第34話 船旅①
国境からヴィヴラス港までの十数日の旅は、特に問題もなく終えることができた。
プラットホームへ降り立つ。
俺たちは、一般とは別の軍事用のプラットホームであるが、隣接した一般プラットホームを見ることができた。
結構な人で込み合っている。
華やかな服で着飾り、ドレスの貴婦人を連れている貴族らしい人もいれば、町人たちが後ろの方の客車に向かっているのも見えた。
19世紀のヨーロッパを題材にした映画でよく見る光景だった。
写真に撮りたい欲がわき出してくる。
カメラはないのか、カメラは。
「港というからには人がいないと思っていたのですが、人が多いですね。祭りでもあるのでしょうか」
「いえ、アイリス。ここではこれが普通だと思いますよ」
確かにうちの国で港って言ったら、小舟の桟橋みたいな感じだからな。
大きな湖とかもないうちの国じゃ、船というものは川を渡るための渡し船くらいしかない。
そも、それも危ないのでほとんど使われていない。
「これが普通ですか……。クラースヌィは本当に豊かな国なのですね」
停まる駅、停まる駅大きくて人が多かったから、そう思うのも当然だ。
というか、うちの国が貧しすぎるし、ドラゴンいないおかげでモンスターが活発化しているのだから発展どころじゃない。
聖女留学を利用して、良い感じに国に貢献できればいいよね。
頑張れアイリス。
友達作って色々教えてもらうんだアイリス!
「壁にも色々彫ってあって面白いですね。ほら、見てくださいアイリス」
駅舎の壁にはどういう意図で掘られたのかわからない彫刻作品がある。
どうやらシリーズらしくいくつか似たようなものが並べてあった。
「むむ、何という芸術品。なぜ、皆はこれを見て行かないのでしょう」
アイリスの言う通り誰も見ていないのか、鳥たちの止まり木と化していていた。
屋根を支える柱にも細かな細工がしてあるようであるが、何らかの紙が貼りつけられていて芸術性よりも生活感の方が足されてしまっている。
「おーい、何やってんだよオマエら。置いてくぞ」
こんなもの見慣れているルーナはさっさと駅を出て行ってしまう。
もっと見ていたいが、仕方ない。
帰る時はゆっくりできると思うから、帰る時に見るとしよう。
「行きましょうか、アイリス」
「はい、ニメア様」
ルーナを追いかけて俺たちも駅を出る。
ヴィヴラス港は、クラースヌィでも最大の港町で、美しさというよりは質実剛健を選んだような街並みであった。
石畳にレンガ造りの街並みは、俺が思い描く前世のヨーロッパの街並みと合致する。
列車旅もそうだが、異国に来たと強く感じられてとても感動している。
本当、カメラがないことが悔やまれる。
カメラがあればそこら中でぱしゃぱしゃしていたに違いない。
「はは。きょろきょろしすぎだろ、オマエら。こんなもんどこでも見れんぞ」
お上りさん丸出しな俺たちである。
ルーナが笑うのもわかるが、仕方ないだろう。
俺たちの国じゃレンガ作るのもモンスターとの戦いになるおかげで、切り出した石とか木で何とかしているのだから。
「うちの国じゃ見れませんからね。ね、アイリス」
「すみません、ちょっと作り方知ってる方と友達になって作り方聞いてきて良いですか」
「アイリス、後で後で」
「はいぃ……すみません……」
「謝らなくていいですから、それにもっと驚くものが見れそうですよ」
そう港へ辿り着けばそこに待っているのは船である。
帆船もまだまだあるが、ひときわ目立つのはやはり蒸気船であった。
巨大な鋼鉄の船が浮いているというのは、それだけでも他を圧倒する威圧感がある。
「な、なんですか、これはあああ!?」
うーん、アイリスが良いリアクションをしてくれて俺はたのしいぞ。
「あーっはっはっは、良いなねーちゃん。良い反応してんな! おい、ニメアももっと驚いた顔しろよ。オマエはなんで普段通りのすまし顔してんだよ」
「驚いてますよ」
「驚いてるならああやって大口開けて固まれよ」
「嫌です、はしたない。聖女たるものいつでも優雅にですよ」
「うへぇ、ほんとサリールみたいなこと言うよな、アンタ。それで人生楽しいのか?」
「まあ、楽しくやらせてもらってますよ。それより、アレに乗るのでしょう?」
「おう、行こうぜ」
船の名前はバリエナ・ヴァール号と言った。
クラースヌィでも最大の蒸気船で、王侯貴族と聖女以外に使用する者はいない超豪華客船という話らしい。
中世ダークファンタジーっぽい世界だと思っていたら、隣の国は産業革命ファンタジー。
俺、クラースヌィの子になりたい。
蒸気機関とか弄り回して、ロボット作りたい。
同盟強化して、共同開発とかできないかな。
あるいは技術供与させてもらって、クラースヌィに成果返す代わりに、色々教えてもらうとか。
戦前の日本人みたく型落ちでも貰って解析、魔改造とかやらかすのはどうだ?
うむ、目標が増えたな。
魔術もロマンだが、歯車装置とかもロマンなのだ。
あと他国だろうが負けたくねえ。
「というわけで、機関部に行ってきますね」
船長への挨拶とか終わったので、あとの調整とかをアイリスにぶん投げ、俺はバリエナ・ヴァール号の探検へと繰り出すことにした。
自由に探検する時間は、あまりなさそうだからだ。
クラースヌィの隣国ナランハの港に停泊するまで3日間。ナランハの港からキトゥリノまで3日間。
それで目的地のヴェルデの港まで2日の合計8日の旅程。
ただ、港に停泊するたびに聖女候補が乗り込んでくるから、それの相手をすることを考えると自由に探検できるのはこの3日間くらいだろうと思う。
だから探検に行くのだと息巻いていたら。
「駄目です」
俺はその1歩目を踏み外すことになった。
「なぜですか」
「そのような汚れたり、危なそうなところにニメア様を行かせられるわけないです!」
「でも、普段はもっと危険なところに行ってますけど?」
「ぐぅぅ、そ、そうですけど……それとこれとは……!」
これがクローネだったら一緒に行こうぜーになるし、ディランなら勝手にしろになるから楽なんだけどな。
仕方ない、アイリスへ対する奥の手はあるのだ。
ハートマーク付きの精一杯可愛いアピールでお願い。
「おねがい」
「ぐっは……」
アイリスは気絶した。ちょろい。
今のうちだ。
部屋を出たところでルーナが待っていた。
「おっせーぞ」
「なぜに待ち構えているんですか」
「別にひとりじゃ寂しいとかじゃなくて、つまらないから待っててやったんだよ」
「あっはい」
寂しかったんだろうなぁ。
船長とかの挨拶で長いこと待たせちゃったもんなぁ。
うんうん、遊んであげようじゃないか。
「で、ニメアはどこ行くんだ?」
ついてくぞ、という犬味を感じる。
尻尾があったら振ってそうな感じだな。
「機関部へ行こうかと」
「えぇ、なんでそんなとこ行くんだよ、汚れるし臭いし、面白いもんねえぞ?」
「初めての蒸気船ですよ? その動力源とか絶対面白いと思うんですよ」
「えぇー、もっと楽しいとこ行こうぜー。ここ、遊べるとこあるんだよ、カジノってんだよ」
ほほう、カジノがあるのかこの豪華客船。
前世でも結構昔から賭博はされていたらしいし、おかしいことではないのかもしれない。
ふむ、機関部に行きたいがカジノも気になる。
分身の術とか使いたいな。
多重な影分身とか本当に便利だと思う。
まあ、機関部には他の時に行けるだろう。
今はルーナがいることだし、カジノに付き合うか。
そう伝えてやるともろ手を挙げて喜んだ。
「やったー! じゃあ、行こうぜ、こっちだこっち!」
びゅーんと走っていく様はまさしく犬のよう。
「はいはい。少し落ち着いて走ると海に落ちちゃいますよ」
「へーきだって、落ちても登れるしな、おっとと」
その時、船が揺れて案の定ルーナが落っこちそうになった。
「危ない!」
慌てて引っ張るが、勢いつけ過ぎて俺の方に倒れ込ませてしまった。
完全に俺の上にルーナがのしかかってる状態。
軽いから良いが、堕ちそうになるのを見るのは本当に心臓に悪い。
「いってて、あはは、わりーわりー」
「悪いと思うなら、気をつけてください。立てます? 早くどいてくれると助かるのですけど」
「おう、どくどく」
ひょいっと立ち上がってくれたので、俺も立ち上がる。
「気をつけてくださいね」
「わかってるって、サリールみたいなこと言うのはなしだぜ」
「サリールさんという方が本当に苦労してるんだなっていうことは伝わりますね……」
「さあ、行こうぜ、ニメア」
「はいはい」
ルーナが走っていくのについて俺もカジノに向かう。
煌びやかな内装で、軽いゲームやアショーカなどの盤上遊戯が楽しめるのだと船員が言っていた。
賭けもできるらしいが、俺とルーナだけで賭けをやっても面白くはないので楽しく遊ぶだけになる。
勝敗?
もちろん俺の勝ちです。ドヤァ。
いや、ドヤったけど、子供いじめてるみたいだった。
それでも勝っちゃったので、ルーナはこういうゲームが苦手なのかもしれない。
でも勝負は勝負。
何事も俺は負けたくない。
「ルーナは絶対に賭け事をしてはいけませんよ」
「ぶーぶー! アンタほんとサリールみてえなこと言うよな!」
「いや、もうどれだけ負けたかわからないくらい負けたじゃないですか」
「いーや、次は勝てるね!」
うーん、この駄目ギャンブラー思考。
もう賭け勝負とかはしたくなくなるように、徹底的に叩き潰しておくとしよう。
断じて俺が負けたくないわけではなく、ルーナの為だ。
そんな感じに船旅を楽しみつつ、俺たちはクラースヌィの領海を抜ける。
ここからは赤のドラゴンが積極的に人間の保護をやってくれているクラースヌィと異なり、モンスター溢れる海域広がるナランハの領海だ。
もっともモンスター溢れる海域はクラースヌィ以外は当たり前なのだが。
襲撃があれば、俺かルーナで対処する。
聖女候補とは言えども遊ばせる余裕は人類にはないということだ。
まあ、これほど巨大な客船なので、早々襲ってくるモンスターはいないでしょうと、フラグを立てた船長は心の中で殴っておく。
なぜならクラースヌィの領海を出た途端、俺たちのまえにはウミヘビの如きモンスターが立ちふさがっていたからだ。
どうやら退屈しない船旅になりそうであった。
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