第27話 本物の聖女②

 悪寒と同時に盾の魔術を発動する。

 その瞬間、殺到する炎の腕、氷の腕。

 魔術を使った際に必ず発生する文字の表出もなく、それらは唐突にイコナの穴の向こう側から現出した。


「くっ!」


 ぴしぴしと音を立てて盾が破壊される。

 轟音と共に魔術が直撃し、俺の身体を吹っ飛ばす。

 威力が高すぎる。

 だがこの威力、そう簡単に連射できないはず。


「防がれた、じゃあもっと多くするね。多く叩かれた方が痛いもんね」


 前言撤回、そんなことはなかった。

 チートである。

 これが聖女の力とでもいうのか。

 聖女は化け物か!


 いや、ヴェルジネ師匠は結構普通、というか人間の範疇だった。

 だから、これはこいつがヤバイ。

 そういうことにしておこう。

 俺の師匠は人間なのです。はい。


 考えるよりもまず行動が必要だ。

 もう別の魔術が迫ってきている。

 しかも、さっきより威力が高そうである。


 俺をぶったたたこうとする手のような魔術は本来あり得ないものだ。

 火とかを手の形に変えるなんてロガル文字は存在しない。


 やっぱり、あの穴ヤバイじゃないか。

 あそこから魔術が湯水のように湧き出している。

 それも普通の魔術じゃないものが。


 あらゆる属性に見える腕が一直線に俺を打ち据えていく。

 炎は皮膚を容赦なくあぶり、水は肉を削って、風が斬っていく。


 盾で防ごうにも発動が間に合わない。

 こちらの詠唱をしている間に、既にもうイコナの放つ魔術は目の前だ。


 人生のポーズボタンを所望する。

 というか、本当に何なんだあの穴は。

 願いが叶う穴とでもいうのか。ズルイ、俺も欲しい。


「やっぱり変な文字なんて使う必要ないよね。穴の中に全部あるんだもん」

「何ですか、その穴」

「あれ、知らないの? 聖女なのに? やっぱり父上が言ってたとおり、偽物なんだ」

「そんな偽物に教えてくださいな」

「黒点、フェガロフォスに繋がる道だよ」


 黒点、フェガロフォス。


 いや、説明になっとらーん!

 まったくわからん。

 図鑑にもそんなものは乗っていない。


 ヴェルジネ師匠にも聞いてない。

 もしや、聖女には当たり前すぎて教えなくてもいい分野の話ですか?

 そうかもしれない。

 とりあえず、危ない何かなのだろう。


「見せてあげようか?」

「は?」


 その瞬間、何かが俺の身体を掴んだ。


「な、はああ!?」


 何かがイコナの穴からに腕を突っ込んでいるというのが、感覚的にわかる。

 だが、見えない。


 しかも、こちらの強度なんぞ関係なしに万力のように締め上げてくる。

 あるいは、これでただ握っているだけというのだろうか。


 人への配慮が足りていない。

 もしこれで配慮しているというのならば、それは配慮ではなく殺意に外ならないだろう。


 どんなにもがいてもその腕が俺を離すことはない。

 大好きホールド以上の拘束力である。

 俺のことがそんなに好きならもっと拘束を弱めてほしいものであるが、この力強さこそが好意の証とでも言わんばかりに、逆に力を強めてくる。


「ぐ、ごぁ」


 全身からばきばきと嫌な音がしているというか、現在進行形で俺の身体強化を超過して骨をばっきばきにへし折られている最中である。

 痛すぎて叫び出したいが、これまた握りつぶされているおかげで叫び声も出ない。

 出るのは血反吐くらいのものである。


 だが、もっとヤバいことが起こった。

 腕を伸ばしている何か、その致命的な何かかが俺を見た。

 その瞬間、俺は叫び声をあげていた。


「ぎ、ァアアアアアアァ」


 それを知覚した瞬間、頭が割れんばかりに痛んだ。

 もしかしたら本当に割れていたかもしれない。


 やせ我慢の達人の俺が我慢できないほどの痛み。

 呪いの制御が一気に外れて、全身が爆発する。


 まさしく痛みの大合奏。

 ハーモニーを奏でる痛覚の陽気さは筆舌に尽くしがたく、二日酔いの脳みそにヘビメタを突っ込まれているかのようだ。


 次の瞬間には俺を素材とした見事なボロ雑巾の出来上がり

 原形を保っているのが不思議なくらいである。


「生命・強化……付与……――」


 あまりの痛さにもう何も考えずに治癒の魔術を自分にかける。

 芋虫のように這いずって、俺は今見たものを忘れようと努めていた。

 痛みなんかよりもそっちの方が重要だった。


 アレはヤバイ。

 外宇宙の神とか、正気度を削る系の神とかそういうものだ。

 がりがりと頭蓋骨の裏をひっかくように何かが盛大に削られた感覚がある。

 ヴェルジネ師匠の日記にあった上位者というやつかもしれない。


 聖女はあんなものを恒常的に見ているのだろうか。

 だとしたら、俺は偽物で良かったと安堵するところだ。

 どう考えたってあんなものを見続けて正気でいられるはずがない。


「見た?」


 イコナが俺を見下すように目の前に立つ。


「……あんなもの、見たくないですね……」

「やっぱり偽物」

「……そうですね。でもね」


 贅沢な聖女暮らしを続ける為にも、負けるわけにはいかない。

 だいたいなァ……。


「さんざんいいようにやられて、このままで済むわけがないでしょ」


 フェガロフォスだか、なんだか知らないが、良いようにやってくれやがったな畜生が。

 いつか絶対ぶん殴ってやる。


 勝てない敵が現れたらどうするか?

 レベルを上げて物理で殴るだ。

 レベルを上げて物理で殴れない存在などいない。

 筋肉は裏切らない!


「偽物が本物に勝てないと誰が決めたんですか!」


 筋肉こそ正義。

 聖女こそ正義。

 つまり聖女とは筋肉であり正義そのものだ。


 完全に痛みとアドレナリンドバドバで若干ハイになってた俺は、もう無敵だった。

 全力で治療魔術を使えば、動けるようになるのはたやすい。

 出力の高さも正義だ!

 圧倒的出力に任せて瞬間回復、全身がなんかねじ切れたように痛いけど、我慢だ俺!


 さあ、見下すために近づいてきてくれたありがとうよ、イコナ。

 ディランに習った通り、イコナの足首をがっしり掴んで筋力で粉々に粉砕する。


「あっ」


 痛みになれているらしいから、そこで気を許さず、足首を握りこんでぐるぐるとぶん回して地面に叩きつける。

 さらにイコナの頭から噴き出している呪いをありったけ、俺が奪うことにする。

 さっき爆発して、俺の中にあった呪いはすっからかんだ、ここで補充させてもらおう。


 莫大な量が流れ込んできて、内臓がひしゃげたり破裂したりしているような気がするが、アドレナリン分泌マックス中の俺には効かない。


 ……いや、すみません。

 強がりました。

 痛いです、血反吐吐いてます。


 いや、待って、なにこれ掴んで奪おうと手を伸ばしただけで、ありえない量が、あ、あああ、呪いが、呪いが逆流するぅる!?


「うっわああああ!?」


 あまりにもヤバかったので慌ててイコナを壁にぶん投げてしまった。

 危うく光になってしまうところだった。


 イコナは大丈夫かと見てみたが、彼女は動かない。

 全力で叩きつけてぶん投げてしまったから気絶したのだろうか。 

 やせ細っていたし、近接の要である気術も使えないのであれば、そんなものなのかもしれない。

 あるいは俺が全力で叩きつけ過ぎたか。


 それならば丁度良い。

 無駄な戦闘を避けられる。


『ア、目トジテル。イラナイノカナ』

『ナラモラッテイコウネ』


 その時、ローロパパガイが現れた。

 そいつらがいつの間にか現れて、イコナの目を狙っている。


「やめなさい!」


 俺は咄嗟にイコナの所へダッシュし、そのままの勢いで身体を拾ってローロパパガイが距離を取る。

 勘弁してほしい、ローロパパガイとかいう駆除不能生物がどうしてこんなところにでてくるのだ。


 またクソ親父が何かしたとでもいうのか。

 絶対そうだな、間違いない。

 こんなのを引き入れるのは、クソ親父のような狂人以外にいないだろう。

 いたらこの場に連れて来てほしい、首が飛ぶくらいにぶん殴ってやる。


『ミラージノヒトミダ』

『モッテルノイタンダ』

『メズラシイ、メズラシイ』

『ホシイホシイ』

『メ、トジテ?』


 目を閉じないようにしながら、どうするかを考える。


 咄嗟にイコナを抱えてしまったおかげでローロパパガイがこちらをロックオンしたようである。

 こいつらは物理的な攻撃は効果なし、魔術は反射してくる。

 どうしようもない奴らだ。

 さて、どうしよう。こいつらをどうにかする手段なんて俺は知らない。


 イコナを囮にしたら、俺は逃げられるが1度助けると決めた相手だ。

 ここで見捨てたら目覚めが悪い。

 それに真の聖女は残しておいた方が良いだろう。


 俺には見えないものを見ているっぽいし、その辺の話とか聞きたい。


 あとやせすぎなんだよ!

 俺は不幸な女の子は見捨てられない性質なの!

 幸せにしなくちゃいけないっていう使命感が芽生えてくるの!


 そういうわけで、是が非でも俺に救われてもらう。

 それで俺に依存しちゃったら最高だよね。


「といいますが、さてどうしたものか」


 そこでピコーンと思いついた。

 勝てないし、倒せないなら戦わなければいい。


 俺は身体強化を全開にして、ローロパパガイに突っ込み1体の腕を掴むと、全力でぶん投げた。

 俺の全力投球なら、王都の外へぶん投げられる。


「よし!」


 ジャイアントスイングで天の彼方へフライハーイ!

 俺のいない所へ飛んでいけぇ!

 

「おら、次ィ!」


 周りにだれもいないからって素を出してしまったが、ともかくローロパパガイを全力でぶん投げていく。

 避けようとするなら、気術と魔術による強化術の併用だ。

 散々イコナが見せてくれた強化術を見様見真似で使って、どうやっても逃がさない。


 ふははは、見ろ、俺は天才なのだ。


 テンションが上がった俺はもう盛大にやった。


 ひとつ、ふたつ、みっつよっつ。

 足首掴んでぶん回してぶん投げる。


『ヒドイナァ』

「酷いのはそっちです!」


 物理無効に魔術反射とか卑怯だ卑怯。

 俺もそんなスキル欲しい!


 って会話したおかげで、1体ぶっ飛ばすのが遅れた。

 イコナが危ない。

 ちょっと間に合わないので自分の身体を盾に使う。

 指が肩辺りに刺さる。


 超痛いが、引き抜くと同時に傷は治る。

 こいつらの指は目玉を抉るためだけにある。

 殺しはしないので、抜けば傷は治るのである。

 刺さった周囲の怪我もいい感じに治ってくれて一石二鳥だ。

 殺さない悪辣さのおかげで助かるとは皮肉だが。


「どうして……」


 ちょうどそれを見られたらしい、ふ、俺のヒーロー加減を見せられるとは神様わかってる。


「そうしたかったからです」


 かっこつけて、最後のローロパパガイを王都の外にぶん投げる。

 これでよっぽどのことがない限りは戻ってこないはずだ。

 戻ってこないでください、ヴェルジネ師匠から絶対に戦うんじゃないよとか言われているんです。


 というか、そんなことより!

 目が覚めたようだが、イコナは満足に動けなくなっているらしい。

 俺が全力でぶん投げたせいだが、今は良い。


「やせすぎです!」


 ビシィ! と指さし宣言。

 見た時からわかっていたが、抱えてはっきりした。

 やせすぎである。

 わずかに乱れた服から見える肋骨の浮き具合はもうヤバイどころではない。


「来なさい!」

「え……?」


 俺の剣幕で押せ押せのまま、聖女の城の厨房へ連れていく。


「座りなさい!」

「でも、殺さないと」

「座る!」

「は、はい……」


 どうやら押しに弱いらしいのでこのままガンガン行く。

 イコナが座ったのでその間におかゆをつくる。

 ご飯がないからパンだ。パンのおかゆだ。

 何かのミルクはあったので、それを利用してぱぱっと作る。

 魔術も使って時短だ。


「はい、口開ける!」


 どこが口か呪いで見えないけど、とりあえずそこっぽいところに突っ込む。


「あ、あい」

「食べる、噛む! 飲み込む! おいしい?!」

「わ、わからない……? でも、なんか、良い……?」

「なら、覚える。それがおいしい! はい、おいしい! 復唱!」

「お、おいしい……?」


 よし、オーケー。

 なんか勢いでおいしいとか言わせたけど、もうそれでよしだ。


「じゃあ、それ全部、食べてなさいね。わたしは用事を済ませてきます!」

「あの、殺し……」

「食べ終わって、わたしが戻ってきてからです!」

「あ、あい……」


 厨房を厳重に封印してから、ディランが戦っている気配がしたのでそちらへ俺も向かうことにする。

 ボロボロなので休みたい。

 とても休みたいが、怪我したまま戦いに赴くとかめっちゃ聖女っぽいので外すわけにはいかない。


「行きますよ」


 俺は聖女の城から王城へと戻るのであった。

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