第37話 砂漠 緑のヴェルデ
じりじりと肌を焼く灼熱は、パナギア大陸北東に存在するグレイ王国ではお目にかかれないほどに珍しいものである。
パナギア大陸深淵の南西側領域にヴェルデ国はある。
その国土の大半は砂漠であった。
港の感じからしても、古代エジプト感がある。
遠目にもピラミッドらしき遺跡が見えたので、観光とかできるといいのだが……。
そんなヴェルデ国の港へ降り立った俺たちは、ヴェルデ国の案内人からイクノティスへと向かってくださいと言われたっきり、そのまま砂漠へと放り出されてしまった。
もちろん馬車やラクダと言ったものはない。
そういうものを使わずに歩いていくのが、聖女留学の習わしなのだとか。
そんな習わしは、ハゲワシにでも食わせてしまえ。
砂漠の熱気は、否応なく汗をだらだらと吹き出させ、顎から落ちては砂にしみ込んで蒸発してしまうほどである。
まさしく灼熱とはこのことであろう。
港で買ったヴェルデの旅装を身に纏い、少しでも砂漠適応力をあげようとしたが、焼け石に水である。
こんなところを歩いていくとか、正気の沙汰ではない。
「あっちぃー。なんだよー。普通、あんだろ、こう移動手段とかさー。なんで、聖女候補のオレが歩きなんだよー」
「本当ですわ。暑すぎて、死にそうですわ……」
「ほんまや、うちも死にそう」
流石の聖女候補たちもこの砂漠の環境には慣れていないのか、暑さに苦しんでいるようであった。
「いやぁ、歩いて深淵都市まで歩いて行けと言われても困っちゃいますよねぇ」
「…………なあ、ニメアはん? なんであんたそないに余裕そうなん?」
そうエリャが言う通り、俺は余裕である。
なぜなら俺は常時氷の魔術を起動して冷気で俺の身体を包んでいるからだ。
暑さを相殺し合って、ちょうどいい温度に保ち続けてくれているのである。
空調服とか、ひとりだけ冷房の効いた部屋にいるようなものである。
ついでに空気の層を作って飛んでくる砂とか風も防いでいるし、常時使っている身体強化のおかげで砂丘もものともしない。
「ああ、氷と風の魔術を使って涼んでますので」
「ずっりぃ!?」
「あんた、港を出発してからそんなことしとったん!?」
「港を出発してからもう3時間ですけど、その間中、ずっと2種類の魔術を使い続けていましたの? ニメアさん…………なんて魔力量なの…………」
あれ、俺また何かやっちゃいました?
なーんて、冗談はさておき。
「そうだ、ニメア様は凄いんだぞ! でもなぜ私にもそれをかけてくれないのですか……?」
なぜかアイリスが勝ち誇っているが、まあ、うん。
みんなにかけても良かったんだけど、ヴェルデの案内人が場所だけ教えてあとは行ってくださいだったので、きっと自力で何とかして辿りつけとかそういうことなのかと思ったからだ。
いえ、すみません。
本音を言います。
優越感に浸りたかったんです!
実は聖女候補たちに会ってから、俺って強いかなって思ってた自信がかなりの勢いで削れて行くんです!
総合的に見たら結構強いよねと言われているけど、瞬間威力だとか、技量だとかで負けてるの悔しいんだよォ!
だから今、めちゃくちゃ気分良いです!
持久力と並列起動なら負けねえってところを示したかったんですぅ!
「みなさんにもかけましょうか?」
「お、良いのか! 頼むよ、暑くて仕方ないんだよ」
「それならばお言葉に甘えますわ」
「待った。なにが目的?」
みんなにかけようとしたら、エリャから待ったがかかった。
「なにか問題でも?」
「問題しかあらへんって。砂漠では何があるかわからん。そこを進む間中、ずーっとあんたは魔術を使い続ける気? 無理やろ。モンスターもぎょうさんおるって話なんやで?」
「まあ、この程度の併用でしたら問題ありませんし、モンスターとも戦えますけど」
ある程度の相手という注釈はあるが、基本的にモンスターは聖女であろうとも避けて通る相手だ。
そんなに戦闘になることはないだろうし、そもそも砂漠という如何にもな環境で生存しているモンスターなど、聖女の手に負えるものはほぼいないと思う。
つまり基本は身体能力で逃げる、隠れる、そして祈るのみである。
聖女の祈りはきっと天へと届いて、俺たちを無事にイクノティスへと送届けてくれることだろう。
いや、俺は偽物だから、俺が祈ると砂嵐とか大変なことが起きそうである。
「ほんまにお金もとらんとやってくれるん? あとで請求とかされへん?」
「しませんよ」
「ニメアはんは神さんや!」
「そうだ、ニメア様はすごいのだ!」
お金がかかるかと思っていたのか。
アイリスは暑さでおかしくなっているのかな、さっきから似たようなことしか言わなくなっている。
「とりあえず、皆さんにかけますね」
俺の使っている魔術の範囲を拡大する。
それぞれに付与しようと思ったが、この魔術は制御が命なので他人に開け渡すよりフィールドとして使った方が楽だ。
「おお、涼しくなった! あんがとなーニメア!」
「いやぁ、快適やわ」
「とても微細な制御ね、勉強になるわ」
「はぁ、生き返ります……」
暑さが消えて足取りも軽くなった一行は、さらに砂漠を進んでいく。
深淵都市の方角は、とりあえず呪いが噴き出している方向を目指していけばいいので、見失うことはない。
それから3日が瞬く間の間に過ぎていった。
大きすぎるふたつの月が照らす夜空の下で俺たち、5人は焚火を中心に円陣を組んでいた。
「だーもー、歩きでいくとか無理だろこれ!」
うがーと地面を転がるルーナの言葉に全員が頷いた。
俺たちが目指すイクノティスは、国の真反対。
このままの速度で歩いたとしたら3年半はかかる計算である。
制限時間はもちろんあり、あと1月の間につかなければならない。
「つーか、保存食も飽きた!」
買い込んでいた食料は、全てが保存がきくもので味気ない。
3日で飽きるのもうなずける。
あとルーナの場合は単純にあまりおいしくない。
バティーが合流してから出たナランハ料理とエリャが合流してから出たキトゥリノの料理と比べて、クラースヌィの料理はおいしくないのである。
1番俺の口に合ったのはやはりキトゥリノ料理だ。
そう、キトゥリノ料理は久々の和食に俺のテンションは天元突破して、それはもう米の亡者と化したほどだ。
バティーが止めてくれなければ、俺は一生をエリャに捧げていたに違いない。
それほどまでにキトゥリノ料理は元日本人の俺に合ったものだった。
でも、1番恋しいのはクローネのご飯である。
もうすっかり胃袋を掴まれている。
結婚してほしい。
なぜついてきてくれなかったのか。
ついてきてって言ったらついてきてくれただろうか。
色々言われるだろうけれど、最終的にはついてきてくれる気がする。
次に国外に行くときは絶対についてきてもらおうと決意した。
「そうですか? おいしいですよ? ね、ニメア様!」
それはアイリスだけじゃないかな。
というか、アイリスは食事ができればきっと何でもおいしいという。
不味いものには不味いというのは、当然なのだが彼女の美味しいのハードルはかなり低いのである。
大抵のものは美味しい美味しいと言ってパクパク食べる。
「食事はもっとエレガントで優雅にできるほど洗練されてないといけませんわ。クラースヌィはもっと努力なさってね」
バティーもタイプ的には近いが、こっちはもっとグルメだ。
「まあ、でも同じもん食べ続けるのしんどいんは確かやわ」
「そうですねぇ……砂漠なので中々食べられる動物とかはいませんし」
モンスターにはいくらか遭遇するが、ほとんどが虫だったりして厳しそうな見た目ばかりだ。
無視は貴重なたんぱく源であるが、俺としては率先して食べたいとは思わない。
本当に食べなければ生き残れなくなるまでは、手を出す気はない。
それでも食事が味気ないのは問題だ。
何もない砂漠を進むのに、楽しみがないというのはいささか以上に精神にクる。
そんな俺たちにバティーが救いの糸を垂らしてくれる。
「簡単なものでよろしければ、あたくしがスープを作って差し上げますわよ」
俺を含めた皆がこの提案に飛びついた。
「保存食以外ならなんでもいいや、頼む」
「お願いします」
「変わり映えがすんなら何でもええわ」
「お手伝いいたします、バティー様」
「しばしお待ちになってね。では、アイリスさんは鍋の用意を」
「はい」
バティーとアイリスがスープをこさえている間に、俺とルーナ、エリャはこの砂漠をどうやって踏破するかを議論する。
「風の魔術で飛んでいくのは?」
「ハシャラ、エドモムラヴェイ、ミガモスカっつー、厄介虫どもが飛んでる中をいけるなら良いぜ」
ハシャラ、エドモムラヴェイ、ミガモスカ。
どいつも砂漠に生息している虫型のモンスターだ。
食欲旺盛で、食料の少ない砂漠で常に飢えている。
こいつらに見つかったら骨以外に残るものはないとすら言われているほどだ。
「蹴散らしながら行くのも難しいですしね……」
ハシャラとミガモスカは小型であるが、それは他のモンスターと比べてという意味であり、人間からしたら普通に大きいと言って差し支えない。
遠目に見たが、巨大なハエとか巨大なハチのようなモンスターが群れで向かってくるのである。
かなりの恐怖だ。
それを奴らのテリトリーである空で遭遇とか考えたくもない。
「なら、イクノティス行きの砂上船を見つけて乗せてもらうんはどうや? アレなら移動は速いで」
「この広い砂漠で運よく、イクノティス行きの砂上船と出会えれるかは賭けですけどね」
砂上船は砂の上を進む帆船だ。
大きな帆と風の魔術を使って砂漠を高速で移動する、このヴェルデ国の移動手段のひとつだ。
「はぁ、砂上船、港で買えば良かったなぁ」
「そんな暇なかっただろ」
太陽光を防ぐ装備とかだけ渡されて、放り出されたので砂上船をチャーターする暇もなかった。
まあ、砂漠を歩いて来いという課題の趣旨的に、自分の力を使わないといけないのだろうから残当だ。
「うーん……」
空を飛ぶのもダメ。
砂上船は通りかからない。
モンスターはうようよいる。
そんな中、高速で移動するにはどうしたらいいだろうか。
砂上船と同じような感じに移動できるのがベストだよなぁ。
「やっぱ、身体強化して走っていくのがはええんじゃねえの?」
「それやって暑さで死んでたんはどこの誰や?」
「でも、今はニメアの魔術があんだろ?」
「せやけど、ニメアはんは体力馬鹿のあんたやないんやで? バテてもうたらどないするん」
「オレが背負ってく」
それは楽ができそうだなぁ。
まあ、俺がルーナよりも先にバテるということはないだろうけどね。
常時身体強化しているおかげで、素の体力も筋力も上がって行っているからな。
きっと負けないはずだ。
きっとそう……。
たぶん、おそらく……。
負けたくない……!
まあ、それを除いたら1番背負わなければいけないのはアイリスだろう。
彼女だけは――俺もだが――聖女ではないから、ルーナについて行こうとしたら普通に死ぬ。
「うーん、それはやっぱきついわ。うちもそんな体力ある方やないし、バティーがつい来んやろ」
「それもそうだな!」
「なら、川を使うのはどうです? 確か1本、大河が流れてましたよね」
ヴェルデにはエジプトのナイル川よろしく、大河が流れていた。
このヴェルデの国の生命線だ。
「流れが逆やわ。それにヴェルデの大河は、かなり厳重に管理されとる。許可のない船が通っとったら沈められても文句は言えんで」
「駄目ですかー」
さて、どうしたもんかと考えているところに、乾燥させたいくつかの豆を使ったスープを作って来たアイリスとバティーが戻って来た。
「皆さんできましたよ」
とりあえず、考えるのは一時保留にして、ご飯を食べることになった。
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