第49話 イードールム・ヴェルデ1世①

 怪物に連れ去られたアイリスは案外冷静であった。

 冷静に、この怪物の目的を探ろうと考えていた。


 自分の役割は肉盾、あるいは情報をとってくること。

 そのためなら、四肢の1本や2本、3本くらいまでなら失うことも許容範囲内だ。

 流石に4本全部失うと逃げられないので、そこだけは何とか死守せねばと気合いを込めている間に、転移空間から排出された。


 出た場所はどこぞの王墓のようだ。

 空間転移での移動であるため、場所がどこかはわからないが地下であること、古い時代の遺跡であることはわかる。

 ただ、それがどの王朝のものであるかなどはわからない。

 ヴェルデ国は多くの王朝が立っては消えてを繰り返してきた歴史を持っている。

 その王朝により建築様式などが異なる。


 それで王朝などが特定できれば、自分のいる場所を特定できたかもしれない。

 遺跡様式などについて勉強しておくべきだったと後悔する。


「さあ、座るが良い我が妻エスタトゥア」

「私はエスタトゥアではありません」


 怪物の機嫌を損ねたくはないが、間違いで攫われたとしたのなら最悪だ。


「何を言う、貴様はエスタトゥアだ。余が間違えるはずがない。魔導の極みたる余にはわかるのだ。魂がそうなのだ」


 これは狂っているのか、本当にそうなのか判断できないのが厄介だった。

 いや、どちらにせよモンスターの戯言だ。

 頓着するだけ無駄だとアイリスはそう思うことにした。


「余の新たな臣下も役に立つではないか。出てくるが良い。褒美を出そう」

「は、はは」


 そう言って暗がりから出て来たのは、酒場の宴会で声をかけてきた下卑た男だった。


「な、なあ、そいつはどうだったんだ? 違ったらオレにくれる約束だったよな」

「ああ。まさしく余のエスタトゥアだ」

「嘘だろ……? おい、約束が」

「さあ、好きなだけ財を持って行くが良い」

「いや、オレは、その女が」


 どうやら、あの晩に言いなりにならなかったことからこのモンスターをけしかけてアイリスを手にしたかったらしい。

 なんというか、アホなことだとアイリスはあきれ果てる。

 このモンスターが、そんな事情をくみ取るわけがないだろう。


「ああもう、煩い。余は我が妻との再会を楽しんでおる。去れ」

「あ、あああああああ、やめ、やめてくれえええ!?」


 そう彼が告げた瞬間、砂が生き物のように蠢き、彼を貪り食ってしまった。

 後に残ったのは彼だったものの骨のみだ。


「さて、静かになった。さあ、我が愛エスタトゥアよ。すぐに記憶を戻してやろう。冥界に沈んだ、汝の魂、その記憶をすぐに呼び覚ましてやろうぞ」


 本当にまったくもってアイリスには心当たりもなにもないが、このままでは非常に不味すぎることはわかった。

 何とか脱出したいところだ。


「ああ、安心すると良いエスタトゥア。すぐにこの砂漠は、すぐに。余らだけの楽園となろう」


 砂漠が胎動する。

 砂漠が蠢く。

 砂漠が起き上がる。


「さあ、バースクーラよ。我らが穢れた戦域よ。全てを飲み込むが良い。その魂が我らが永遠を約束してくれようぞ」


 眠っていた怪物が目覚めた。


(ああ、ニメア様。今回ばかりはどうか私など見捨てて国へお戻りください。そうすれば、この騒乱からは逃げられましょう。どうか、どうか)


 ただアイリスは思う。

 あの主はきっと私などの為に命を賭けて助けに来るのだろうと。


 故に、だからこそ、やめてくれと思うのだ。

 他に変わりのいる自分なんかを助けにくる必要はない。

 何をやらしても本物のようにできない偽物の自分なんて、助ける必要はないのだ。


 ●


「で、あれは何者なん? モンスターが街中に現れるなんてありえへんやろ」


 特に深淵都市は、モンスターが立ち寄らない。

 モンスターたちも高濃度の呪いが噴き出すゲートというものは嫌うようなのである。

 もっとも何か理由があれば別であるが。


「本来なら、知らせるべきことではありません。ですが、仕方ありませんね。彼はイードールム・ヴェルデ1世。我が国を砂漠で呑み込み、滅ぼそうとした初代王です」

「初代王?」

「それがなんで生きとんねん」

「…………」

「呪いか、何らかの魔術でしょうか」

「ええ、聖女ニメアの言う通りです。何らかの禁呪により彼は永遠を手に入れたのだと思われます。それは長らく誰も知られぬ王墓に封印されていましたが、どなたかが封印を解いたようですね」


 なるほど、よくある話だ。

 映画でもよくある。

 昔の王の墓とかに封印されていた存在がでてきて、この世とかヒロインを攫って脅かそうとするのだ。

 まさか、初っ端から攫われるとは思っていなかった。


「エスタトゥアというのは?」

「イードールム・ヴェルデ1世を封印した初代聖女です」

「妻と言っていましたけれど?」

「妄想ですね」


 酷い。

 口には出さないが、酷い。

 とても酷い。

 妄想で攫われたアイリスが悲惨すぎるだろう。


 まあ、何でもいい。

 とにかくアイリスが大変なことになる前に助け出さなければならない。


「どこに封印されているんですか?」

「正確な場所は伝えられていません。どこぞに漏れて復活されては困りますから」


 それで復活したあとの本拠地がわからないのも問題ではなかろうか。


「それで復活されてるんやから世話ないわ」

「とりあえず、どっかに埋まってんなら全部堀りだしゃいいだろ」

「ルーナさん、労力を考えましょうね。そんなの無理と思いますよ。ただでさえこの砂漠は昼は暑く、夜は寒く。過酷なのですから」

「ふふ。ふふふ。我が神の奇蹟で」

「望みのもんがでるまでどんだけかかると思ってるねん」

「おそらくは第1王朝期の首都周辺と思われますが……」


 正確な場所はわからない。

 まあ、探す範囲さえ限定できればいい。

 それであとはもうごり押しだ。

 土の魔術で砂全部掘り起こして……。


 そう俺たちが段取りを相談していると、轟音と地震がやってきた。


「なんでしょう?」

「ほ、報告ー!」


 兵士が大慌てで部屋に飛び込んできた。


「何事ですか」

「砂漠が、砂漠が……! 砂漠が襲ってきました!」

「何ですと?」


 砂漠が襲ってきた?


 何が起きたのかと宮殿の見張り櫓へと全員が駆けあがる。


「本当に、砂漠が襲って来とるな……」


 城壁に向かって砂漠が大津波のように押し寄せてきていた。

 もはやこの砂漠そのものがモンスターのようで、呪いを纏っている。

 この土地に呪いが多かった理由がこれというわけだ。


 さらに最悪なのはその砂漠の動きに呑み込まれないようにモンスターが大暴走で逃げ惑ってこちらに向かってきている。

 砂漠そのものとモンスターが両方同時に襲撃をしかけてきている。

 それも最悪な奴らばかりが。


「はは! なんだこれ、すっげー!」

「これを凄いって言えるルーナはんの頭がおかしいわ……」


 エリャが頭を抱えるのもわかる状況だ。

 規模が違い過ぎて、どうすればいいのかわからないほどである。

 このまま放置していれば大変なことになるのは請負だ。


「おそらく、イードールム・ヴェルデ1世の差し金でしょう。このくらいのことはできたと伝承に残っていますから」

「ますます、そいつを探さないといけませんね」


 ただこちらの防衛をしながらだとかなり厳しいのではないだろうか。

 そもそも砂漠そのものが襲ってきている状況をどうにかする方がまず先だな。

 アイリス、頼むからそれまで耐えていてくれよ。


「ふむ……そういえば、この砂漠の成り立ちを知る者ならば知っているかもしれません」

「おお、それは誰ですか?」

「洞窟の主ラーナラーナ。砂漠の洞窟に生きるモンスターですよ」


 つまり俺たちがやるべきことは今ふたつか。


「防衛とそのラーナラーナを探す組みに分けましょう」

「ならうちが捜索やな。あんな大規模な戦闘、刀1本じゃどうにもならへんし」

「……私もそちらへ行こう」

「あら、ファラウラはんから言い出すんは珍しいな」

「……捜索に魔術が必要な場合もある。バランスを考えただけだ」

「なるほど、確かにそうや。なら、あとひとり来てもらいたいな」

「オレはいかねえぞ。砂漠と喧嘩するほうが楽しそうだ」

「あんたには元から期待してへんよ。バティーはん、頼める?」

「ええ、お任せくださいさいな」


 というわけで、ラーナラーナ捜索組がエリャ、バティー、ファラウラとなり、居残り防衛組が俺、ルーナ、アロナとなった。


「といっても防衛難易度高くありません? 他の都市もこの調子だと思いますが」


 とりあえず都市に住む人たちを宮殿に収容し、都市城壁が時間を稼いでいる間に結界でも張ろうかと思うが、他の都市は大丈夫なのだろうか。


「ふふ、ついにこの時が来ましたね」


 心配しているといやにうきうきとしたハーウェヤ様の声がした。


「キナアマスカの防壁!」


 その瞬間、天から何かが各地に降り注いだのを感じた。

 ああ、この感覚は覚えがある。

 クソ親父やイコナの時と同じだ。


 光の壁が現れ、都市を囲んでいた。


「全ての都市にキナアマスカ様の防壁を張りました。これでしばらくは都市の心配は必要ありませんよ。ふふふ、この防壁、1度使ってみたかったんです」

「それはいったい?」

「上位者の力。神の力とも呼ばれるものですよ。そのうち、あなたにもわかります。聖女ニメア」


 たぶんわからないと思います!

 でも、都市の防御を考えなくていいのは楽だ。


「さあ、討ってでて砂漠を倒してきてください。強力な防壁ですが、今の状態ではもって3日。モンスターを狩っておけばそれだけ生存可能日数が伸びますので、頑張ってくださいね」

「よっしゃー、なあ、ニメアどっちがどんだけ倒せるか競争しようぜ」


 ほう、この俺相手に競争を挑むとは。


「良いでしょう。負けません」

「ふふ。ふふふ。聖戦ですね。楽しみですね」

「んじゃ、行ってくるわ。そっちも頑張りや」

「ええ、そちらもお気をつけて」


 エリャたちの出発に合わせて俺たちも外に出る。

 呪いで地平線まで真っ白だ。

 これは補給に困らなくていい。


「さて、アイリスも心配なので大火力で行きましょう。砂漠そのものが敵、何するものぞ。わたしは、聖女ニメアですから」


 さあ、まずはドカンと1発かましてやりますかー!

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