかと。

 そう思ったとき。


「甘いですわよ」


 顎を何かにぶん殴られた。


「ふう、まったく動きすぎたおかげで痩せてしまいましたわ」


 すらりとした女性がそこにいた。

 もしここにエリャでもいようものなら誰だとツッコミをくれたところだろうが、グリレクリケはそういうツッコミをするようなモンスターではない。

 なので答えを言ってしまえば、彼女がバティーである。


 実は、本当はこっちの方が素の姿で、普段はエネルギーを蓄えるためにあえて太っているのだ。

 と言ったら、どのくらいの方が信じるだろうか。

 まあ、今見たことが真実である。

 そして、最速の名の真骨頂は此処からだ。


「だから、まあ……お腹が空いたので、さくっと終わらせましょう。動き方は大体覚えました」


 グリレクリケの移動は筋力を使っての高速移動。

 極論を言えば、同じだけの力さえあれば真似できる。


「こうですわね」


 だから、バティーは真似した。

 鎌撃の代わりに大槌を速度を乗せて振りかぶる。

 グリレクリケが反応するが、身体強化術プラス魔術式を利用して回避をした結果だけを出力。

 そのまま一直線に頭部へ大槌を叩き込む。


「衝撃」


 さらに発生した衝撃を操る魔術を使う。

 堅い外骨格を叩いた威力を脳みそに直接叩き込んでやる。

 質量×速度=威力である。

 それをさらに外骨格内部で乱反射させる。


 硬すぎる外骨格が仇となり、グリレクリケの脳はそれだけでぐちゃぐちゃのミンチになった。

 もしこれが普通の頭蓋骨であったならば、乱反射する前に頭蓋の方が砕けて威力を逃がしていたことだろう。

 そして、グリレクリケは再生して反撃に転じていたに違いない。


 しかし、グリレクリケの外骨格は硬すぎてバティーが与えた衝撃では砕けなかった。

 威力は逃がせず、衝撃の魔術は最高効率を発揮して、脳みそをミンチへと変えてしまった。

 グリレクリケも再生力を持つが、脳をミンチにされてからの再生は時間がかかる。


 これから1週間ほどは動けないだろう。

 その間に、別のモンスターに見つかってしまえば、食われて死ぬ。

 脅威ではなくなった。


「さて、何か食べておかないと。痩せただなんて、みっともない姿みせるわけにはいけませんわ」


 ちなみにナランハでは、女性はふくよかな方が美人とされる。

 このように痩せた姿は、国元では醜いとされているので、彼女はごそごそと糧食を漁るのであった。


 ●


「で、何を売ってくれるん?」


 サカルシエイゾの商店に足を踏み入れたエリャの目的は、もちろん仕入れである。

 ヤバイ状況、大変な危機ということは理解しているが、それはそれ。

 商人としては、商談チャンスとなれば、何よりも優先して行うのである。


「ケーッヘッヘ。もちろん良いものだよ。しかしだなぁ、その前になぁ?」

「ああ、金やろ。もちろん、持っとるよ」


 エリャは袖口からじゃらじゃらと金銀財宝を取り出して見せる。

 ヴェルデに来るまでに海賊からちょろまかしてきた、全ての財宝である。

 それを見たサカルシエイゾの尾精は目の中で財宝をじゃらじゃらと揺らして興奮する。


 サカルシエイゾの尾にはとある妖精が住み着いている。

 シエイゾと呼ばれた精霊は、このパナギア大陸で生まれた土着の妖精である。

 旧ヴェルデ地方に存在したこの妖精は、人の懐の財布から金貨を奪っていく悪戯をする妖精であった。

 それが歴史の中でサカルと呼ばれるサソリの尾に住まい、人の文明を学んだ結果、商店を開くようになった。


「ケーッヘッヘ。いいなぁ、いいなぁ。さあ、何でも見ていってくれ」


 さて、何があるのかとエリャが商店に足を踏み入れた瞬間に、商店の扉が閉じる。

 あとは何をしても開かなくなった。

 もとより買い物するまでは変える気などなかったエリャは特段気にせず商店の中を物色する。


「なんや、これボロっちいなぁ」


 そこに在った商品の大半は、ボロボロの剣や鎧と言ったものだ。

 おそらくはこのサカルシエイゾが人を襲って残った武具を売っているのだろう。


「うーん、うちにはいらんなぁ、これ」

「ケーッヘッヘ。それらは在庫整理さぁ。こっちだよ、こっちぃ」


 サカルシエイゾの尾精はさらに奥へ入るように促してくる。


(まあ、これほいほいついて行ったら食われたりとかしそうやなぁ)


 だが、そこでほいほいついていくのが商人である。

 取引すべき商品があるのならば、例え火の中水の中。

 それがキトゥリノ商人魂だ。

 地獄だろうが、何だろうが仕入れに行く。


 次の部屋は表の商品よりかは幾分か状態が良さそうなものが揃っていた。

 壁にかけられている剣の多くは魔術が付与されている魔剣の類だ。

 確かに名刀、名剣ぞろいなのであろうが、エリャとしては琴線に触れてくるものはない。


 キトゥリノではそもそも、さほど魔剣や聖剣の類を信奉していない。

 信奉するのは己の技量。

 剣に重きを置くのは二流三流とされる。


 だからこそ、武具の類は良い顔をしない。

 それにサカルシエイゾの尾精も気がついていた。


「ケーッヘッヘ。さらに奥へどうぞ」


 奥は様相が変わって武具の類は見えなくなり、代わりに謎の液体が入った瓶が陳列されている。


「これ、何やのん?」


 ここまでくれば食指も動くというもの。

 見たことのないものは、商機そのものと言わんばかりに喰いつく。


「ケーッヘッヘ。そいつは治療薬だ」

「ほう、治療薬。なんの治療薬や?」

「もちろん万能の治療薬さ。どんな病気にも怪我にも効く。ケーッヘッヘ」

「万能。万能なぁ、ほんまにどんなもんにも効くん? にわかには信じられへんな?」

「なら使ってみたらどうだい、ケーッヘッヘ」

「ほな、使ってみよか」


 ささっと自分の腕を斬りつけて、件の治療薬を使ってみる。

 するとみるみるうちに傷はふさがった。


 これは妖精の秘薬と呼ばれるものだ。

 妖精が、ナニカを奪ったあとに置いて行くもののひとつであり、万病を癒し、ありとあらゆる傷を治す。


「ほう、ほんまに傷もなくなってもうた」

「ケーッヘッヘ。買って行くよなぁ?」


 じゃりじゃりと頭の中の金貨が揺れている。


「ええよ、もちろん買うわ。そうやね、月々1000個、卸してくれや」

「は?」

「月々は嫌か? なら週ごとな」


 なぜ短くなった。


「もちろん全部金貨で払ったるわ。ええやろ? これをずーっとうちに売り続けるだけで頭の中が金貨でいっぱいになり続けるんやで?」

「ケーッヘッヘ……いいなぁ、それはいいなぁ」


 妖精というのは自分の欲望に非常に弱い。

 それはサカルシエイゾの尾精であっても変わらない。

 どんなになろうとも自分本来の欲というものを優先する。


 ローロパパガイという妖精モンスターがそうであるように、サカルシエイゾの尾精のもまた欲望に沿って行動する。

 頭の中は文字通り金貨でいっぱいだ。


「さあ、どないする? これ手付で払っとくわ」


 じゃらりと財宝の一部を床に落としてやれば、サカルシエイゾの尾精はとびついてそれを頭の中にしまい込む。


「それじゃ、よろしくな。わかるやろ? これは取引や」


 そして、妖精は取引に従順だ。

 キトゥリノの商人に取引を持ちかけられた時点で、詰みなのだ。


 ●


 そして、最深部でファラウラはラーナラーナと遭遇していた。


『ここに人が来るのは久しぶりだ。目的は、イードールム・ヴェルデ1世の居場所だろう』

「なぜ」


 なぜ、そのことをラーナラーナは知っているのか。


『答える気はない。ラーナラーナは何でも知っている』

「なら」

『そなたの知りたいことももちろん知っている。だが、ただでは教えない』

「いかようにも」

『では、酒を共に飲むが良い。ひとりで飲むより、誰かと飲む方が良い』


 そうして、木の根のような蔓が伸びてきて、ファラウラの前に酒杯を落とす。


「酒は禁止されている」

『ならば帰るが良い』

「それはできない」

『では飲め』

「…………」


 酒杯を取れば、なみなみと酒注がれる。

 見たこともない色合いの酒だ。

 毒が入っている可能性もある。


『毒はない』

「……」


 ファラウラはぐいっと1杯を飲み干す。


『イケるではないか。さあ、もっと飲め』

「…………うん」


 ぐいっともう1杯。

 誘われるままに、請われるままに、ファラウラは酒を飲みほしていく。

 これにはラーナラーナも気を良くして、ぐいぐいと酒を飲む。


 途中までファラウラにも意識はあった。

 ふわふわと温かく、なんだかとても良い気分だった。

 そして、そこから記憶がなくなった。


「……はっ!」


 気がついた時には、エリャとバティーと合流しており、手にはラーナラーナからの情報を書いた紙あった。


「…………これは?」


 はて、何があったのだろうか。

 まったく記憶がない。

 ただ頭ががんがんと痛むのは酒を飲み過ぎたせいだろうか。


 あと何かを何度も殴りつけたように手が痛い。

 魔術も何度か使ったのだろうか、魔力を幾分か使ったようである。


 しかし、その全てにおいて記憶がない。

 情報を手に入れたようであるが、何をやらかしたのだろうか。


「あんた、とりあえず酒は金輪際飲まんとき」

「ええ、本当、飲まない方がよろしいですわ。ラーナラーナさんが泣いて懇願していましたし」

「ええな?」

「……うん?」


 何かはわからないが、とりあえず目的を達したので良しとしようとファラウラは思った。


「戻ろう」


 そして、ハーウェヤ様から持たされていた転移の道具を使ってイクノティスへと帰還した。

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