第35話 船旅②

 ウミヘビのようなモンスター。

 名前はウェブゾネファというらしい。

 海のドラゴンもどきという二つ名を持ち、通りがかったモンスターや船を丸のみにしてしまうという。

 その中でも俺たちが遭遇したウェブゾネファは、とんでもなく巨大であった。

 この豪華客船すら一飲みにしてしまいそうなほどである。


 片目は何者かに斬られたのか、閉じていて、それ以外にも多くの傷がある。

 しかし、此処までの大きさになるまで生き残ってきたということは、相応に強いということだ。


 出て来た時は、アトランティスでも浮上してきたのかと思ったほどである。

 いや、もうこれは動く島であろう。

 こんなものを相手にしなければならないのか。

 勘弁してほしい。


「よーっし、ウェブゾネファだ。へへ、相手にとって不足はねえなぁ」


 篭手と斧でフル武装をしたルーナ――篭手と斧のみで他は露出中――はそう言うが、俺としてはもうこれどうするんだよレベルだ。

 不足はないというか、俺たちには分不相応というか。

 デカすぎる。

 ウルトラなマンを呼んで来い。


「ビビんなって、オレが一刀両断してやるからよ」

「いやいや、あれの鱗、絶対硬いですよ。あとたぶん魔術耐性とかもありますよ」


 基本的にモンスターどもは呪いを帯びているからか、魔術に耐性を持っている。

 ウェブゾネファだって例外ではない。

 大きいやつほど高い魔術耐性を有していることが多いから、たぶん普通の魔術じゃ鱗に焦げ跡すらつけれないはずだ。


 まあ、俺ならそこを出力でごり押しで突破できたりとかもするのだろうが、その前にこの船が呑み込まれて終わりそうである。

 どうしたものか。


「まあ、だろうけど。内側からやりゃあいいだろ」


 そんなことを考えていると、ルーナがそんなことを言って俺の手を掴んできた。

 内側?

 はて、内側とはどういうことだ?


「雷雲・付与!」


 魔石に呪いが通り、魔力が猛ると同時に轟音と赤い雷がルーナに落ちた。


 それで俺はようやく気がついた、この子もイコナのように頭に穴が開いている。

 イコナのように顔全体という風ではなく、本当に小さな、良く見なくちゃわからない、針であけた穴程度の大きさだが、穴は穴だ。


 イコナほど理不尽ではないらしいが、さっき使っていた雷付与魔術も穴の向こう側にいるフェガロフォスの力が働いているらしく、かなり強化されていた。

 俺が同様の効果を出すなら、雷雲・付与・強化を少なくとも三重がけしないといけないくらいである。

 穴が小さいからか吸い込まれる呪いの量も少なく、気術も問題なく使えるようだ。


 おそらくだがイコナのように呪いを操作することも、そこから何かとかフェガロフォスが飛び出してくることもなさそうである。

 でも、一応確認しておこう。

 確認大事。


「ねえ、ルーナ。その頭の穴はなに?」

「穴? なんだそりゃ。疲れてんのか? ならオレだけで行くぞ?」

「いえ、大丈夫です。見間違えでした」

「なんだよ、ったく」


 嘘を吐いている感じはない。

 そもそもこの子は嘘がつけないと思う。

 となると、穴が明確に開いてると認識すらしてないようだ。


 魔術を使う時もわざわざ魔石使っていたからね。

 そうしてないってことは、できないということだ。

 ちなみに俺は怪しまれないために一応持ってるけど、飾りである。


 しかし、これがまともな本物の聖女かぁ……。

 そりゃ防衛戦力として数えられるわけである。

 穴の影響で素で使える呪いの量が多く、魔術や気術が強化されるんだから誰だって使いたいユニットだろう。


 それで思ったのだが、ヴェルジネ師匠。

 もしかしてあなた、全盛期はもっとヤバかったんですか……?

 そう言えば、俺が結構かなり力を入れて魔術を使って倒したガリオンもただの火の魔術で焼き殺してましたね。


 改めてヴェルジネ師匠の強さを実感した俺であった。

 あとイコナね。

 彼女がどれほど非常識な存在か分かった気がする。


 あの穴はつながりというが、つながりがより深いということだろう。

 今後イコナの穴のおかげで余計なことが起きそうな予感がする。


 穴の閉じ方もわからないし、下手に触ってイコナに何かあってはことだ。

 ここは何かが起きる前に頑張って、神様って奴をぶん殴れるくらい強くならなければなるまい。

 ガンバッテクレ明日の俺。


 まあ、そんなことより今の俺の方が大事である。


「よし、行くぞー!」


 ルーナは準備完了になるや否や、甲板からウェブゾネファの口に向けて俺と一緒に飛んでいた。

 背後からアイリスの叫び声が聞こえる。


「ニメア様あああああ!?」

「ヒャッホー!」


 叫びたいのは俺である。

 いきなり、何でモンスターの口の中に飛び込もうとしてるのか。

 そこがわからない。


 いや、本当はわかるよ。

 モンスターの外皮は魔術耐性とか普通に硬かったりで破るのは大変な事が多い。

 しかし、内側は魔術耐性はあるにしても、外皮よりかは柔らかい。


 だから、内側を狙うのは理にかなっているのはわかる。

 でも、何で俺まで?


「別にひとりが寂しいんじゃないぞ。オレの活躍を灰の聖女様に見せてやろうって思っただけだからな!」


 うーん、寂しいんですね。


「なににやにやしてんだよ! 見てろよ!」

「はいはい」


 さて、すぐに赤い雷を放つルーナに気がついたウェブゾネファは、俺たちを飲み込んでくれた。

 生暖かい空気とともにねちょんねちょんになりながら、俺とルーナは口腔、食道を通って胃へとご招待。

 溶け残った難破船とか、何だかが胃液に浮かんでいるのが見えた。


 ここにきて1番のファンタジーがやってきた感がある。

 ピノキオのクジラの中みたいな。そんな感じだ。


 もしかしたら、難破船の中で生きてる人とかいるんじゃなかろうか。


「あらやだ、やっと救助が来たのね。遅いですわ」


 いた。

 それもなんか大きな人が。

 オレンジ色の髪のぽっちゃりとした少女が、難破船の中で樽に入ったオレンジを食べている。

 なんというか、良く生きていられたな?


 俺は初見であるが、ルーナは会ったことがあった人らしい。


「あー! テメェ、バティー! なんでこんなとこにいるんだよ、港で合流予定だろ!」

「あらぁ、ルーナさんじゃありませんの。まさか、貴女も食べられましたの?」

「ええと……ルーナ、この人は?」

「あん? ああ、初見だよな。こいつはバティー。ナランハの聖女候補だ」


 バティーと紹介されたぽっちゃり少女は、優美なカーテシーで俺へ礼を示す。

 俺もつられて礼をした。


「初めまして、ナランハの聖女候補のバティーと申します」

「ええと、はじめまして。ニメアと申します」

「こいつグレイ王国の聖女様なんだぜ」

「まあ。お噂はかねがね聞いておりますわ」


 どんな噂かはわからないけれど、ウェブゾネファの胃が揺れ始めたのであまり長話とかをしている暇はなさそうだ。


「とりあえず、ウェブゾネファを何とかしてからにしましょう」

「そうだったな。まあ、任せろ、すぐ終わらせてやるよ。おい、バティーも手伝え」

「あら、あたくしも何かしないといけませんの?」

「とーぜんだろ。見てろよ、ニメア。オレのすっげーとこ見せてやる」


 俺は完全に観客として連れてこられたらしい。

 ねちょねちょ損であるが、本物の聖女候補たちがどれほどの力を持っているのか知る良い機会だ。

 ゆっくり観察させてもらうとしよう。


 ルーナがバチバチと赤雷を爆ぜさせながら、巨斧を肩に置く構えを取る。


「それじゃあ、行くわよ、ルーナさん」

「うげぇ、ルーナだっての!」

「はいはい、ルーナさん――縄」


 それは俺の知らないロガル文字による魔術だった。

 ナランハにある固有のロガル文字だろうか。

 それは縄のようなものがバティーの掌から出て、ルーナの腰に巻き付く。


「良いわよ」

「んじゃ、行くぜ!」


 轟と音が響くと同時に、ルーナが目の前から消えた。

 遅れて難破船が揺れる。

 赤雷の軌跡を描いて彼女は、胃壁へと向かっていた。


 構えた巨斧に備えられたトリガーが引かれる。

 激発音と共に、ルーナが加速する。


 ルーナの巨斧のシリンダーは、このためにあったのだ。

 拳銃の弾丸を打ち出すのと同じく、激発させた衝撃で加速するための機構だ。


「おぉ」


 まさかこんなメカメカしい武装を見れるとは思わず、感心の声を上げてしまった。


 ルーナは加速したまま胃壁に刃を落とす。

 どれほど硬い皮膚だろうとも内部は、外皮よりも柔く、巨斧の刃は思ったよりも簡単に胃壁へと切り込む。

 いや、あの激発だけで俺と同等以上の身体強化を利用した一撃以上の威力が出ている。

 恒常的な出力、平均的なパワーの方が上の俺に対してルーナの刹那的、瞬間的な一撃の威力が凄まじい。


 ただし、突き刺さった瞬間から胃液により鋼が重々と音を立てるが、赤雷が爆ぜると同時に再びの激発音が響く。


「オオラァ!」


 ルーナが衝撃で斧と共に胃壁を駆けあがっていく。

 ぐるりと半周したらバティーがルーナに結び付けた縄を引いて、胃液に落ちる前に難破船へと彼女を引き戻す。


 ルーナが通った場所からウェブゾネファが斬り裂かれている。

 胃の中に太陽光が降り注いでいた。


 うーん、幻想的猟奇的


「どうよ」

「凄いですね。ただ……まだ生きているみたいですけど」


 背中を内側からばっくりと切り開かれてもウェブゾネファは生きていて海面をのたうっていた。

 このままで胃のその先へと押し流されてしまうことだろう。

 その前に難破船がぶっ壊れて俺たちは胃へと真っ逆さま。

 骨になってしまうだろう。


「巨大ですからねぇ。それだけ生命力が強いのでしょう」


 胃の中から背中を切り開いても生きているのは本当に流石としか言いようがない。

 これぞモンスターとでも言わんばかりである。


「何度かやれば死ぬだろ」

「それまでに我々が胃液に落っこちてしまいますよ、ルーナさん」

「うげぇ。だから、さん付けやめろってバティー!」

「あとですね、その斧のもうひとつの機能を忘れていませんこと?」

「あっ! そーだったそーだった。そういやぁ、もういっこなんかあったな!」

「はぁ、本当に感覚だよりで動く方は……」


 ふたりが仲良しでそがいかーん。

 まあ、良いけどね。

 仲良いことは良きことなり。

 近所の子供たちが遊んでいるみたいに温かく見守ることができるというものだ。


「んじゃ、行けっと」


 巨斧をぶん投げて胃壁に突き刺すと同時に、赤雷が爆ぜ広がっていった。

 放電機能もあるということか。

 いいなー、かっこいい武器だなー。

 俺も欲しい。


 赤雷はウェブゾネファの内臓を焼き尽くす程度の威力があった。

 どうやらあの斧を使うたびに魔術の雷をチャージしておいて、必要な時に放出する的な機能だったっぽい。

 明らかに威力が高すぎる。

 雷が通った部分が崩壊しているレベル。


 俺だってできるし。

 もっと呪いを集めてぶちかませば、それだけで絶命させられるし!


 流石のウェブゾネファもこれにはたまらず悲鳴をあげ、動きを止める。


「よっし! 船に戻んぞー」


 ルーナが言ったので船に戻る。

 船は少々攻撃を受けてはいるものの、ほぼ無傷のようであった。


「ニメア様ああああ!」


 アイリスが船に戻って来た俺のところに突っ込んできた。


「よくぞご無事でええええ!」

「はい、無事ですよ。あなたも無事でなによりです」

「そりゃ無事に決まってんだろ、聖女だぞ? 食われた程度じゃ死なねえって」


 それはそう。

 ルーナの言う通り、あの程度では聖女は死なない。

 俺も死なない。

 胃液で溶かされる前に盾を張って、そこからじっくり内部破壊をしていけばいいのだ。


「それで、貴様は何者だ」


 泣いていたアイリスが復活するとバティーを警戒しだした。

 忙しい奴である。

 バティーは、笑みを崩さず優雅に対応する。


「ナランハの聖女候補バティーと申します」

「ああ、これは、ご丁寧に……ニメア様の護衛騎士をやっています、アイリスと申します」

「まあ、護衛騎士だなんて。初めてみましたわ。グレイ王国では、護衛騎士を用意してくださるのね」

「いえいえ、護衛騎士など名ばかりで、肉盾が実態ですよ。はははは……はぁ……ほんと、私なんて肉盾しか役割がなくて……友達100人いるくらいが取り柄の役立たずですし……」


 ひとりで話し始めて、ひとりで落ち込んでるんじゃないよ。

 そんなことより気にすることがあるだろ。


「ウェブゾネファ、まだ生きているのですけど」


 凄まじい赤雷を受けたウェブゾネファであったが、生憎と殺しきるには出力が足りていなかったようで、今現在、彼あるいは彼女はそそくさと撤退中であった。

 傷を負ったのでそれを治すために逃げるということなのだろう。

 判断が早い。


「バティーさん、ウェブゾネファって殺しても大丈夫ですか?」

「駄目ですわ」

「駄目なんですか!?」

「ええ、あの方を倒すとシャグランが増えますから。シャグラン以外の全てが食いつくされて、死の海の完成です」


 ルーナあああああ!?

 殺したら駄目じゃん。

 なにバティーも殺すのに協力してるの!?


「あの程度では死なないことは、ナランハの筆頭聖女コロール様が確認済みですから」

「な、なるほど……」


 死なないからってあんなことして、別のモンスターとかに殺されたりしないのだろうか。


「大丈夫ですよ。手負いのウェブゾネファに手を出すほど愚かなモンスターはこの海域にはいませんから」


 本当に大丈夫かよ……と思いながらも、俺なんかよりもウェブゾネファの知識があるバティーが言っているのだから大丈夫だろう。


 その後は、特に問題らしい問題も起きず、起きたとしてもなんか張り切っているルーナにより殲滅され、俺たちはナランハの港を経由してキトゥリノの港へと辿り着いたのであった。


 


 


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