第51話 賢者探索①

 ニメアらが防衛線を行っている時、エリャたちはハーウェヤにより目的のラーナラーナが棲息してる場所付近まで送られていた。

 この辺りは砂岩地帯であり、蠢く砂漠の影響が少ない。


 おかげでモンスターの巣窟と化している。

 探索をするにも厳しい戦いを何度かする必要があるだろうことは想像できた。


「さて、どこぞの洞窟の中におるって話やったけど、それを探すんも厳しそうやな」

「そうですわね。でも、その前に帰りはどうするのでしょう」

「……私が送り返す手筈になっている」

「なるほど、それなら問題ありませんわね」

「つまりファラウラはんを守らなあかんっちゅうことやろ。まあ、ええわ。なるべく敵は無視すんで」

「できればよろしいですけどね」


 砂岩地帯を見下ろしただけでも、数十匹のモンスターがいるのがわかる。

 それらを避けるように3人はこそこそと移動する。

 幸いなことにエリャは隠形の類が得意であった。

 ふたりを先導し、モンスターに見つからず洞窟に辿り着くのはたやすい。

 

 ルーナがいなくて本当に良かった。

 彼女がいたら、おそらく敵が見えた時点で突っ込んでいたことだろう。

 そんなことを思いながらエリャは洞窟の中に身を滑り込ませる。


 ここからは時間との勝負だ。

 この洞窟の中にもいくつもの気配がある。

 それらに見つかるか、見つかったとしても最速で殺し、そのまま最深部へと向かう。

 どこにラーナラーナがいるのかはわからないが、おそらくは最深部だろうと考える。


「じゃ、行くで」


 頷いたふたりを伴って洞窟を進む。

 1本道であるが、横幅もあれば、縦幅もあった。

 長い時間をかけてこの洞窟はのだろう。

 鍾乳石から垂れ落ちる水滴の音が嫌に大きい空洞であることを伝えてくる。


 淡く輝くコケのわずかな光源を頼りにして3人は洞窟を進む。

 会話をするという気はしない。

 蠢く気配は何よりも濃く、酷い腐臭もする。


 モンスターの巣になっていてもおかしくない。

 こういう場所に住み着くモンスターは目が利かない代わりに、鼻や耳が良い。

 少しでも気を抜けは襲ってくる。


 じりじりと進む3人。

 聖女としてもこのような重圧での移動や探索は初めてだ。


「少し休憩にいたしましょう」


 そう提案したのはバティーであった。


「でも、全然進んどらんやろ。もうちょい」

「暗闇と周りは敵だらけという状況。精神的な疲れは溜まりやすいというものですわ。ですので、1度立ち止まり、壁際に座って休憩をいたしましょう。ファラウラさんもそれでよろしいですわね?」

「……構わない」


 賛成多数。

 エリャは不服そうであったが、多数決で負けている状況で我儘を言うほどではない。

 バティーが示した壁際に座ると、彼女の大きな手でなにかを口に突っ込まれる。


「うわ、なにす――甘い……」


 口の中に甘さが広がる。

 からころと舌の上で転がしてみると、それはどうやらアメのようであった。


「甘いものを食べるのが疲労回復には良いですわ」

「はぁ……かなわんなぁ」

「はい、ファラウラさんも」

「…………」


 真面目なファラウラは黙って固辞していたが、バティーに掴まれて無理矢理口に突っ込まれていた。

 おかげでむっすーと表情をさらに険しくする。


「…………」

「諦めり。バティーはんが食べもんくれるっちゅう時は、それが必要って時やからな」


 そう言えば、ファラウラはむっすーとしながらもアメ玉を口の中で転がし始めた。


 エリャは座ってみると精神的な疲れを自覚する。

 口に含まれたアメ玉の甘さがじんわりと、その疲労をとってくれているようであった。


「バティーはん、あんたこういうのに慣れとんの?」

「数日ほど、ヴェブゾネファのお腹の中にいたことがありますの。その経験のおかげですわね」

「あんた、なにしとるん……? いや、ええわ。聞きたくない。そら、もう先に行こうや」


 さて、洞窟を進んでいくと今よりも大きく広がった空間があった。

 そこにはモンスターが陣取っており、先への道をふさいでいるようだ。

 両手がカマキリのような鎌になっており、部厚鎧を身に纏っているかのような虫型モンスターだ。


 グリレクリケと言ったはず。

 砂漠の死神とも称される人にとっては最悪のモンスターの一種と言える。

 4本の足で砂漠を駆け、2本の鎌で人を引き裂き喰らうらしい。


 4本の足は人の手のような構造をしている。

 指が5本あり、その全てに鋭い爪があって自由に動かせるようであった。

 爪からは紫色の体液が漏れ出しいる。

 明らかに毒を持っている。


「さて、どないする?」


 アレを倒すのはほぼ不可能と言われている。

 その身は硬く、腹にいくつも吊り下げた水袋のおかげで、虫系モンスターの共通弱点である火を放ってもそれを使ってすぐに消火される。


 グリレクリケは分厚い鎧のように見える外骨格は、成長とともに厚さと硬度を増す。

 その外骨格はあらゆる魔術を弾き、刃を通さない。

 もし入手できたのなら一生を遊んで暮らせるほどの財貨となるほどだ。

 もっとも入手されるのは、グリレクリケの巣から脱皮で落ちたものをとってくるのが限度だが。


「時間がありませんし、誰かひとりが足止めということで良いと思いますわ」


 もっとも手早い案をバティーが提案する。


「なら、誰が残る?」

「もちろんあたくしでしょうね。エリャさんの刀ではあれの外骨格は斬り裂けませんし、ファラウラさんは最後まで残っていただかないと」

「自分から行くやなんて珍しいやないか」

「こういう場合ですもの。あたくしだって本気になりますわ」

「なら、任せるわ」


 本人ができるというのなら、それはできるのだろうということでエリャは早々に任せる判断をした。


「良いのか」

「問題ありませんわ、ファラウラさんも早く行ってくださいね」


 そう言ってバティーは先に大槌を担いで広間に入って行った。


 グリレクリケが獲物に反応する。

 大きく、脂ののったようにように見えるバティーにガチガチと大顎を鳴らす。


「では、行きますわよ!」


 バティーが戦闘に入ったのと同時に、エリャとファラウラは最速で脇を通り過ぎて先へ進む。


「こりゃ、まだこういうのがありそうやなぁ」

「……大丈夫だろうか」

「なんや、人の心配するより自分らの心配しときよ」


 さらに先へ進む。

 グリレクリケがいたおかげか、先にはモンスターの気配はない。

 ただ、ラーナラーナという存在がいるにしても脅威がこれだけということはないだろうとエリャは思っている。


 進んでいると不可思議な建物へと行きついた。

 何かの商店の陽であったが、こんなところに商店などあるはずがない。

 まず間違いなくモンスターの仕業だろう。


「ケーッヘッヘ。お嬢ちゃんたち、こっちにおいでよ、色々なものが売ってるよ。ケーッヘッヘ」


 さらにその商店には人らしきものがいた。

 落ちくぼんだ眼孔にはあるべきものがなく、そこには代わりに金貨がじゃりじゃりと詰まってるようであった。


「へぇ、そらおもろいわ」

「……サカルシエイゾだ」

「どんなのかうちは知らんけどロクでもないんやろなぁ」

「……誘いに乗らなければ本体が出てくる。あれは尻尾だ」

「なるほど、なら誘いにのろか。本体に暴れられて洞窟が崩れてもうたらバティーはんかて助からんやろし。それに、商売人が戦うんならうちの方が適任やろ。あんたは先に行き」

「…………わかった」


 エリャが残り、ファラウラが先へ進むことになった。


 その先にはもう何の障害もなく、小さな地底湖に辿り着く。

 地底湖の水は何かあるのは光り輝いていたが、そんな幻想的な光景以上にそこにいる存在に注意が向かう。


 まず巨大。

 ずんぐりむっくりとした巨体。

 手足は太く、短く。

 あれでは動くこともままならないのでないかと思えた。

 その身体にはいぼのようなものがたくさんついており、膿が流れ出しては水に触れると丸くなり、光を放っているようであった。


『ほう、ここに来る者がいるとは』


 そして、そいつは人語を介した。


『訪問者よ、名乗るがよい。ラーナラーナに名を告げよ』

「……ファラウラ」


 賢者は見つかった。

 しかして、必要な情報を得る。

 それがまだ残っている――。

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