第39話 聖女到着

 イクノティスは、深淵都市である。

 深淵都市とは、深淵のゲートがある都市のことを言う。

 グレイ王国でいうとこのオルテアだ。


 イクノティスは砂漠の中、ヴェルデ大河に隣接した貿易都市でもあった。

 深淵から出土した様々な品を砂上船や普通の船で運ぶため、東西のふたつの港が特徴的であった。


 その港を挟んだ中央通りでは市場が開かれ、露天で賑わい、様々な商いが各所で行われている。

 袋に詰められた大量の小麦。淡い橙色をした三角で細長い野菜。各都市から運ばれてきた肉や香辛料。

 実酒や麦酒、火酒、冷酒などの酒樽。


 深淵へ挑む冒険者や砂漠を進む旅人用の傷薬や独特の匂いを放つ軟膏、調合された飲み薬と傷口を覆う包帯などの医療品。


 鈍色の輝きを放つ剣や槍、斧、弓、果ては銃などの古今東西の様々な武器。

 プレートアーマーやレザーアーマーなどの防具。

 人を惹きつける輝きを放つ指輪やネックレスなどのアクセサリー。


 檻に入れられ鎖で繋がれた人や、珍しい動物。

 裏路地でひっそりと取引される、快楽を得られる違法なドラッグ

 白と黒、表と裏、善い悪い、清濁。

 全て関係なしに金貨、銀貨、銅貨、骨貨などが行き来していた。


「おい、もっと安くしろよ!」

「これでも安い方だよ!」

「さあ、今しがた入って来たばかりの麦酒だ! 氷の魔術で冷えてるよ。お嬢さん方、飲んでいかないかい!」

「砂漠羊の串焼きだよ、焼き立てだよ!」


 声、声、声。

 たくさんの声がそこかしこから聞こえてくるし、目覚ましく流れる人波には俺でも酔いを感じるほどであった。


「おお、ええ市やねぇ。流石、深淵都市だけいうんはどこの国でも騒がしくて好きやわ」


 商国であるキトゥリノ出身のエリャは商人の血が騒ぐらしく、うずうずとしているようである。


「すごいですね、ニメア様……」

「ええ、うちもこうなるといいですね」


 俺の国ではこんな風にたくさんのものや人であふれることは稀だ。

 大規模な市だって見たことがない。

 いつかやろうと企画している段階だ、俺が帰る頃には見れるようになっているだろうか。


「よーし、早速ついたんだし、酒場でも言って冷たい酒でも飲もうぜ!」

「駄目ですよ、ルーナ様。まずはヴェルデの聖女様にご挨拶へ伺わなければ。遊びに来たわけではないのですから」


 アイリスの言う通り、俺たちは遊びに来たわけではない。

 ここで開かれる学園に学びに来たのだ。


「そうですよ。後にしましょう。それにここに1年滞在するのですから、来る暇はあると思います」


 大通りを北へ進むと、聖女の宮がありそこが俺たちの目的地だ。

 聖女の宮はレンガなどを積みあげて作られた建物であり、まさしく宮殿あるいは神殿のようであった。


「おー、でっけーなー」

「ヴェルデの聖女の居城ですわね。神殿色が強いのは、お国柄でしょう。あたくしの所は普通にお城ですからね」

「はー、けったいな建物やなぁ。仰々しいっつか。うちらのとこはもっと普通やで」

「山を作って物理的に取り囲んでいるのが普通とは言いませんわよ」


 各国特色があるようでなによりだ。


 長い階段を登っていくと、槍を持った番兵に止められる。


「待て。宮殿に何の用だ」


 国を出る時に持たせられた国章を見せる。


「聖女です」

「失礼しました。どうぞお通りください」


 各々の国章を確認されて、俺たちは宮殿の中に入る。

 中庭がすぐにあり、噴水があった。


 そこにひとりの女性が佇んでいる。

 杖を持った褐色の肌をした緑髪のヴェルデ国の人だ。

 古代エジプトの神官然とした格好からしておそらく、この人がこの国の聖女なのだと思う。


「ようこそ、異国の聖女候補たち。わたくしがヴェルデの最高聖女長であるハーウェヤ・ラゾールドです」

「グレイ王国聖女のニメアです」

「クラースヌィ聖女候補、ルーナ・プレーナだ」

「ナランハの聖女候補に任ぜられたバティーと申しますわ」

「キトゥリナのエリャ・ザイトゥーンや。よろしゅうな」

「ニメア様の護衛騎士アイリス・オルタンシアと申します」


 各々堅苦しい挨拶を終えると、ハーウェア様がにっこりと微笑む。

 目が悪いらしく目を閉じているもののしっかりと俺たちを見ている。

 年齢としても中年ほどだろうか、ヴェルジネ師匠を見てもわかる通り、この世界、長く生きている人ほど強くて厄介だ。

 油断しないようにしないといけないだろう。

 負ける気はないけどな……!


「よくぞ試練を突破しここに辿り着きました。砂漠を歩く勇気、機転、力を見せてもらいました。流石は聖女候補。この程度できなくては」

「ありがとうございます」

「やることは多々ありますが。疲れたでしょう、部屋で案内します。本日は休みなさい」


 というわけで俺たちは今後、俺たちが1年を過ごす部屋に案内された。

 共用の部屋と寝室、そのほか風呂場まである。


「従者の方は、従者の宿舎の方へ」

「わかりました。ではニメア様、必要があればお呼びください」

「アイリスも、何かあれば来てくださいね。それと色々と情報収集をお願いします。あとロガル文字もあれば」

「はい、わかっています。お任せください」


 アイリスと別れて俺たち聖女候補組は、とりあえず寝る場所争奪戦を開始することになった。

 寝所には4台ほど2段ベッドが置いてあり、場所とりというわけだ。


「オレ上!」

「2段ベッドは初めてです。わたしも上がいいです」


 こういう2段ベッドの上というのは憧れるものである。

 こう、秘密基地感があっていいと思うのだ。


「うちも上がええなぁ」

「あたくしは下にしますわ。上は面倒ですもの」


 バティーだけ1抜けして場所を作る。


「さーて、誰が下になるか決めようぜ」

「2段ベッドは余裕がありますし、みんな上を取ればいいのでは?」


 全員が上でも問題ないくらいには2段ベッドがあるのだから、そうした方が軋轢がないだろう。


「それだとみんなが遠くなるだろ!」

「なんや、あんた寂しいん? かわええとこあるやんか」

「ハァ!? だ、誰が寂しいだ! そんなわけねえよ! ただ近い方が何かと便利そうだろって思っただけだ!」

「まあ、場所があるにしてもみんなで離れるよりは近くにいた方が色々と楽しそうですしね」

「だろ!」

「ま、それもそうやな。せっかく一緒になったんやからな。んじゃ、誰が下か公平に決めよか」


 こういう場合はじゃんけんでもした方が早いが、聖女クラスともなれば相手が何を出すかを筋肉の動きなどで見切り、それを超高速反応で後だしするという戦法が可能だ。

 俺も何度もやってアイリスを負かしてきた。

 ただ、それをやるといつまでも勝負がつかない。

 ふたりとも負ける気がないし、当然俺も負ける気はない。


「で、勝負法はどないする?」

「暴力!」

「却下です、ルーナ」

「せや、暴力とかうちらが本気でやったらここら辺が更地や!」

「でも、オレの国だと大体これだぞ」


 クラースヌィは蛮族なのか?

 蒸気機関技術とか持ってるインテリ蛮族とか厄介すぎない?

 いや、きっとルーナがそんなだけだな。


「却下や却下! ほなら賽子でも振って決めよ」

「エリャ、イカサマとかはなしよね?」

「…………」

「あ、コイツ。イカサマする気だったな!」

「な、なんのことやろな~」


 ぐっとやってがっというポーズ。


「するつもりでしたー!」


 土下座が早いよ。

 ルーナによっぽどひどい目に遭わされたことがあるのだろう。


「ルーナはいったい、エリャに一体何をしたんですか」

「いや、だから」


 ぐっとやってがっ。


「――だけど?」


 わからぬ。


「バティーは知っています?」

「ルーナさんが武者修行と称して他国へ遊びに行っていたときに、オマエ聖女だろって因縁をつけて喧嘩したという話くらいしか」

「なにそれ、こわい」

「もうやってねえよ、サリールのヤツがやったらボコボコにして追放するとか言ってきたから仕方なくな」

「反省しろや! あれのおかげでうちの商談がいくつ潰れたと思っとるん!?」


 ルーナェ……。


「では、わたしが作った賽子でやりましょうか」


 もちろん賽子にはイカサマなんてしませんとも。

 氷でちょちょいっと賽子を作る。


「バティー、確認をしてください」

「ええ良いわよ」


 バティーに確認してもらって、イカサマがないことを証明してもらい勝負開始。

 結果は、もちろん俺の勝利である。


「くぅ……負けたぁ」

「くっそぉ、運良すぎだろ」

「ふふふ」


 サイコロにイカサマはしていない。

 ただ投げ方をうまいことやっただけである。

 ディランに教えてもらったことなのだが、投げ方をうまいことやると好きな出目を出せるのだとか。

 その方法を教えてもらってひそかに練習していたのだ。


 だってディランに賽子で負け続けるのが我慢ならなかったのだ。

 だから必死に練習して自在にできるようになった。

 俺はきっと賽子賭け事でも生きていけると思う。


 ただお互いに好きな出目を出せるようになってしまったことで、相手がだす出目よりもいかに1つ高い出目を出すかという高度な心理戦ゲームに移行したので、やらなくなってしまったが。

 たまにアイリスを相手にやったことがあるのだが、彼女とやると2回目には俺と同じ投げ方してきたりする。

 なので、最初の1回だけしか、楽しめなかった。とても残念である。

 真似が上手いんだ、アイリスは。


 ともあれ、勝てる勝負には全力で勝つ。

 大人気ない? 

 良いのだ、この程度の勝負は命にかかわらないのだからな! 


「それでは、上をもらいますね」


 さあ、念願の2段ベッドの上である。

 寝心地を確かめようかなと思ったところで、着替えが置いてあることに気がついた。


 広げてみるとヴェルデの伝統衣装のようである。

 布面積は低いが動きやすく、非常に涼しい感じだ。

 これを着ろということなのかもしれない。


「まあ、着る前にまずはお風呂ですよ」


 ここまでくるのに結構汗もかいたし砂が服の下に侵入して来たりもしている。

 砂漠を旅する間は、簡単な水浴びもできなかったのでいい加減風呂に入って汚れを落としたいところだ。


 部屋を簡単に確認した時に風呂場があることはわかっていた。

 さっさと使わせてもらうとしよう。


 そう寝所を出ようとしたところでルーナに止められる。


「どこ行くんだ?」


 オレも連れてけという言外の言葉が聞こえる。


「どこってお風呂ですよ」

「風呂!?」


 大いに反応したのがエリャであった。


「お風呂入れるんか!」

「ええ、風呂場がありましたし」

「ああ、ありがとう神様仏様!」

「風呂ねぇ、水浴びるだけでいいだろ」

「あんたとは戦争や。バティーはんも入るやろ?」

「ええ、もちろんですわ」


 みんなでお風呂か、修学旅行みたいで楽しそうだな。


 というわけでみんなでお風呂です。

 ふふふ、最高の時間がやってきたようだな?


 

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