第44話 筆記者

 俺たち聖女候補に与えられた課題はハーウェヤ様を倒すことであるが、そればかりやれというわけではない。

 このイクノティス宮殿での聖女候補たちは、多くの聖女たちから講義を受けている。

 

 どうやら大学と同じ形態をとっているらしい。

 本人に学ぶ意思があるなら、その授業をやっている聖女のところへ行って講義を受けるて学ぶことができる。


 ハーウェヤ様を倒すのが第1であるが、今の戦力でダメなら新しくできることを探して特訓をすることが必要になる。

 もしやこういう風に思考を誘導することこそが、課題を与えられた理由なのかもしれない。


 ともかく俺がリーダーになり、チームとしてハーウェヤ様に挑むため色々と作戦を考える時間が欲しいということで、今日1日は自由行動ということにした。

 ルーナはひとりでまたハーウェヤ様に挑みに行っているらしいが、他は各々動きや作戦を考えようだった。


 そんな中で俺は、とりあえず魔術の講義に出ていた。

 この国のロガル文字を刻ませてもらえるかもしれないと思ったからだ。


 ロガル文字を刻む行為は、俺の場合とてつもなく気持ちがいい。

 あの衝撃を俺は一生忘れられないというか……はい、ええと完全にクセになっております。

 眠れない夜に、無意味に文字を刻んでます。


 はい、ええと、まあはい。

 そういうことですね。

 後始末が大変になるが、とんでもなく気持ちがいいのだから仕方ない。


 バレないようにしていたのだが、1度だけクローネに見られたことがある。

 あのくっそ騒がしいメイドが生暖かい目をして静かに扉を閉めてそれ以降、なにも言及しなかった。

 羞恥心で人は死ねるのだなと思うほどだった。


 まあともかく、そんな無意味なことをしていても俺はいくらでも文字が刻めるらしく、今の今まで刻めなくなったことはない。

 数少ない本物聖女より、勝る部分である。


 つまり俺はいくらでも他国でロガル文字を見つけたら刻めるというわけである。

 特異体質バンザイ。

 この眼と同じく俺の生命線だ。 


 そういうわけで魔術の授業であるが、筆記者についての授業だった。


「魔術、ロガル文字、その関係を語る中で筆記者に触れないことはあり得ない」


 ペンだこの多い手で黒板に、講師である初老の男が板書していく。

 聖女が教えられないことは外部から講師を招いているらしい。

 彼もその類のようだ。


「筆記者とは新たなロガル文字を記す者のことだ。文字の法則、想い、形の法則を読み解き、新しき文字を筆記する。新たな魔術の発明家、それが筆記者だ」


 俺たちは普段、ロガル文字を脳に刻み。

 文字の組み合わせで魔術を作り上げる。

 その組み合わせにより同じ文字でもまったくことなる結果になったりもする。


 そんな既存の組み合わせではなく、まったくのオリジナルの魔術を発動する文字を作り上げるのが筆記者だという。

 何気なく入ったはいいが、滅茶苦茶難しそうである。


「諸君らは今、滅茶苦茶難しいそうだと思っただろう? ああ、そうだ、当然難しい。ロガル文字に対する知識は当然のように、文字の書き順を推測する力も必要だ。新しい文字を形作る想い、文字への発想。才能がない者は筆記者にはなれない」


 老人は講義室を見渡す。


「この中の何人が筆記者と成れるかはわからん。ひとりでもなれればいい方だろう。この授業では魔術など使わん。もし魔術を使いたければ別の授業へ行くことだ」


 誰も出て行かなかった。


「では、授業を始めよう。まずは全ての基礎コディコスからだ」


 授業は理路整然と始まった。


 ロガル文字は深淵から出土したものであるが、最初の魔術師の弟子であるコディコスという人がその文字の法則を解き明かし新たな文字を作り上げた。

 その技術を筆記といい、筆記を行う者を筆記者と呼ぶ。


 俺が普段使っている投擲や強化の文字などは、コディコスが作り上げた文字なのだとか。

 つまり、うまいことやれば歴史に名を残せるということだ。

 いいぞ、俄然燃えてきた。


 あと俺は最近気がついたのだが、刻む文字によって快感に差異がある。

 つまり、快感最高の新しい文字を作り出せたりするのではないだろうか。

 うむ、夢が広がる。


「コディコス学派やタルド学派など、筆記のやり方、作り出された文字の効果によりさまざまに分類されるが、どれも大元の技術は同じだ」


 何が違うのかといえば、その文字をどのように使うのかという思想の部分になるらしい。

 筆記者にとっては特に気にするべきものではない。

 とにかく自分が作りたい文字を良くイメージすることが重要なのだとか。


「筆記は芸術だ。全てはセンスが重要になる。理論を学べば既存の文字を筆記することはできるようになるだろう。そこから既存の文字を超えたオリジナルの文字を生み出すことこそが筆記者の第一歩だ」


 先人たちが磨き上げた文字を超える。

 この1点が若い筆記者たちにとっての大きな課題であり、1人前になれるかどうかの分水嶺ともなる。


「効果を発揮する文字を作るだけでも数年から数十年の修行が必要になる。ゆえにまずは文字を解体するところから始めろ。文字を理解すれば、自ずと法則を理解できるだろう」


 薪の文字が黒板に描かれる。


「燃える炎を想う文字だが、この部分が揺らめく炎を現し、その数が火力を示す。この文字をどこから描くかわかるかね?」


 当てられた聖女候補たちは思い思いに指し示すが、全て不正解だ。


「では、お前はわかるかな?」


 当てられたのは俺。

 もちろん、俺はわかる。


「はい。燃える炎の中心、薪の部分です」


 炎の始点ともなる薪との接合点。

 そこが薪のロガル文字の描かれる基点だ。


「素晴らしい。どうやら才能のある者もいるようだ」

「おぉー」


 受講生たちからも関心の声があがる。

 ふふん、もっと褒めれー?


 まあ、才能というよりかは俺は目に見えているからというのも大きい。

 魔術の発動の様子を観察していれば、魔力がどのように文字を描くかがわかる。

 俺はその通りに文字を呪いで描いているから、嫌でも覚えている。


 師匠や多くの魔術師に魔術を見せてもらって覚えたのだ。

 あの時は色々な人に苦労を掛けた。

 全自動でやっているところをマニュアルでやらなければならないのだから、大変なのだ。


 そして、この呪いでロガル文字を正しい順序で描くことが必須なおかげで、絵画などの複雑な文字から発生する魔術が苦手なのだ。

 単純に文字が書きにくい。

 特に絵画は文字の中に絵があったりと複雑すぎてあまり使いたくないレベル。


 授業の終盤。

 講師が話し続けていたが、そろそろ空気が弛緩してくる頃だ。


「ふむ。では、実際に刻むのを見せよう」


 良い感じに全員の注目が集まる。

 良い授業だ。


 ロガル文字を筆記するのに必要なのは、深淵から出土する鉱石から作られた筆記版と筆記筆だ。

 筆といっても硬質の石の筆で、どちらかといえば彫刻刀という方が正しそうだった。


「正しい順番、正しい形さえわかれば、あとは簡単だ」


 その通りに筆を走らせればすぐに文字が出来上がる。


「国境のロガル文字だ。砂漠の旅人アサールが見出した砂の線だが、正確に筆記するのが難しい。聖女ニメアだったな。お前にやろう」

「ありがとうございます」


 どうやら前半の問題に成功したご褒美ということらしい。

 俺の国にはなかったロガル文字だから、とてもありがたい。

 今夜、刻ませてもらおう。


「では、今日はここまでだ。まだ自分が筆記者に向いていると思う者のみ、次回も来なさい」


 そう言って講師は板書を消して教室を去って行った。


「ふむ、色々と参考になりましたね」


 面白い授業であった。

 魔術はロガル文字の組み合わせ次第。

 だから、ロガル文字がなければ魔術は使えない。


 だが、筆記者になって新しいロガル文字を作ることができれば、魔術でできることは無限大に広がることだろう。

 もちろん俺が筆記者としてうまいことやれるかどうかはまるでわからない。

 俺に才能がなければ、ありそうな人を探して作らせるとかすればいいのだし、俺が理論を学ぶのは無駄じゃないはずだ。


「ふふ、楽しくなってきました」


 新しい文字を作って自分だけのオリジナル魔術を作る。

 男の子としてそそられずにはいられないというものだ。

 何より歴史に名を遺せるというのは実に良い。


 うきうきしながら、俺は昼食へ出るのであった。

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