第36話 船旅③
「ここがキトゥリノ。ここまでくると本当に異国って感じですね、ニメア様」
「え、ええ、そうですね」
やってきました、キトゥリノ。
大陸南部の国で、パナギア大陸外との貿易を行っている商業国家であるらしい。
バティーから聞いた。
だから驚くことはないだろうと思っていたのだが、俺はめちゃくちゃ驚く羽目になった。
なぜなら、キトゥリノが和風の国だったからだ。
着物を着た人たちがいて、刀を持った侍っぽい人たちがいる。
流石に髪の色的にも日本っていうわけではないが、そもそも大陸にあるのだが、和風だ。
まごうことなき和風の国だ。
船から眺めるだけでも、木造平屋などが見えたりして、もう凄い。
懐かしさで頭おかしくなりそう。
おや、あれはお団子ではないか?
あれは、まんじゅうでは?
なにやらおにぎりみたいなの見えない?
「うぬぬぬ、食べたい」
しかし、いくら食いたいと思っても船から下りるわけにはいかない。
なぜなら俺たちの来航に町人たちが集まってきてるからだ。
まさしく気分は黒船来航。
もし足を踏み入れてしまえば聖女なんていうありがたさオーバーフローした存在が現れれば、五体投地で人々の生活は終わりを告げるだろう。
まさか俺が黒船側なろうとはな。
といってもキトゥリノは特に鎖国とかはしてないし、問題はまるで起きないわけだが。
聖女候補を乗せたらそのまま出発する予定でなければ、ゆっくりとこの国を観光させてもらいたい切実に。
頼んだら、1年くらいゆっくりと観光させてもらえないかな。
俺聖女候補じゃなくて、まごうことなき聖女だし。
少しくらいは許されるんじゃないか?
「よし、やっぱり船長に観光できないか聞いて来ますね」
「駄目です、ニメア様。この後はすぐにキトゥリノの聖女候補様との挨拶なんですから」
「でも、こんなところ観光しないわけには……! この国にはわたしを待っているものがあるんです!」
「どうしたんですか、その情熱!? 絶対ダメですからね!」
しかし、俺の訴え虚しく観光は無理だった。
それでも何かしらの荷物を積み込んでいたらしいので、白米が夕食とかにでることを期待しよう。
さて、そういうわけで3人目の聖女候補との対面である。
船に乗り込んできたのは着物を着た金髪眼鏡の和風糸目美人さん。
赤い着物がとても美しい。
それと腰にさしている赤鞘の刀、とっても見たいです。
男の子はいつだって刀に憧れる生き物なのである。
「やあやあ、皆の衆、出迎えありがとうね。クラースヌィ自慢の船に乗せてもらえるやなんて、嬉しいわぁ」
関西弁チックな訛りでのあいさつ。
とても懐かしい。
俺この国の子になりたい。
「グレイ王国の聖女ニメアです。こちらはわたしの護衛のアイリスです。よろしくお願いします」
「ニメアはんにアイリスはんやね。うちはキトゥリノの聖女候補の代表エリャ・ザイトゥーン。エリャでええよ。よろしゅうな」
仲良くなれそうで何よりである。
しかし、俺の直感が糸目は信用するなとか、糸目は胡散臭いぞとか言ってくる。
うるさい、美少女に罪はない。
和服美少女刀持ち、属性役満。
満場一致でかわいい。
そんな存在が、怪しいとか胡散臭いとないない。
きっといい人に違いない。
そんなことを思っていたらぽっちゃり系聖女候補のバティーからとてもありがたい忠告である。
「ニメアさん、エリャさんはとーってもケチなお方だから気をつけてね。何か商品を買ったりすると毟られちゃうわよ」
「いややわぁバティーはん、うちはお互いに同意の上で取引しとるだけよ。まあ、ちーっと相手の財布の大きさが足らんかっただけやって。聖女なんやから、お金はそれなりに持っとるやろ? なあ、ニメアはん」
やっぱり俺の直感は正しかったんだぜ!
掌は回すモノ。
断固、お友達価格で取引だ!
「お友達価格でお願いしますね」
ニッコリ。
「ふふふ、せやせや、お友達価格で取引したるよ」
ニッコリ。
聖女と聖女候補の笑顔で火花が散っている。
美しすぎる笑顔は物理的にもあり得ない奇跡を引き起こせるのだ。
ともあれ、この子と話すときは気を緩めないようにしないと、なんだかわからないものを買わされそうだ。
詐欺ではないだろうが、相手は海千山千の商人らしい。
聖女で商人とか、もう何だそれ。
何でもありなのか聖女と思えてきた。
お国柄が良く出るというものである。
「大丈夫だって、ニメア。そんときゃ、こう――」
ぐっと拳を握ってがっと振り下ろす動作。
「――すりゃ、良いんだよ」
「げぇ、クラースヌィから来るんは誰やと思うとったら、ほんまにルーナはんなん? 他にも同期はおったやろ、最悪やわぁ……」
「はっはっは、全員ぶっ倒してきたに決まってんだろ」
腹が減ったと厨房に行っていたルーナが骨付き肉をかじりながら戻って来た。
彼女を見た瞬間、エリャの顔が歪む。
どうやら過去にルーナによって痛い目を見たようである。
「なるほど、わかりました。ぐっとやってがっですね」
ちょっと練習。
シャレにならない風圧が起きた。
「お、お友達価格で商売したるわ」
声ぷるっぷるだゾ!
やはり暴力。
暴力がすべてを解決する。
暴力を信奉せよ、人は暴力のうちに神を見る。
筋肉という神を。
そろそろ俺の腹筋とか割れても良いと思うんだけれど、あまり割れないのは美少女補正だろうか。
筋肉がついている気がしない。
まあ筋肉ごりごりの聖女なんて嫌なので、今のままでもいいのだが、男の子って奴はシックスパックに憧れるものなのだ。
「くぅ、最悪やわ。何ももっとらんグレイ王国の聖女に色々売りつけたろって思っとったのに」
そうは問屋が卸さない。
この俺がいる限り、グレイ王国のためにも超良心価格お友達料金で取引だ!
商談だろうと負けてなるものか。
困ったらぐってやってがっ! である。
もちろん、こちらばかり一方的に得をしてはアレだろうからそれなりに譲歩やらはするけれどネ。
さてさて、そんなわけで船旅の続きである。
ここからヴェルデはそれほど遠くないが、聖女候補なんてものが集まると場の尊さ密度が高くなりすぎて、問題の方が寄ってくるらしい。
「ヒャッハー! ラオブ海賊団のお通りだァ!」
「金と女置いてけおらァ!」
超こてんこてんな海賊のエントリーである。
この豪華客船を襲おうと思う胆力には感心する。
いいやむしろ豪華客船だから、襲ったのかもしれない。
確かに金は持っているからね。
これはルーナとかがやる気になりそうだと思っていると。
「誰が行くー?」
意外や意外、ルーナはあまりにやる気が無さそうである。
「あんな奴ら相手にしても楽しくねえしなー」
そりゃ一般海賊と聖女候補の戦力差なんて、ゴジラVS赤ちゃんとかそういうレベルである。
普通じゃまず勝てない。
ある程度の船団ではあるが、ひとりでも十分殲滅可能であろう。
戦いを求めるルーナにとっては、あんな雑魚ではそそられないということらしい。
「あたくしは食事中ですので」
バティーは2回目の昼食を食べているので、この海賊たちに関わる気はないと表明している。
乗り込んで来て目の前に現れたら、対応くらいはしてくれるだろうが、基本的に彼女はそういう場合しか動かない。
「海賊が持っとる宝とかもらってええんならうちがやったるで。結構な船団やし、なんぞ持っとるやろ」
「……というか、みんなでさっさと終わらせるっていう意見はないんですね」
「はは、ニメアは冗談がうめーな!」
「このメンツで協力したら海賊が可哀想ではなくて?」
「そもそも戦う聖女は持ち回りやろ? 全員で行って、全員が消耗するとか。何のための聖女隊なん?」
「うちの国、基本聖女がひとりだったもので」
「あっ……」
うん……これ、うちの国がおかしいだけだな?
全部をひとりの聖女が担うことの方が他国ではおかしいらしい。
普通は10人とかなる聖女隊がローテーション組んで戦いにでたり、亡者の浄化を行ったり、出土品の浄化を行ったりする。
それなのにうちの国、聖女が基本ひとりずつしか生まれないから全部をひとりで担うしかない。
どうしてうちの国、ひとりずつしか生まれないんだろう。
他の国とか10人とか20人とかで、ローテーションとかしているというのに。
国格差つらい……。
でも、負けたくねぇ……。
「と……とりあえず、うちが行くわ」
「おーう、やれやれー」
いたたまれない空気の中、エリャが動く。
まずは軽く一撫でとでも言わんばかりに刀を振るう。
静かに海賊船のマストが全部叩き切られた
「これで足は止めた。あとは掃除やね」
助走をつけてエリャは客船から海賊船へ飛び移る。
美しい剣技で向かってくる海賊どもを撫で斬りにしては、また別の船へと飛び移っていくを繰り返す。
気を足に集めて1回だけ、水面を蹴ったりしていた。
あれ、上手いことやれば水面歩けそうだな……。
俺の場合、超圧縮した呪いを敷き詰めれば、余裕で歩けそうである。
それにしてもエリャの血の一滴すらも被らない高い技量は凄まじい。
刀を振るう姿が、今まで出会ったどの剣士よりも美しいと感じた。
何より刀の切れ味が魔的だ。
恐ろしい妖気を放っているかのように、紫に煌めく刀の軌跡が通った場所は、肉も骨も構わず両断している。
俺も欲しい。
ただ俺が使うと俺の力に耐えきれずへし折れるのが関の山なので、観賞用になるだろうけれど。
十数分もかからずに海賊船団は制圧された。
「そら、終わったでー。見てみてー、ぎょうさんお宝溜めこんどったわ。もうけもうけ」
エリャは、じゃらじゃらと宝石やら貴金属やらを袖口から出してニコニコしている。
「それじゃローテーション決めよか、次なんか来たら、誰が行く?」
「オレ、このまえ戦ったからニメアじゃね」
そういうあなたは勝手に突っ込んでいきますよね。
「まあ、いいですよ。その次はバティーにします?」
「食べ終わりましたら、いいですわよ」
果たして食べ終わる時が来るのだろうか。
バティーはずっとなにかを食べていて、食べていない時がない。
きっとローテーションの時も何か食べているに違いない。
その後も、何度かモンスターと元気な海賊の襲撃を受けつつも俺たちは、目的地であるヴェルデ国の港へと辿り着いた。
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