第42話 不可能授業①

 突然だがチームを組むことになり、親睦を深めろと言われたが俺とルーナ、バティー、エリャはともに旅をしてきたのでそれなりに仲は深まっている。

 だから必然的にアロナとファラウラの方と親睦を深めることになる。


 しかし、ふたりともしゃべらない。

 どうやらファラウラは寡黙な方らしい。

 何を考えているのかわからない硬い表情は、真面目な堅物そのものを示しているかのようであった。

 暑い砂漠の都市にいるというのに冷たい風が吹いていると錯覚する。


 アロナの方はうふふふと笑みをたたえたまま俺を見ている。

 よっぽど俺の魔術が気持ち良かったのか、紅潮した頬に手を置いてもじもじとしている。


 どうしよう、果てしなく親睦を深めたくない。

 ファラウラはともかく、アロナの方とは親睦を深めたらダメな気配しかしない。


 ともかく簡単に自己紹介をしてから、これから何が起こるのかという話題で話をしてみることにした。


「それでわたしは聖女留学は初めてなのですけれど、いったい何をさせられると思いますか?」


 グレイ王国は聖女留学初参加だ。

 ヴェルジネ師匠すら経験したことがないと思うと、ちょっと嬉しくなってくる。


「さあ、実戦じゃね?」


 ルーナの言うこともありそうだ。

 聖女に必要なことが武力と言われた時点で、実戦があるということは想像できる。


「ありえそうですね。でも、バティーはどう思います?」

「ヴェルデには大学がありますから、歴史などのお勉強するのではなくて?」

「げぇ……」


 バティーの考えにルーナはそれはもう苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

 勉強はやりたくないようだ。


「ちゅーか、ヴェルデの聖女候補がおるんやから、何か知っとるやろ」

「……知らない」


 エリャの指摘に対して、ファラウラは答える。

 その答えは愛想というものをどこかに置いて来たかのような簡潔明瞭さ加減である。


「あんた、自分の国のことやろ。何も知らんの?」

「私だけ知っているのは不公平となる。故にハーウェヤ様は今回の授業の内容を教えてはくださらなかった」

「でも、先輩らから聞けるやろ? うちかて自分の国のことならわかるで?」

「…………」


 急に押し黙ってしまった。

 もしかして、先輩と仲良くないのだろうか。


「あんた、もしかして先輩と仲良くないとか?」

「…………」


 どうやら図星のようである。

 確かにファラウラは堅物で真面目そうで、人づきあいが苦手という感じである。

 先輩たちに積極的に話しに行っている姿は想像できなかった。


「うーん、まあこのメンバーなら何が来ても大丈夫でしょう」

「そやとええけどなぁ……。じゃあ、アロナはんはどう思う?」


 一応の義理でアロナに聞いたようだ。


「ふふ、全ては神の思し召し。なるようになるでしょう。ああ、ああ。楽しみですね。どんな風に痛い思いをするのでしょうか。わたくし、興奮してきました」

「…………あんたはそう言うと思っとったわ」


 結局、考えたところで答えはわからないということだ。


「じゃあ、好きなものでも言い合おうぜ。その方が親睦が深まんだろ」


 ルーナが珍しくいいことを言った。

 確かに好きなものを言い合うのはなんだか仲が良くなりそうな気がする。


「では、ルーナから教えてください」

「おう、オレはもちろん戦いだな! 敵を倒すのが楽しいんだよ」


 猟奇的ぃー。


「あと肉」

「はっ、あいっかわらずやなぁ!」

「じゃあ、オマエはどうなんだよ」

「うちはお金や! お金の風呂とかめっちゃええんやで!」


 金風呂も何か凄く予想通りだなー。

 でも、金貨のお風呂とか確かに憧れる。

 男の子は光物も大好きなのだ。

 だからDXなんちゃらソードとかは光る。

 ん? そういうことじゃない?


「バティーは?」

「あたくしは、美味しい食事ですわ。食事、とりわけ美味しい食事は人生を豊かにしますもの。ニメアさんは?」

「わたしも食事ですね。クローネっていうメイドがいるんですけど、とって美味しいご飯を作ってくれるんですよ」

「あら、良いですわねぇ」

「連れて来てないん? あんた護衛騎士は連れて来とったろ」

「ええ、行きたくないらしく」

「あんた、人望ないんか?」


 考えたくないことを言わないでくれ!

 俺は、嫌われてない。きっと、たぶん!

 ああ、でもお金の付き合いだもんな……。

 もしかしたら仲良しになったと思っていたのは俺だけだったのだろうか……。


「わ、悪かった! そんな落ち込まんといてや、な、な? ほら、あんたらふたりも好きなもん言いや!」

「ふふふふ。わたくしは神様のことを愛しています。もちろん」

「……水」

「なんちゅうか。ほんまに仲ようする気あるんか……?」


 親睦が深まったんだか、深まってないんだか。

 そうこうしている間にハーウェヤ様が戻って来た。


「さて、これからやることを説明いたしましょう。やるべきことは簡単です。わたくしを倒しなさい。殺すことと浄化以外は何をしてもかまいません」


 その瞬間、俺の隣を赤の雷が走り抜けた。

 こういう時、誰よりも早く理解し誰よりも早く行動できるのはルーナだ。


「はは、わかりやすくて助かるぜ!」

「やれやれ、やはりクラースヌィの方はせっかちですね」


 その一撃を放つ前に、ハーウェヤ様がより早くルーナの前に踏み込んでその顔面を掴み取り地面へと叩きつけていた。

 よどみない呪い操作からの気力への変換。

 いや、違う。

 ハーウェヤ様は、俺と同じように常日頃から変換して気術を切らしていなかったようだ。

 気力の流れが変わった。


「ぐっ!」


 ゼロから起動するよりも、アイドリング状態から起動する方が早い。

 一瞬の差こそルーナがハーウェヤ様に追いつかれた真相だ。


「まだ開始の合図はしていませんよ。――では、開始」


 その瞬間、ハーウェヤ様が霞のように消え失せる。

 後に残ったのはわずかな砂だけだ。


「幻覚!?」

「うそやろ、幻覚にルーナはんが倒されたん!?」


 幻覚は本来質量を持たないはずだ。

 どうやったんだ……?


「あらあら……さて、どうしましょう」

「うがー! ぶっ倒す!」


 ルーナが飛び起きた。


「よくもやったな、ぼっこぼこにしてやる!」

「それは不可能だ」


 ここでファラウラが初めて自主的に声を上げた。


「オレを舐めてる。油断してやがる今が好機だろうが」


 ルーナの言うことももっともだが、生憎と俺はまーったくそうは思わない。

 なにせ、俺はヴェルジネ師匠に1度もまともに勝ったことがない。


 のではなく、相手との戦いはまず間違いなく俺たちが負ける。


 ファラウラが俺たちに自主的に忠告をしてくるということは、ただ襲撃しただけでは敵わないということの証明になる。

 先ほどの幻覚の種もわからないのに挑んでは駄目だろう。


 ファラウラはこの中で1番長くハーウェヤ様の戦いを見ているはず。

 訓練もつけてもらっているとしたら、その強さをわかっている。


「ルーナ、落ち着いてください。今、行ってもたぶん負けると思います」

「ニメアもかよ!」

「はい。そもそも宮殿の中にいられては全力を出せませんし」


 俺の得意分野はそこら中にある呪いをつぎ込んでのごり押しだ。

 戦うように作られた闘技場の中ならばまだしも、ここは居住区もある宮殿である。

 その中にハーウェヤ様がいる限り、俺は全力で魔術を使うことができない。


「なら、砂漠にぶっ飛ばせばいいだろ」

「それができればいいですよね……」

「まあまあ、1回襲撃してみるのもよくはなくて?」

「お、バティー! 珍しく気があったな」

「いえいえ」


 あ、これもう1度、ルーナを負けさせて操りやすくするやつだな?

 流石に勝てないとなれば、ルーナも大人しく対策を考えるだろう。

 それに1度戦えば、否応なく相手の実力のほどや戦い方もわかるというものだ。

 でも負けたくないので、出来る限り粘らせてもらうか。


「ふふふ」

「楽しそうですね、アロナ」

「ええ。ええ。とてもとても素晴らしいです。これこそ我らがカースラアナ様のお導きなのでしょう」


 色々と心配かつ急増チームで連携なにそれ状態であるため、とりあえず個々人で攻めるということになった。


「この時間、ハーウェヤ様はどこにいますか?」

「…………」


 ファラウラは1度、顎に指を這わせる。


「……普段は書斎にいらっしゃる。そこで書を、読んでいる」


 本当に必要なことしか言わない、ファラウラだったが情報は正確だった。

 外から探ったが本当にいる。

 書を読んでいる。


 集中しているから、奇襲するなら確かに今だろう。


「よっしゃ行くぜ!」


 まず書斎へとルーナが突撃をかける。

 彼女がやられたら即座に続けるように俺とエリャが入り、最後にバティー、アロナ、ファラウラの順で突入。

 戦闘開始。


 先ほどの弐の鉄は踏まぬとばかりに初っ端から斧の機構を利用してルーナが加速する。

 確実に命をとるレベルの一撃をかます。

 俺は確実に対処されるだろうなと思って、その隙を狙って動く。


 エリャもそれをわかってくれて備える。

 だが、ここはハーウェヤ様の書斎。

 つまりテリトリーだということを俺たちは忘れていた。


「絵画」


 気がついた時には、俺とハーウェヤ様の位置が入れ替わっていた。


「ゲェ!?」


 思わず素の声が漏れたが、全力のルーナの一撃の前に晒されたのだから、そんな声もでるだろう。


「うわ、なんでそこに!?」


 絵画は空間系魔術を使えるようにするロガル文字だ。

 使うのは難しくて、俺もほとんど――いや、実はまったく――使いこなせていない文字だ。

 なにせ文字自体が非常に複雑なのもあるが、その制御がとことんまで難しい。


 数メートル移動するだけでも複雑な計算が必要になってくる。

 一歩間違えると壁の中だ。


 そして、俺は超大雑把ごり押し野郎なのである。

 自分で言ってて悲しくなるが、事実なのだから仕方ない。


 そして、それで問題ないとヴェルジネ師匠にお墨付きをもらっている。


『あんたは、余計なこと考えずにゴリ押した方が良いね。余計なこと考えて他がおろそかになるよりは十分いいさ』


 なんかどうしようもなくて、諦められたような感じかもしれないが、きっと勘違いだろう。

 ともかく、そんなものを気軽に使えるということはかなり技量が高いということになる。


 いや、そんなことを考えている暇じゃなかった。


「くおぉおお!?」


 俺は咄嗟に巨斧の腹を打ち上げる。

 打ち上げた右腕から嫌な音が響いたが、そんなのを気にしている暇はない。


 続け様に突っ込んでくるルーナに蹴りを放って、突撃の威力を上向きへ変換。

 咄嗟の連続過ぎて気術のステ振り変更が間に合わず、足からも嫌な音がしたがそのまま振りぬく。

 ルーナの身体はどうにかこうにか浮き上がって、天井にぶつけることで先ほどの突撃の完全に威力を殺すことに成功した。


 マジであぶねえ、死ぬとこだった。

 腕は綺麗にぽっきり折れていて、足の方は付与された赤雷の効果で焼けただれている。

 痛みが後から来る。

 とにかく治療魔術にありったけの呪いをつぎ込んで瞬時に回復させる。


 その間に落っこちできたルーナがこちらに声を張り上げる。


「何すんだ!」

「何すんだはこっちですよ!?」


 完全に良いようにやられてしまった。

 ハーウェヤ様は何をしているのかをすぐに把握しなければ。

 まだ戦闘は継続中。

 ルーナと言い争いをしている場合ではな――目の前にハーウェヤ様の緑の髪が舞っていた。


「ほう、大した治療魔術の腕です。しかし、戦闘中にすることではありませんでしたね」


 まったくもってそうだ。

 突然のことで優先順位を間違えてしまった。


「っ!」


 ああ、この感覚。

 ヴェルジネ師匠を前にしているみたいだ。

 いや、この人、少なくとも年老いたヴェルジネ師匠より強くね? まだ全盛期ってことですか。


 咄嗟に距離を取ろうとしたが狭い上に、ハーウェヤ様が手を振ると俺は彼女の目の前にいて腹に強烈な一撃を喰らう羽目になった。

 空間魔術が得意なのだろう。

 俺の目の前の空間を削り取られたのが見えた。

 それで目の前に移動させられたということらしい。


 そして、ぶっ倒されてみると、他のメンツも同じようにぶっ倒されていた。


「兵は神速を貴ぶ。すぐ様、私のところに襲撃に来たのは評価しましょう。しかし、無策で突っ込むというのはあまりにも稚拙でしたね。次、また来なさい」


 そう言って彼女は一瞬で部屋の中から消えた――。

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