第38話 イクノティスへの夜
豆のスープは、あっさりとした味付けであったが単調な保存食ばかりの食事を行っていた皆にとってはごちそうであった。
「ああ、うめえ! でも肉が欲しいぜ」
「干し肉を入れてみればいいのでは?」
「お、確かにそうだな」
干し肉の塩気も出ることで味が変わってこれがまた良い。
「うーん、うまいわ。バティーはん料理うまいんやねぇ。うちのやっとる料亭で雇いたいくらいやわ」
「お褒めの言葉、嬉しいですわ。それにわが国ではこれくらい当然でしてよ」
やべぇ、俺ナランハ国の子になりたくなってきた。
クローネにも負けるとも劣らない料理の腕ということは、このスープを食べればよくわかる。
クローネの料理を毎日食べている俺が言うのだから間違いない。
「これはうちも負けてられんな。ちょっとまっとき」
触発されたのかエリャが荷物をごそごそと探って何かを出して一行へと配る。
乾パンなどのようにかたいというわけではなく、ふるふるとした柔らかめのものだ。
甘めな匂いがする。
「お菓子ですか?」
「そ、食べてみ」
百聞は一見に如かず。
ひとくち食べてみると、自然で上品な甘みが口に広がる。
独特の食感があって、食べるのも楽しい。
「ん、美味しいですね」
「そー、うちの国で旅人に人気の食べもんでなー。ええやろ?」
「ふむ……これはなかなか……このような控えめな甘さの菓子ならば毎日食べても問題はありませんね……ふむ……ふむ……」
アイリスが幸せそうに食べている。
「オレとしてはもっと甘い方がいいな!」
「ならあんたにはもうやらんわ」
「やーだね!」
ルーナがぱっと手に持っていた菓子を口に放り込んだ。
「こらこら、喧嘩しないの。あたくしは好きな味ですわよ。食感も初めて食べました」
「せやろせやろ。ふふん」
バティーの言葉にエリャは得意げに薄い胸を張った。
もしゃもしゃしていたルーナはごくんと飲み込むと、勝ち誇るエリャを見て対抗心が燃え上がって来たらしい。
「よっし、待ってろオレも出してやる。エリャのヤロウには負けねえ」
「あんたはんの国に、うちに勝てるんある?」
「言ったな、待ってろや!」
勝負になったことで良い雰囲気になってきた。
ルーナが出してきたのは、瓶である。
「酒だ! 旅には必須だろ」
「あんた、酒持って来とったんか」
「今、うちの国の労働者連中で流行ってんだと、工場の親父からもらってきたんだよ」
「こんな時ですものお酒を飲むのも良いかもしれませんね」
この世界では成人済みなのでお酒もオーケー。
全員で瓶を回し飲みすることになった。
ルーナはぐびっと瓶から直接飲んでいて、バティーは自分のコップを持ってきて上品に飲んでいた。
バティーのとこだけ貴族の茶室が見えそうである。
ふと、味を見てバティーが声を上げる。
「これうちの国のエノテーカではなくて……? いえ、でもかなり違いますけれど……」
「さあ? なんか蒸留ってのやったとかやってないとか。うちじゃエノって呼んでんな」
「ふむ……うちのエノテーカは雑味を甘さで抑えたような感じでしたが、これは中々洗練された辛口……」
それでよく自分の国の酒だとわかったな?
「あたくし、舌には自信がありますの」
いつも何かしらを食べているバティーに言われると、凄まじい説得力だ。
彼女が言うのなら、きっとそうなのだろう。
ナランハのお酒がクラースヌィに伝わって、蒸留とかで洗練されたのがエノってことらしい。
俺も飲んでみたが、これ、アレだ、ジンとかそういう系。
うむ、悪くない。
こういう時はスパイスたっぷりの肉とか、柑橘系のフルーツが欲しいな。
「ふむ……これは、なかなか……ぐびぐび」
「アイリス? 飲み過ぎたら明日が辛いですよ」
「これくらい大丈夫ですよ、ニメア様」
そう言って、アイリスは何度も二日酔いで死んでいるのだが。
「んじゃ、次ニメアな」
「うーん、そうですねぇ」
うちの国の特産とか保存食とかどこの国にもありそうだし。
ないものと言えばやはりモンスター食であるが、まだ保存食としては改良中で人にお出しできるものではない。
ならば、ちょっと新鮮なのをとってくるのがいいだろう。
「では、ちょっとお待ちください。アイリス、準備を」
「わかりました、ぐび」
酒を飲んでいても、俺の意図は察してくれたようでいそいそと調理の準備を始めてくれた。
さて、俺はさくっと岩陰の野営地から出る。
出来れば虫ではないモンスターが良い。
虫食を人にお出しするにはそれ相応の信頼関係が必要だ。
まだ俺たちにはそのようなものはない。
何かいないかと探っていると、砂の中に動く気配。
どうやらネズミガタのモンスターだ。
「よし、丁度良さそうですね」
さくっと近づいて、ぐっとしてがっの要領で地面をぶん殴る。
その衝撃に驚いて大きなネズミが地面から飛び出してきた。
前足が大きく砂を掻き出すスコップのような形をしている。
そんな特徴を持った砂地のモンスターを、冒険家オルター・マランのモンスター図鑑で見たことを思い出す。
「確か、アルディリアですね」
穴掘りアルディリアとも呼ばれる、ネズミ型モンスターだ。
砂に穴を掘って暮らしており、砂漠に見えぬ罠を作り出すと図鑑には書いてあった。
「風車・投擲――
風の魔術を使って首を斬り落として絶命させる。
即座にその場を離れて浄化及び魔術を使って時短血抜きと解体をやってしまう。
そして、出来上がった新鮮なお肉を持って帰る。
「はい、焼き肉です」
「あんた、どっから持ってきたんその肉」
「おー、にっくにく! いいじゃねえの。細かいことは気にせず肉を楽しもうぜ!」
エリャはどっから持ってきたのかわからない肉に警戒しているようであるが、ルーナのテンションが爆上がりである。
バティーは肉を見て首をかしげる。
「見たことがない肉ですわね。グレイ王国特産ということでしょうか」
「答え合わせは食べたあとにしましょう」
ささーっと焼いてしまおう。
半分はそのまま焼いて、もう半分はソテーだ。
アイリスが準備しておいてくれたので、それほどかからずに肉は食べられる状態になる。
「では、実食、あつあつっ……うん」
うむ、いい味だ。
モンスターの肉は大抵の場合は美味しいが、クセが強すぎて焼き肉に向かないものがある。
アルディリアは、その点大丈夫なようだ。
味付けをせずともしっかりと肉の味が存在を主張する。
脂は少なくさっぱりめで、ほのかに感じられる甘みが実に良い。
当たりだなと頷ぎながら、俺は、初めてモンスターを食べるみんなの反応を観察だ。
「うおっ、なんだこれ、うめえっ!?」
ルーナは一口食べてその味の虜になったようで、焼いた端からバックバク食べている。
「こらこら、そんなに食べたらみんなの分がなくなりますよ。しかし、……これは本当に美味しいですわね。このような肉が存在していただなんて。ぜひ、ナランハでも流通させたいですわ」
食に対して意識の高いナランハ国民であるバティーも大絶賛である。
だからこそ、これがモンスターの肉だよって言った時の反応がとても気になりますね。
「うーん、そんなにおいしいん? ならうちもっと……」
エリャは恐る恐る一口。
「うっま!? はぁあ!? なんやのん、これうっま!? 牛とか豚とかよりも脂っこくないし、食べやすいし。え、なんやのんこれ、うっま!?」
「皆さん驚いてるみたいですよ、ニメア様!」
「ふふ、良かったですね、アイリス」
「なあ、これ何の肉なんだよ?」
がっついていたルーナがそういうと、バティーとエリャもうんうんと頷く。
アイリスが切り出しやすいように問いを向けてくれる。
「ニメア様、何を獲ってきたのですか?」
「アルディリアです」
ほいっと皮を出してやる。
「なるほどアルディリアなー、あの砂漠の穴掘りネズミやなー。って、モンスターやないかーい!」
そっこーでエリャのツッコミが入った。
実に良いノリをしていらっしゃる。
ほしいところに欲しいリアクションが出てくるのは良いものだ。
「はっ!? まさかあんた、うちらを毒殺しようと!?」
「いや、毒はありませんし、わたしもアイリスも食べてますからね? きちんと食べられるように処理をしていますから」
「グレイ王国ってのはモンスターも食えるようにすんのかー。すっげーな」
「その方法、ぜひ教えてほしいですわ」
「方法は勘弁してくださいな」
正確に言うと俺と同じものが見えるか、イコナと同じ感覚を持っているくらいでなければ教えたところでどうしようもないというだけなんだけどね。
少なくとも俺と同じ目を持っている奴には出会ったことがないし、話も聞かない。
イコナと同じ感覚は聖女たちなら持てる可能性はあるのだが、それには頭にある穴をもうちょい広げてその呪いに長時間触れて、存在を感知するところかららしい。
「うちの国でも食えん食えん、毒にしかならんって言われとったモンスターや。その食用法とか貴重すぎて、絶対教えられんやろな。一気に国の国土が食料の山になるんやしな」
「それに誰にでもできることではありませんしね」
まず誰もこの穴を広げる方法がわからないし、わかっているとすれば色々やからしていたクソ親父かローロパパガイのみ。
クソ親父は処刑されて、ローロパパガイは接触禁忌種のモンスターだ。
クソ親父が従えていたっぽいけど、その方法も俺は知らないので穴は広がらないということだ。
もしかしたら、見えている俺なら広げられるかもしれないが、責任が取れないので絶対にやらない。
それに穴を広げたらフェガロフォスが中から出てくるのである。
アレに俺はまだ勝てない。
だから出てこられては困るので、絶対に穴を広げないと決めている。
というわけで、機密ということで言うわけにはいかないということになるわけだ。
「んじゃー、優勝はニメアな」
「ふふ、やりました」
「やりましたね、ニメア様!」
唐突に始まった戦いであったが、俺の優勝でおわった。
やはり勝つのは気分がいい。
「んじゃ、落ち着いたところで本題に戻ろか。うちらはどないかしてイクノティスまであと1か月で向かわなあかん。ふたりは何か案ないか?」
「ありませんわねぇ」
「申し訳ありません……私には……やはり、私は役に立たない……。ですが、ニメア様は何かあるはずです……! きっと砂上船のように素早く進む案が!」
おい、待てェ。
さっき考えても普通のことしか出なかったんだぞォ!
「はは、慕われるんは辛いなぁ」
絶対面白がってるだろ。
良いだろう、やってやる。
素晴らしい案を出して、あっと言わせてやるよォ!
「………………」
しかし、そう簡単に出るわけもなく。
俺は目を閉じてとにかく集中する。
思い出すのは、アニメだ!
俺の最大のアドバンテージを利用してやるのである。
こういう時、古今東西の主人公たちは何をしてきたのかを考える。
それをパク――オマージュしてやるのだ。
「あっ」
「お、なにか思いついたんか?」
「ええ。でもその前にバティー、縄の魔術ですけど、いくらか束ねて大きな凧みたいなもの作れませんか?」
「ええ、できますわ」
「なら行けそうですね」
俺は皆に考えを話した。
そういうわけで翌日。
朝方、日が昇る時間から準備をした俺たちは、砂漠を疾走していた。
「ヒャッホー!」
俺の耳元でルーナの叫びが木霊する。
うーん、うるさいが、叫びたい気持ちはよくわかる。
「剣で砂上船を作るって発想はなかったなぁ……」
俺が提案したのは、カイトボードだ。
大きな凧と板を使って、風の魔術で凧を打ち上げてそれで推力を得て砂上を走る。
まあ、そんな感じのアレである。
原理としては超簡易的な砂上船だ。
強度問題もバティーの縄の魔術で編み込んで作った凧なので問題ない。
速度も俺が魔術を併用してあげている。
板は氷と剣のロガル文字で作ったものを使用している。
暑さもしのげて実に良い感じであるし、小回りも利くのでモンスターのテリトリーを避けて移動するのも簡単だ。
「そもそも魔術で氷剣で板を作って、帆のように凧を掴んで移動するなんて考えてもやりませんものね」
エリャの言葉にバティーが同意する。
そりゃそうだ、剣に乗って移動するだなんて仙門の修士くらいしか思いつかないだろう。
もちろん仙人に俺はあったことがない。
これは前世のアニメの話である。
というわけで、この世界でも剣に乗って移動するだなんて思いつく者はいなかったわけだ。
「アイリスが裁縫ができて助かりましたわ」
「花嫁修業は修めていますので、つぅ」
アイリスは二日酔いで頭が痛そうであるが、縄の魔術を束ねて巨大な凧を作ったのは彼女だ。
「でも、クローネさんの方が上手いので、私はやはり役立たず……っぅ……頭が痛い……なぜ……」
「お酒の飲み過ぎですよ」
ともあれ、俺たちは何とか期限内にイクノティスへ辿り着くことができた。
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