第28話 クソ親父

「おいおい、何だよ、イコナの奴失敗したのかよ。ったく、ボクの血は優秀だなァ。やっぱりインフラントの血なんてこんなもの。ボクの娘を聖女にした方が遥かに良かったって証明されたなァ」


 このクソ親父はどこまでもクソらしく、イコナが負けて俺が勝ったというのにもろ手を挙げて喜んでいる。

 少しは負けて、悔しさに身を悶えさせて負け惜しみとかを言ってくれると溜飲が下がるというものなのだが、そうはいかないらしい。


 仕方ないから俺は無視して、ディランの方に指示を出す。

 いい加減ニュムパを何とかしないといけない。


「ディラン、あとは任せてもらって構わないので王様たちをお願いします」

「俺じゃ、ニュムパはどうしようもないぞ?」

「適当に王都の外までぶん投げれば勝手に帰ると思うんですよ」


 モンスターという奴らは縄張りに敏感だ。

 いくら鈍重なニュムパでも他のモンスターの縄張りにいたら、嫌でも動いて自分の縄張りに返ろうとする。

 その最中に天敵にでも襲われて倒された欲しいものだが、あの瘴気は吸ったやつをどんな奴でも問答無用で幻惑し眠らせる効果があるから、望みは薄いだろう。


 それでもここに置いておくとこの王都の民が全然目覚めない。

 だから、対処療法として、とりあえず外に追い出すのだ。

 もし諸々が終わったら天国の森に返しに行こう。


「あんた、けっこー適当だよな。まあ、わかったよ。ぶん投げとくわ。でもいいのか、そいつわけわからんもん使ってくるぞ」

「何とかしますよ。それよりニュムパが動き出す方が面倒ですから、お願いします」

「気をつけろよ」


 ディランが天井に空いた穴から上に向かっていったを見送って、俺はクソ親父に向き直る。


 さて、これで邪魔者はいなくなった。

 心置きなく、クソ親父をぶん殴っても問題ないわけだ。

 反省するまで殴るのをやめない、で行こう。


「話は終わったかい?」

「よし、まずは1発!」


 身体強化そのままに、助走をつけて全力で顔面をぶん殴る。

 壁をいくつかチョコレートみたいに割りながらぶっ飛んでいった。

 ちょっと手加減したけれど、死んでないだろうな。


 絶対に負けを認めさせてやるのだ。

 意気込んで追いかけてみると笑っていた。


「ハハハハ」


 え、こいつきもい。

 ドMとか勘弁してくれよ、殴ったら殴った分だけ喜ぶじゃないか。


「いきなり殴るだなんて酷いじゃないか。父親を殴ってはいけないって習わなかったのかい?」

「生憎と、あなたを父親とは思っていませんので。そもそも、生まれた時に子供を入れ替えて偽物として処断されろとかいう男を親と認めるはずもないでしょう」

「ハハ、そりゃそうだ。なんだよ、そんなことまで覚えてるのか。ますますボクの血が優秀だってことが証明されるじゃあないか」

「知りません、そんなもの神様にでも聞いてください」

「ああ、そうさ。ボクもそう思った。で、聞いたよ。そうしたら、魂が好みじゃないんだと」


 まあ、中身俺だもんな。

 神様でも普通に麗しい乙女がいいだろうし、うんうん、納得である。

 それはそれとして俺は聖女として居座り続けるけどな。

 城住まい最高。


「それはお生憎様。では、もう諦めてさっさと負けを認めたらどうですか?」

「諦める? ありえないね。ボクは諦めないさ。諦めなければ、いつか夢は叶うって信じているんだよ。その証拠に、ボクは道を見つけたんだからさァ! プラトリーナの優腕!」


 クソ親父の右手にイコナの頭のような穴が生じる。

 穴から何かが出てくることはない。

 しかし、俺の本能は限界までの警鐘を鳴らしていた。


 何か不味い、というか絶対ヤバイ。

 イコナの頭から顔を出したヤベエのと同じ気配を感じる。


 だから、全力でそこに在ったテーブルを蹴り上げると同時に後方へ跳んだ。

 その瞬間、テーブルが削り取られる。


「ハハァ! よく躱すなァ! 流石ボクの血だ!」


 不可視の攻撃、射程は2メートル程度か?

 とにかく触れたら消滅するみたいな効果だと思っておこう。

 近づかれたくないので、魔術で攻撃しようとするが、相殺された。

 城の中なのでそれほど高い威力を出せないせいだ。

 クソ悔しい。


 さらに時折、先ほどのよくわからない削り取る攻撃をしてくる。

 呪いの動きがないから魔術ではない。

 穴から何かが飛び出している印象だ。


「それ、一体何なのですか」

「これかい? 上位者の腕さ。神様の腕と言っていい。聖女を作るためにその腕の1本、ちょっと拝借してみたのさ」


 そりゃファンタジーな異世界だから神くらい存在してそうだと思ったが、ロクでもなさすぎるの確定である。

 イコナの穴から出て来たやつもやつだが、クソ親父が使っているのもヤバイ。


 なによりこいつには見えているのに、俺に見えないのがむかつく。

 見えない方がいいんだろうが、見える奴がいるのに自分が見えないのは本当にムカつく。


 でも、連発してこないってことは何かしら溜めがいるんじゃないか。

 それならその隙に接近して殴り続ければいい。

 すべての事象は筋肉で解決できる!


「さあ、どうする? お得意の魔術も城の中でぶっぱなすことなんてできないだろ。ボクは巧いからね、力押しは効かないよ」

「じゃあ、近付いて殴ります」


 強化全開で踏み込む。

 ほとんど瞬間移動だ。

 それでもクソ親父はあろうことか反応して見せやがった。


「無駄だァ!」


 動いていないのに回避する。

 これは魔術による強化。

 そりゃイコナがあれだけ使えるのだ、クソ親父も使えるだろう。

 だが、もう見た。


「甘い!」


 こちらも魔術式身体強化を使って、もう一歩踏み込む。

 空振りしようが何しようが、相手が動くよりも先に引き戻して近づいてぶん殴る。

 それで大抵のことは解決するのだとヴェルジネ師匠は言っていた。


 いや、言っていなかったかもしれないけれど、とにかく俺の拳はクソ親父に届いた。

 今度はぶっ飛ばないようにかつ、プラトリーナの優腕とやらを使わせないようにぐっと抑えてから殴る。


「オラオラァ!」


 誰も見てないのを良いことに某漫画のラッシュを片手でやってみる。


「ぐおぉあああ――」


 逃げられないように握り絞めて、殴り続けているのだ。

 回避もできなければ防御も無意味。

 元から魔力差がある上に、こちとら素の筋肉も鍛えて、ありったけの呪いを身体強化に回しているのだ。

 盾があったところでぶち破るし、そもそも呪いを使わせない。


 こっちも魔術が使えなくなるから、使ってこなかった技術を使う。

 かつて生まれたばかりの俺を世話していた教会の人たち相手に使った、魔力になる前の呪いをこちらでせき止める技術だ。

 練習しておいて良かった。ありがとう、名前も知らないあの時の人たち!


「はあはあ、どうですか。負けを認めなさい」

「あは、あはは……」


 また笑っている。

 怖いんだけど、なんなのこのクソ親父。

 殴りすぎて壊れた?


「すごいじゃぁ、ないか……。ボクの娘は、すごい……このボクが手も足も出ないでこんなにされてるんだ……すごいよなぁ……」


 なんか急に褒められたんですけどなに、なんなの?

 敵に褒められてもうれしくないんですけど。


「なら、ボクの娘でいいじゃないか。こんなにすごいんだ、奇跡だって起せたんだ……この子で良かったじゃないか、ボクの娘が聖女で良かったじゃないか……そうしたら、こんなことせずに良かったのにさぁ……お父さんにも殴られなかっただろうにさぁ」


 そんなことを言われても困る。

 俺だって最初から聖女なら、色々と無茶しなくても良かっただろう。

 今ぐらい強くなれたかはわからないけれど、浄化のたびに内臓に衝撃を喰らわないかびくびくしなくても済む。

 俺が聖女でなくて良かったことは、ディランとか救えてこの国の為に、色々できたことか。


 クソ親父も、その父親に狂わされた被害者なのかもなどと、ありえないにしても考えてしまった。

 俺はアホだった。

 さっさと決めていればいいものを。


「ボクの娘のくせに気をそらしてるんじゃないよ! 同情でもしたか、お優しいな聖女様は! ボクは言ったぞ、オマエを殺すって、そうしないとインフラントを陥れられないじゃないか!」


 クソ親父の左手にあの穴が生じた。


「っ――!」


 見えないから左手に生じた穴から精一杯身体をそらす。


「ぐぅ――」


 右腕の表面が削られて消える。

 指は落ちなかったが、肩口まで優しく何かに包まれたかのような感覚の後、ある程度の表面の皮膚と肉だけ消滅した。

 全部消えると思ったが、表面だけ、それもある一定の場所を残してだ。

 痛みと衝撃で、気が遠くなる。


 おかげでクソ親父周辺の呪いの制御を手放させられた。

 咄嗟に腕を押さえて離れるが、クソ親父が逃がしてくれるわけもない。


「騎士君をよそへやったのは間違いだったなァ。ふたりでなら、ボクを楽に殺せただろうに」


 それは俺も思う。

 俺が甘かったと言わざるを得ない。


「甘いんだよ! ボクの言葉に耳を貸してさァ! ちょっと同情を誘うようなことを言えば動きが止まりやがる、本当に甘いよなァ!」


 まったくもってその通り。

 思わず聖女ロールで行動してしまった。

 これではヴェルジネ師匠に怒られてしまう。

 もう何度も脳内では怒られている。


 俺は何度同じミスをすれば気が済むのか。

 反省しろ、俺。

 クソ親父は強い。

 俺よりも経験があるのだから、それは当然だ。


 俺の戦いの経験は化け物に特化している。

 おかげで対人戦は不慣れ。

 そもそも人を殺したいとは思わないから、無意識に手加減してしまう。


 その上、周囲にはニュムパに眠らされている人たちがいる。

 それだけで俺は動きにくい。

 ただでさえ聖女ムーブを捨てられないのだから、ここで多人数を巻き込むことを赦せない。


「そらそら、どうしたどうした。動きが鈍ってるぞ。今度は右手を使おうか。それとも左手を使おうか?」


 それに見えないプラトリーナの優腕を警戒していれば、何もなく打撃が飛んでくる。

 痛みはさほどではないが、鬱陶しく意識を散らされたところで防御不能のプラトリーナの優腕で削りに来る。


「くぅぅ!」


 俺も防御不能の攻撃とかほしい。

 これはいらないけど。


 呪いパワー任せの魔術ごり押しができないし、筋力ごり押しも前のように一気に掴んでというのができればいけるんだが、1度やったことは通用しない。

 掴ませてくれない。


 こんな時ヴェルジネ師匠ならどうしただろうか……。


「あ……」


 ひとつ思いついた。


「ああもう、賭けは嫌だな」


 ぱちんと頬を叩いて気合いを入れる。


「なんだ? 何か思いついたのか? 無駄無駄、年季が違うんだよ」


 俺は一直線にクソ親父へ突っ込む。


「速度でどうにかしようってか。それこそ無駄だ、ボクたちは自分より速い相手との戦いに慣れてるんだよ!」


 完全に俺の動きを見切ってクソ親父は両手を向けてくる。

 左手側を弾くが、右手側は間に合わない。

 プラトリーナの優腕が来る。


「これで終わりだ!」


 それは俺へ直撃した。

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