第47話 不可能授業②
イクノティスから少し離れた砂丘には、古代の遺跡が眠っている。
30年前に発掘され、既に副葬品などはとりつくされ、保護されるべきものは別の場所に移され、今では観光名所にもならない放置された場所である。
そこにハーウェヤ様を俺たちは呼び出した。
バティーの仕込みのおかげで、ハーウェヤ様は疑うことなくこの場所に来てくれた。
現在は、バティーが指定のポイントまで彼女を誘導しているところである。
俺は少し高いところに陣取っている。
遺跡を見下ろせるポイントであり、なおかつハーウェヤ様の絵画領域に引っかからないギリギリのポイントだ。
ファラウラの姿も見えないが、おそらくどこか似たようなところで爆撃の準備を行っているところだろう。
さて、今現在バティーが昼食の用意をしている。
美味しそうな弁当を広げて、ハーウェヤ様に振る舞っているところだ。
遠目に見ただけでもわかる。
あのお弁当はきっと極上に違いない。
動けるようにと腹八分目の朝食だったので、涎が出てくる。
しかし、今からアレを滅茶苦茶にするのである。
これはかなり罪悪感。
お婆ちゃんは言っていた、食べ物は粗末にしてはいけませんと。
だが、しかし勝利のまえにあらゆる総ては正当化されるのである。
バティーの料理にハーウェヤ様が手を付け始めた。
手筈通り、バティーが離れる。
「さて、行きますか」
本気も本気で、魔術ブッパのお時間です。
「薪・流れ・星・風車・雪山・雷雲・月・太陽・深淵・絵画・投擲・拡大・強化・集中――
炎、水、土、風、氷、雷、影、光、闇と中和用空間を全部一緒くたにしてハーウェヤ様に向かってぶん投げる。
きらきらとした超範囲爆撃は、見た目の美しさからは想像できないほどの破壊力を込めてある。
さあ、これをどう防ぐ?
空間の盾だろうが、ありったけの呪いを込めているから、問答無用でぶち割れる。
規模を小さくして集中させれば防げるかもしれないが、そうしたら無傷ではいられないだろう。
「絵画」
広範囲爆撃をハーウェヤ様は、視認直後の空間転移で躱す。
移動先は上空。
「絵画」
なら、俺はそこに『ルーナ』を送り込む。
「ヘッ、オレの出番だな! オラァ!」
激発音とともに巨斧が振るわれる。
超高威力高速の一撃は、当たれば確実に対象をミンチにするだけの威力を秘めている。
ハーウェヤ様は袖口から取り出した剣を使い、斧の刃を滑らせる。
踏ん張りがないからこそ、威力そのものを全身回転で受け流し、そのまま蹴りを後頭部に叩き込んだ。
「魔術の威力は良いですが、大雑把ですね。やるならもっと空間を飽和させることです」
空間転移の連続起動で地上へと降りてきたところを狩るようにエリャの一閃が襲う。
さらに短距離空間転移で一瞬だけ浮かび上がったハーウェヤ様。
それにより刃はハーウェヤ様の足下を抜けていく。
「チィ!」
ハーウェヤ様は刃を蹴ってエリャの体勢を崩す。
追撃に剣が振るわれるが、それをファラウラが砂の盾で防ぐ。
「星・盾」
「ありがとさん!」
刃を止めた盾はそのままハーウェヤ様を飲み込もうとするが、彼女の攻撃力の方が高い。
振りぬかれた刃に盾の方が先に崩壊する。
「では、そろそろあたくしも行きましょう」
背後から大槌を振るうバティー。
速度×質量=威力。
速度を出せる彼女は自分と大槌の質量で対象を引きつぶす戦法を取る。
ハーウェヤ様は、それを場所入れ替えで対応する。
自分とエリャの位置を入れ替える。
バティーの一撃はエリャへと向かう。
「絵画!」
俺はそれに合わせて、エリャの位置をハーウェヤサ様と入れ替える。
負けるたびに見てきた空間転移の技だ。
俺も成長しているのである。
呪いごり押しで無理矢理転移させているだけだが、とにかくこれでバティーの一撃はハーウェヤ様へと入る。
「まだ空間指定が甘いですね」
パチンと、ハーウェヤ様が指を慣らすと再びの空間転移。
今度は俺と自分の位置を入れ替える。
俺は連続で入れ替えられるほど器用ではない。
最初からやると狙っていたからさっきはできたのであって、すぐには入れ替えできない。
「防いでくださいまし」
そう言われても、その一撃の威力を完全に受けるのは無理。
重戦車の前に出るプレッシャーの中で俺は、バティーの腕をつかみ、ぐるりと直線の威力を回転へ変えてハーウェヤ様の方へぶん投げる。
腕の骨が衝撃で砕けた。
超痛いので、即座に呪いを込めまくって回復させる。
ハーウェヤ様はエリャと結んでいたところにバティーミサイルをお見舞いされる。
彼女は冷静に、砂の盾を作り出して威力を殺すとともに絵画の短距離転移を利用して、バティーを連続で遠ざけ続け威力を減衰させる。
受け止められたが、これで膠着状態に持ち込めた。
「星・投擲!」
ファラウラの石弾が向かう。
その石弾にアロナが奇蹟をかける。
「我が神に願い奉る」
石弾が燃える。
どうやら対象を燃やす奇蹟であるらしい。
燃え尽きることのない炎となった石弾が、ハーウェヤ様に殺到する。
「星・盾」
ハーウェヤ様はそれを再び砂の盾で防ぐ。
同時に力を抜いてバティーの体勢を崩し、地面に倒す。
「薪・投擲――
逃がさない。
炎の弾丸で足を止める。
そこに『ルーナ』が切り込んでくる。
「なんで、これで倒せないんでしょうね」
普通に考えて、6対1。
ほぼ包囲しているような状況で、街の外だから俺の爆撃もできるし、街を破壊しかねない威力のある攻撃も可能。
普通に考えて、ハーウェヤ様との差はほとんど経験値のみ。
あとは圧力でいけると思ったのだが。
「やはり経験値。経験値が大きい」
わかってはいたけれど、戦闘経験が俺たちよりあるというのが、本当に厄介だ。
似たような状況とかそういうのから対策をしているのだろう。
その上、最高聖女長としての実力もあるのだから俺たち6人でも倒すのは厄介と。
ものになって来た連携であってもかなり厳しい。
「このまま圧倒はできないなら。やはり、別案でいきますか。風車・投擲」
風で砂を巻き上げる。
疑似的な砂嵐。
「視界を奪いますか。ですが、私には効果はさほどありませんよ」
ハーウェヤ様は目が悪いのか、いつも目を閉じているから確かに砂嵐は効かないかもしれない。
ただ、それでも飛んでくる砂に感覚を少しは持っていかれるはずだ。
「オラァ!」
そこに『ルーナ』が巨斧を振るう。
「…………」
さらに、もうひとりのルーナがハーウェヤ様を狙う。
●
「ふたり。幻覚ではないようですね」
奇蹟による分身かとハーウェヤは判断する。
前日に見せられた分身だ。
そう忘れることはない。
質量のあるちゃんとした分身であるものの、強さは本体より幾分も落ちる。
ルーナはいつも騒がしい。
奇襲でも声をあげる。
黙っている方が偽物か。
似せる気がないのか、アロナが使っている奇蹟だからこそアロナ以外の完成度は低いのか。
「両方止めれば問題ありません」
両方の一撃を受けとめる。
もちろん、本物の方に意識も力も割いておく。
何をされても対応できるようにという構え。
だが、本物だと思っていた方の力が弱いことに気がついた。
「雷雲・付与!」
その瞬間、待っていましたとばかりに黙っていた方に轟雷が降る。
激発とともに受け止めたはずの巨斧が加速する。
巨斧がハーウェヤに叩き込まれる。
「そちらが、偽物でしたか――」
最初からいた『ルーナ』の方が、偽物だった。
●
「よっし!」
ルーナの一撃が決まった。
砂嵐がとけると、そこにはふたりのルーナがいる。
両方同じ動きをしているように見えるが、俺は片方にかけていた魔術を解く。
『ルーナ』の身体が変化し、アイリスになる。
「流石、アイリス!」
人の真似をさせると、80%くらいのクオリティーで完璧に真似できる。
「進化・付与」
俺はそれを新しく作ったこの進化のロガル文字で利用することにした。
進化のロガル文字は簡単に言えば、魔術をかけた対象を変化させる。
姿だけでなく性質も変えられそうだが、今は姿だけ十分。
姿を変えて最初からルーナとしてこの戦いに参戦させていた。
ルーナは嫌がったが、1番良い一撃を叩き込めると言ったら、ちゃんと従ってくれた。
さて、さらに場を混乱させてやろう。
今度は複数の姿を変える。
ご丁寧に武器まで変えてやる。
今度はエリャだ。
もちろん、その太刀捌きを真似できるのはアイリスだけだから、アイリスと本物以外はわかりやすい偽物としか見えない。
「なるほど、筆記者としての才覚もあったようですね。聖女ニメア」
そうだぞ、もっと褒めれー!
エリャたちが切り込む。
それが次の瞬間にはバティーに変わり、さらにアロナへと変わる。
誰がどのような攻撃をしてくるのか、とにかく混乱させる。
さらに絵画による空間転移も重ねてわけがわからなくなる。
俺も誰が誰なのかまるでわからないので、ハーウェヤ様からしたらたまったものじゃないだろう。
そこに加えてイクノティスへの砲撃を敢行。
威力調整? しらん、全力ブッパだ、俺が勝てない奴がいる街なんて吹っ飛べばいいと思います。
くらいの恨みを込めて放った。
ちょっと核兵器くらいの威力になったけどきっとハーウェヤ様なら相殺してくれるから大丈夫だろう。
たぶん、きっと、お願いします、こんなところで大量殺人犯になりたくないんですぅ!
「ならば、貴女から狙うべきでしょうね」
よかった、ハーウェヤ様が防いでくれた。
クソが、防ぎやがった。
ありがとうございます! でもむかつく!
ガッデム!
それで俺狙いに切り替える。
それも当然だろう。
俺へと迫る白刃。
俺は再び最初の爆撃を放とうとする。
「薪・流れ・星・風車・雪山・雷雲・月・太陽・深淵・絵画・投擲・拡大・強化・集中――っ!」
しかし、ハーウェヤ様の方が速い。
辛うじてその刃を防ぐ。
「少し怠けすぎですよ、聖女ニメア。筆記術に現を抜かしすぎです」
「まさか、先生が騙されるなんて思いもしませんでした」
「貴女は……!」
その瞬間、俺は進化のロガルを解いた。
ハーウェヤ様の目の前にいた俺が、ファラウラの姿に切り替わる。
「そうですか、最初から」
その瞬間、俺は背後から剣を叩き込んだ。
ハーウェヤ様の身体が吹き飛ぶ。
さらにルーナの追撃。
「オラァ!」
「あ」
てっきり防がれるものだと思っていた一撃は、クリーンヒット。
巨斧は、肩口からざっくりと入った。
完璧に致命傷である。
そしてその瞬間、ハーウェヤ様の肉体が砂になって消滅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます