第50話 防衛戦①

 魔術の砲火が途切れなく飛び交い。

 少しでも防壁から敵を遠ざけんと即席の防塁が積み上げられていく。


 イクノティスは幸運にも深淵都市だ。

 後ろを気にしなくていい。

 これが他の都市だったら、全方位を気にしなければならず、到底防衛などできようもないレベルなのだ。

 もっとも? ハーウェヤ様がすべての都市に人形で分身を飛ばし、空間断絶による岩盤まで届く巨大な堀――もはや谷――を作ったおかげで、空から来るモンスターとイクノティス以外はほぼ無事となっている。


 これが歴戦の聖女……。

 ヴェルジネ師匠の全盛期とはいったいどのくらいヤバかったのですか?


 ともあれ、もう遠慮はいらない。


「薪・投擲・拡大・強化・集中――八重オクタ!!」


 火球を極大まで集中させ、拡大で巨大化。

 あとは呪いいっぱい大爆発をこちらへと向かってくるモンスターの大群へとぶつける。

 魔術耐性だろうがなんだろうが、そんなものすら無に帰す、限界受容量全開の魔術。

 大群がぽっかりと穴をあけたように消滅した。


 ひゃっはああああああああああきもちいいいいいいいいいいいいいいいいい!


 人生初の何も気にしないで良い、全力全開。

 周辺への被害も、呪いの無駄も考えず、ただただ威力と範囲だけをあげに上げて放つ快感。

 ロガル文字を刻むクラスの脳内物質がドバドバで、俺はもう最高の気分だった。

 最高にハイって奴だ。


 ついつい、同規模の魔術玉を作り上げて、全属性のそれを炸裂させる無限ループを楽しんでいた。

 呪いで満ちた砂漠モンスターというのも最高だし、後ろにはゲートがある。

 そこから噴き出す呪いも永遠に使い放題。


 空中を飛び回って爆撃するだけの兵器になった気分である。


 幸運なことにそれがとんでもなく楽しいので非常に素晴らしい。

 空を飛んでくる虫どもと鳥モンスターを警戒しているだけで、安全なところから攻撃ができることの快感はもう最高だ。

 ちょっと下着がぐちょってしまったけれど、汗ということにしておこう。

 実際、汗で服がべちょべちょだし。


 これで地上で無双ゲーみたいな大群と戦っているルーナはいったいどんな気分なのやらだ。

 俺もちょっとやってみたいかもしれない。

 ガリオンの剣を盛大に振るってみたい。


「おっと!」


 そんな俺の横を巨大な虫が通り過ぎていく。

 ハエのようなモンスターは、ミガモスカ。

 巨大な口を持ったハエでしかないが、これが空を覆う群れで現れているから厄介だ。


 死骸を食うの虫モンスターという触れ込みだが、どこが小型だ。

 俺よりも大きいぞ。

 まあ、確かに他にこの戦場にいるグリレクリケやハシャラと比べたら確かに小型だけども、これを小型といいたくない俺がいる。


 こいつらの特性はただひとつだ。

 とにかく数が多い。

 数が多いことが特性で、本来は腐肉漁りの類で戦闘能力が低いのだけが救いだろうね。


 それが砂漠そのものが動き出したことで、テリトリーを追われて、その途中に人間の街があったから食いに来たという感じである。

 キナアマスカの防壁の外に出ている人間たちを襲っている。


「ああでもこの数は、やっぱり鬱陶しい!」


 空中で他に誰もいないから、俺も素を出せるのもポイントが高い防衛戦。

 魔術の範囲指定という余計なこともしなくていい。

 俺を中心に炎を膜のように広げて、ミガモスカを焼きつくそうとする。


 すると地上で死んだ、他のモンスターや自分の仲間を犠牲に一定数は生き残ろうとしてくる。

 生きぎたないにもほどがあるぞ、こんちくしょう。


「うあ、あぶない」


 危ないのはこいつらだけじゃない。

 ストローのような口をした鳥型のモンスターが、そのくちばしを俺に突き刺そうと急降下してきた。

 紙一重で躱して、炎を叩き込むが、浅い。

 さらに後続が後から後から続く。

 辛うじて張った盾の魔術も貫通。


「くぅ!」


 全力の回避運動と剣による受け流しで、致命傷だけは避けるが衝撃だけで肋と腕が折れた。

 他のダメージもでかい。

 こちらが追撃しようにも風に乗り、俺の手の届かない上空へと急上昇していく。


 砂喰いのアーラペリコというらしい。

 あれで砂を食う温和なモンスターという触れ込みだが、俺を見た瞬間に目の色変えて襲ってきやがる。


 もしかして、呪いでも吸ってるのか? 俺この辺の何よりも呪いを帯びてる自信あるからな。


 そう思っていたら先ほどダメージを与えたアーラペリコはミガモスカに群がられて骨になって地上に落っこちていた。

 弱肉強食コワイ。

 少しでも弱ったところを見せたら、こうやって食われる。

 本当この世界、色々なものに容赦というものがない。


 地上は、聖女候補2人では抑えきれず、防塁を築こうとしている兵士たちに被害がでている。


「なんとかしたいけど……」


 俺は空を見上げる。

 青空が見えないほどに真っ黒だ。

 モンスターの大群がそこにいて、俺や防壁に守られた都市を狙っている。


「でも、あの大群倒すの楽しいんだよなぁ」


 何度も言うが、本当の本気の全力で魔術を使っていいのは、正直気分がいい。

 ボロボロになることを差し引いても、少しくらいはプラスになる程度にはだがね。


「さて、もう1発!」


 回復魔術も使いつつ、多重起動でいくつもの爆発をとにかく巻き起こさせた。

 俺のストレスのはけ口として全部ぶっ飛べ。


 ●


「ヒャッホォ!」


 ルーナは、地上を疾走しながら巨斧を振るっている。

 既にその身には数えきれないほどの傷を受けているし、返り血を受けてどこも真っ赤だ。

 それでも、浮かべた笑みは陰らない。

 ただただ、巨大を振るい、莫大な数のモンスターを相手にするのが楽しいと言わんばかりだ。


 実際、ルーナは楽しんでいる。

 そうでもしなければ、尋常の精神ではまず潰れている。


「タスケテ、タスケテ」

「うるせえよ!」


 人の声帯を模倣し、助けを呼んでそこにやって来た人間を喰らうセプスザイールを身体強化の術と巨斧の機構を用いて叩き切る。

 首を落としたいところであったが、蛇のようなセプスザイールは、首を落としても死なない。

 こいつを殺すには頭から縦に引き裂くしかない。


 もっともその鱗はドラゴン並みともいわれていて、ロクな武具では武具の方が折れる。

 元々ドラゴンを狩るために作ったルーナの武器――ドラゴン喰いならではの一撃だ。


「さあ、これで何体だ? 10以上は数え方知らねえんだよなぁ、まあいっか! とにかくたくさんだ!」


 倒されたセプスザイールに、すぐさま食欲旺盛なハシャラが食らいつき、骨と化させる。

 次の獲物としてルーナを選んだのか、多くの虫が向かってくる。


「しゃらくせえ!」


 そんなもんしるかと言わんばかり、自らに身に纏った雷と巨斧を振るい薙ぎ払う。

 すべてを殺しきることはそれでもできず、腕や足末端から食らいつかれ肉を抉られて行く。


「ハハハ、いってえなあ!」


 それらを纏った雷で吹き飛ばしながら、大物を目指してルーナは戦場を疾走する。

 致命傷を狙える奴には狙うが、基本は足を止めずに相手に深くも浅くもない細かい傷をつけていくことから。


 人間爪が割れただけで普段通りの動きができなくなる。

 モンスターとてそうなのだ。

 だから、ルーナは本能で、末端などを狙って相手の動きをどんどん落としていく。

 敵の数は膨大。

 動きが鈍れば、後続に押しつぶされるか、食欲旺盛な奴らに喰われて消えてくれる。


「オラオラァ、こっちにもっとこいや!」


 そして、倒せるところは倒していく。

 赤雷が砂を巻き上げながら戦場に自他の血を流させ続けていく。


 ●


「ふふ。ふふふ」


 最後の聖女候補は防塁の中で別の仕事をしていた。


「神よ」


 神へと願い、奇蹟を行使する。

 治療の奇蹟は比較的でやすく、その効果は絶大だ。

 腕を失おうが、足を失おうが、上半身下半身が真っ二つにされていようが、彼女の奇蹟によりすべて元通りになる。


 そうやって兵士たちを治療しながら、アロナは異端狩りの鎌を使って防塁工事の護衛を引き受けていた。


 多くは動いていて存在感の大きいルーナか、ばかすか大魔術を連発しているニメアの方に引かれている。

 兵士たちの数に引かれてくるのは比較的弱いモンスターなので、アロナであろうとも対処はできる。


 兵士たちも訓練された深淵の冒険者と合わせて、モンスターを相手取りながら、じりじりと防壁を完成させていく。


「ふふ。ふふふ。良いわ。とってもいい」


 分身、雷の槍、炎の剣を駆使して、アロナはモンスターの大群の中へ身を躍らせる。

 防御など不要と言わんばかりに、その一身に傷を負いながら、与えられる痛みに恍惚と表情を和らげるのだ。


「ああ。あああ。もうなんということでしょう。わたくしったらはしたない。こんなところで漏らしてしまいそうになるだなんて」


 飛びかかってきた、アルディリアの首に異端狩りの鎌を引っかけ、ぐるりと体術で足蹴にするとともに鎌を引く。

 ざりざりと嫌な音と、嫌な悲鳴が木霊し、彼女に向かおうとしたアルディリアが動きを止めた。


 さしものモンスターも仲間の悲鳴には躊躇するということらしい。

 そんなことをアロナは思いながら、残虐な殺しをやめない。


「ああ。貴方方にも仲間を想う心はあるのですね。とても良いことだと思います。ですが、我々神に選ばれた人間を襲うのであれば、とてもとても悲しいことですが貴方方を殺さなければなりません」


 そうやってまた、ザリザリと獲物の首を刈りながら、悲鳴をあげさせる。


「できる限り悲鳴を上げてください。それが我が罪の証となりましょう。ああ。ああ。我が主よ、どうか我が罪を赦したまえ」


 狩りは続く。


 防衛戦はいつ終わるとも知れず、胎動を続ける砂漠は、多くを飲み込まんと猛っている。

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