第41話 初日

 翌日、俺たちを呼びに来た宮殿の侍従たちに従って広間へと集まっていた。


 必要な人物が全員揃ったということらしい。

 聖女候補が来なかった国もあったようだ。

 ディアンラン王国とアクィルス帝国の2か国が来ていない。


 ディアンランは適性年齢の聖女候補がいないために今回は参加はなかったようだ。

 特に何かがあるとは聞いていないが、グレイ王国よりもはるかに豊かだという。


 アクィルスは聖女候補がいないという俺の国みたいな状態らしい。

 というかアクィルスは聖女がいないことが普通とかいううちの国よりやべえ国である。


 それなのに大陸北方の広大な大地を手にしている。

 なお、その大半が試される大地とかだし、国民の大半はヴァイキングじみた超絶ヤベエ連中だという。

 グレイ王国の北国境で小競り合いを何度かしているので俺でも知っていた。


 この2か国――特にアクィルス――が来なくてよかったと思ったのは秘密である。


 ともあれ――聖女候補に先達の聖女が教えを授ける聖女留学が始まる。

 勉強の開始というわけだ。


 一通りのことはヴェルジネ師匠に叩き込まれていたが、ここではどのようなことが学べるのか楽しみである。

 侍従に聞いた話によれば、ヴェルデの最高聖女長のハーウェヤ様は、「温和」

「苛烈」「多くの聖女候補を優秀な聖女に育ててきた名士」ということらしい。


 温和と苛烈が同時に並ぶあたり、ヴェルジネ師匠を思い出す。

 なんとヴェルジネ師匠が亡き今、最高齢の聖女だという。

 それでも三十路くらいでほぼ隠居の身という話らしいので、ヴェルジネ師匠の頭おかしさが浮き彫りになる。

 なんであの人80歳にもなって現役バリバリに戦ってたの?


 うちの国、もっと聖女が頻繁に出て来いよと思わずにはいられない。

 そんなことを考えている間に広間に到着する。

 既に人は集まっているようであった。


 ヴェルデ国の聖女であるハーウェヤ様の他には、ヴェルデの聖女候補が7人と、青髪のおっとりとした拘束服なのかシスター服なのか判断に困るような服を着た少女がいた。


 俺たちはいそいそと用意されていた席に座る。

 それからハーウェヤ様が咳払いをして口を開いた。


「では、皆が揃ったところで授業を始めましょうか。まずは、基本的なことのおさらいをしておきましょう。ファラウラ、聖女に必要なものはなにか答えなさい」


 ヴェルデの聖女候補の中からひとりが指名される。

 眼鏡をかけて、鉄骨でも入っているのではないかと思えるほどにすっと背筋を伸ばした、如何にも真面目そうな緑髪に小麦色の肌をした少女が立ち上がって答える。


「武力です」

「結構」


 ハーウェヤ様の言葉を受けて、ファラウラは着席。

 横目でルーナを見ればうんうんと頷いている。


「ファラウラが言ったように、なによりもまず武力です。聖女留学でいらしている方もいますので、今日はその実力を見せてもらうことにしましょう」


 というわけで宮殿の中庭へと移動する。

 噴水がある中庭であるが、練兵場としての機能もあったようだ。


 ついでに移動中、長身の青髪の子が何者か、ルーナたちに聞いてみた。


「あの子、何者かわかりますか?」

「青い髪なら、カエルレウスの奴だろ?」


 この世界、髪の色で大体住んでいる地域がわかる。

 グレイ王国なら灰色の髪が多く、クラースヌィは赤色、ナランハは橙色、キトゥリノは金色というか黄色? みたいな感じである。

 青はカエルレウスという国らしい。


「気をつけるんやで、あの国マジで話が通じんからな。貿易で1度だけ行ったことがあるんやけど、異次元やで。なんかようわからん肉塊をありがたがっとってなぁ」

「国民の全てがカースラアナ教の信者ですもの。あの方の服はその正装ですわね」


 宗教国家カエルレウスの聖女はカースラアナ教と密接だとバティーは言った。

 カースラアナ教は、この大陸で広く信仰されている深淵信仰を広める宗教だ。

 国によって分派ができているが、どうやら本場はそれなりにヤバイらしい。


 とりあえず注意しておこう。

 異端やらなんやらで難癖付けられても困るしね。

 狂信者には近寄るべからずだ。


「では、深聖カエルレウス皇国のアロマ・ソルシエール、グレイ王国のニメア。戦いなさい」


 とか思っていたら近寄らないようにしようと思った途端にこれである。


「死ななければ何をしてもよろしい。貴女方の力をお見せなさい」


 ハーウェヤ様がそう言っているので、本気を出そう。

 ヴェルジネ師匠とは模擬戦したことあるが、全盛期の聖女の相手はイコナだけ。

 あれは理不尽だった。

 だから、俺もとりあえず、最初から本気で行く。


「アロナさんでしたね、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いいたします。灰の聖女様」


 ありったけの魔術を起動。

 追加する文字は投擲。

 強化は、とりあえずなし。

 下手したらこの宮殿ごとフッ飛ばしかねない。

 全力は出せないが、本気ではあるという奴だ。


「ふふ」


 アロナと呼ばれた少女は微笑みを絶やさない。

 これくらい防げるという自信による余裕か。

 あるいはただのハッタリなのか。


 判断はつかないが、聖女を舐めてはならないと骨身に刻まれた俺である。

 死ななければいいのなら、容赦なく魔術を打ち込むまで。

 アロナはその全てを躱すことなく、その身に受ける。


「ああ、イイ……」


 ゾクリと、悪寒がした。

 イコナの時とは違う。

 これは――。


「とっても気持ちがいいわぁ!」


 彼女は、攻撃を受けて恍惚とした表情を浮かべて身をくねらせている。


 そう、彼女は――変態だああああ!?


「ああ、ああ。とても素晴らしいです。それだけの魔術を使えるのもそうですが、いったいどれほどのロガル文字を刻んでいるのでしょうか! 貴女様は我らがカースラアナ様に愛されている!」


 頬を上気させ、身悶えしながらアロナは距離を詰めてくる。


「さあ、もっとやってください。この憐れな豚に寵愛をお恵みください!」


 俺は引いた。

 ドン引きである。


 身体にぴったりとした拘束シスター服がはちきれんばかりのお胸だとか、お尻だとか、そんなんはどうでも一瞬にして恐怖に塗り潰されてしまった。

 こいつヤバイ。


「さあ、どうしたのですか。さあ、どうぞ。さあ、わたくしに貴女様の愛を! ふふ。ふふふ。」


 あまりにも近距離に近づかれてしまったので、咄嗟に顔面をぶん殴りにかかる。

 柔らかな頬を打ち据えた瞬間、その刹那にアロナは俺の腕をつかみ、拳に舌を這わせた。


「ひええ!?」


 ねっとりとした生温かな舌触りに容赦ない蹴りを叩き込み、ぶっ飛ばす。

 つい全力で中庭の柱がへし折れるくらいに蹴ってしまったが、そんなことより舐められたところを魔術で綺麗にする。


 気持ち悪い。

 めちゃくちゃ気持ち悪い。

 ヤバイ、なにあいつ、ヤバイ!?


「ああ、ああ。この味。知っています。とっても懐かしい。ああ……とても懐かしい味がいたします」


 割と全力で蹴ったのに、アロナはケロリとした様子で立ち上がる。

 もちろんダメージがないわけではないだろう。

 腕とか変な方向に曲がってる。

 それでも、気持ちよさそうにしているのは変わらない。


「ふふふ」


 笑ってるのが恐怖でしかないです。

 美人さんなのがまた怖さに拍車をかけてます。

 超怖い。どうしよう。


 俺が悩んでいる間に、アロナが再び接近する。

 また舐められては困るかと距離を取ろうとしたところで――。


「我が神に願い奉る」


 気がついた瞬間には、アロナが俺の背後にいる。


 何をされたのかわからないが、彼女が何かしたのは間違いない。

 何かしら祝詞っぽいのを唱えていた気がする。

 魔術とかのたぐいではない。

 感覚的には、クソ親父のアレ。


 振り返ろうとする前にひしっと抱きしめられる。


「まずっ!?」


 何かされる。

 防御を固めたら――。


「すんすん……あぁ……すんすん」


 ――今度は匂いを嗅がれた。

 本当に勘弁してくれ。

 頭に当たってるクソほど柔らかい感触を楽しむ余裕すらない。


「ああ、ああ。匂いがいたします。優しい星の香り。貴女様からはとても懐かしい香りがいたします。ふふ、ふふふふふ」


 ひいいい、怖いこわいこわい!


 肘をアロナのみぞおちに叩き込み、折れた身体で下がった後頭部に全力の踵を抉りこむ。


「ふ、ふふふふ……イイ……とっても……」


 倒れて動かなくなったが、だらしなく涎を垂らしているから生きていることだろう。

 なんだか、すごい強敵だった感じがする。

 ここまでの変態には、お目にかかったことがなかった。

 本当にヤバイ……。


「お見事です、ニメア。その歳でそこまでの魔術と体術の腕を持つ聖女候補はいないでしょう。既に聖女として戦っているというのも頷けます。精進なさい」

「あ、ありがとうございます」

「アロマ・ソルシエール」

「はい――我が神に願い奉る」


 呼ばれたら気絶したはずのアロナが立ち上がる。

 気がついた瞬間には、彼女に与えたはずのダメージが、嘘だったように消えている。


「カエルレウスの奇蹟、どうやら使いこなせているようですね。しかし、あまり人前ではしたないことをしないように。良いですね」

「ありがとうございます、ハーウェヤ様」


 あれは奇蹟というのか。

 どういう原理でやっているのかわからないが、瞬間移動や俺が与えたダメージをなかったことにしたりとかなり強い力のようだ。

 俺が使えるのかわからないが、使えるなら使えるようになったら便利かもしれない。

 果てしなく教えを請いたくない相手なのだけが、残念だ。


「では、次。クラースヌィのルーナ・プレーナ」

「オレの番だな。相手はどいつだ?」

「ナランハのバティー」

「あたくしのようですわね」


 ルーナとバティーの模擬戦だ。

 バティーの戦いは気になる。

 魔術を使っているは見たことがあるが、本格的な戦いを見るのは初めてだ。


「いっくぜええ!」


 ルーナの方は1度見た通り。

 巨斧を使っての真正面からの力押し。

 衝撃加速機構を使っての突撃は、まさしく質量の暴力。

 当たればただでは済まない。


「遅いですわよ」


 バティーはその巨体からは信じられぬほどに機敏であった。

 紙一重で斧の一撃を躱し続ける。

 見切りが抜群だとか、動き出しが早いだとか、反射神経が良いというわけではないようだ。

 単純に、後からの起動でも間に合うほどに彼女自身が速い。


「驚いとるみたいやね」

「エリャは知っていたんですか?」

「そりゃお隣さんやしな。噂は聞いとったよ。最速。それがバティーはんの二つ名や」


 最速のバティー。

 こういっては悪いが見た目と背反する二つ名だ。

 だが、こうして見せられるとそれも納得の速度だろう。

 ルーナがパワー特化なら、バティーはスピード特化。


 結局、いくら殴ってもバティーには攻撃が当たらずにふたりの模擬戦は終了した。


「そこまで」

「だあああ、もう避けんなよ!」

「当たったら痛いですもの。避けるに決まっていますわ」

「ルーナ・プレーナ。貴女は素晴らしい力をお持ちですね。しかし、動きが直線的で正直です。素直なことは美徳でしょうが、戦うならばもっと考えた方が良いでしょう」


 ハーウェヤ様の評価を聞いてルーナはうげぇと舌を出していた。


「バティー。貴女の回避は本物ですね。ですが、もっと攻め気を持つべきでしょう。相手を攻撃せずに勝つことは究極ですが、それができないことも多いのが聖女の戦いです。きちんと攻撃さなさい。常日頃からできないことがいきなりできることはありませんからね」

「はい。ありがとうございます、ハーウェヤ様。心に刻みたいと思いますわ」

「では、次」

「よっしゃ、うちやな」


 最後の模擬戦は、エリャとヴェルデ国の聖女候補たちから選ばれたファラウラという少女だった。

 彼女は杖を手にエリャの前に立つ。

 魔術師タイプだろうか。


「それじゃ、お手柔らかに頼むわ、ファラウラはん」

「はい」


 お互い手の内を知らないため、一時見に回っていたが、じれたエリャが先に動く。


「様子見してもしゃあない。商人なら、博打に出るんも大事や!」


 抜刀一閃。

 決してエリャの踏み込みはルーナやバディーと比べて速いというものではない。

 むしろ遅い部類だ。


 しかし、抜刀速度。

 剣速だけが並外れて速い。

 接近したかと思えば、もう既に首へと刃が走っている。


「強化」


 気がついた時には回避が成立している。

 魔術による身体強化。

 距離が開くと同時に、ファラウラがさらに魔術を起動する。


「星・投擲」


 土の塊が現出し、それが勢いよくエリャの方へ飛んでいく。


 さらに続く。


「月・付与」


 躱そうとするエリャの影が蠢き、彼女自身を捕らえる。

 全身を影が縛る。


「うんうん、こういうんが普通よな」


 躱すことはできないが、エリャは手の中でくるりと刀を回し、指の動きだけでファラウラが放った土の塊を切り落としてみせた。

 その後もファラウラが巧みに魔術を使い、エリャがそれに対応するように動くのが続く。

 それはハーウェヤ様が止めるまで続いた。


「そこまで。良い剣の技量ですね、エリャ・ザイトゥーン。しかし、魔術は得意ではなさそうです。聖女たるもの剣も魔術も上手くなければなりません。刀を振る時間を少しでも魔術に傾けることをお勧めします」

「うぅ、苦手なんよなぁ……」

「ファラウラ。貴女は逆に、もっと剣を振るべきですね。魔術はもはや我が国の聖女候補中でも1番ですが、剣の腕は未熟です。ふたりで教え合うのもお互いの為になるでしょう」

「はい」

「よろしい。貴女方の実力はわかりました。ニメア、ルーナ・プレーナ、バティー、エリャ・ザイトゥーン、アロマ・ソルシエール、それからファラウラ。この6人をチームとします。私が戻るまで親睦を深めておきなさい」


 そう言って、他のヴェルデ国の聖女候補を連れてハーウェヤ様は行ってしまって、俺たちだけが残された。

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