第26話 奴隷騎士③

「…………ふん」


 ニュムパの瘴気で眠った貴族諸侯らを見下して、ラディウはつまらなそうにしていた。

 それから闘技場の方から聞こえる爆音に、舌打ちする。


「イコナの奴、まだ終わらせてないのかよ。偽物くらいさっさと殺せよ……。で、そこに隠れてる君はいったい、いつまで待つつもりかな。いくら待ったって、隙なんてさらさないよ」


 ニュムパが開けた穴からディランはお手上げとでも言わんばかりに広間へと上がって来た。


「もうちょい油断してくれてると助かったんだけどなぁ」

「油断? どいつもこいつもボクとお父さんを裏切るんだ。するわけないじゃないか」

「そうかい」


 ディランは構えを取る。


「で、どうするんだい、騎士君。剣は持っていないようだが、まさか素手でボクと戦うなんていうんじゃないよなぁ」

「生憎と、そのつもりでな!」


 拳を握り、気術を起動する。

 踏み込みまっすぐに拳を振るう。

 奴隷騎士の戦い方は剣に限らない。

 そもそも鈍ら剣しか与えられないことが多かった。

 そんな剣は深淵では容易く折れる。


 今の剣を手に入れるまで探索の大半は素手だったことが多い。

 それでも深淵で生き延びてきたのだ。

 ディランの徒手空拳もまた練り上げられている。


「甘いんだよ。ボクはモンスターじゃないんだぜ」


 しかし、ラディウには彼以上の対人戦の経験があった。

 左手に集中させた気術による身体強化を用い、突っ込んできた右拳を包むように受け止め、その流れを損なうことなく背後へと流す。


「そりゃどうも! あんたは素直過ぎんぜ!」


 しかし、同時に放たれていた左拳がラディウを捉える。


「かッ!!」


 折れたラディウの身体を振り払うように腕を振るい、足を踏みにかかる。

 ラディウはそれを読んだように距離を取る。


「くっそ、なんて力だよ。背骨が折れたかと思った。ああ、そうか。君あれだっけ聞いたよ。亡者から元に戻ったとか。すごいよなぁ、偽物のくせに聖女でもできないことをしたんだぜ……なあ……」

「それが、どうしたよ」


 ディランは再び距離を詰めて拳を振るう。

 今度は重打ではなく連打乱打の手数勝負。


「そんなにできるなら、なんで聖女じゃなかったんだ。いいじゃないか、それだけできるなら聖女で良かったじゃないか。いったいボクとお父さんに何が足りないって言うんだ」

「知らねえよ!」


 ディランは散乱した杯のひとつを足で引っ掛けて、ラディウの顔面を狙う。


「小賢しい!」


 ラディウが手で払いのけた時、ディランは広間にはいなかった。


「かくれんぼでもやっているのかい? 勘弁してくれよ、子供の遊びに付き合う気はないんだ」

「おう、俺もそのつもりだ」


 がしりとラディウの足をディランが掴む。

 彼は広間の下の部屋へと降りて、そこから天井を突き破ってラディウの足首を掴んだのだ。


「なに!?」

「そーらよ!」


 足首の骨を握りつぶすと同時に、そのまま床を破砕しながら天井からラディウごと腕を引っこ抜く。


「ごはぁあ!?」


 床に着地後、2度3度とラディウを床にたたきつける。

 相手は技術もあって力を受け流すのが上手い。

 妙なほど痛みを受け流す方法に長けている。

 どういう育ち方をしたのか知らないが、それなりに苦労したらしい。


 それで受け流されるなら、相手の意識外から掴む。

 石壁、床くらいなら今のディランの筋力なら簡単に粉砕できる。

 ニュムパが空けた穴から飛び降りて、勘でラディウの足を掴んだのだ。


「ま、勘だったがぴったりだったなっと! おら、まだまだ行くぜ!」


 すっぽ抜けないように足の骨を、さらに砕いてその足を腕に巻き付けるようにしてから振り回す。

 床に叩きつけられるラディウからは人間が出してはいけない音が響いている。


「お?」

「あんまり調子に乗るなよ、騎士君さぁ」


 鼻血を流したラディウが歪な笑みを作る。

 その瞬間、ディランの右手の装甲が弾ける。


「おわっ、なんだおまえ、びっくりさせんなよ!」

「チッ、中まではいかないか」


 壊れたのは装甲だけで肉体までは行っていない。

 それではディランは離さない。

 ならばとラディウがディランの腹に手をついた。

 その刹那、自分すらまきこまれるのも厭わずに爆発が巻き起こる。


「クッソ、普通自爆とかするか」


 おかげで手を離すわ、鎧の方がぶっ飛ぶわで散々であった。

 爆発を受けても今のディランの肉体的には問題はないが、気に入っていた鎧がフッ飛ばされてテンションがだだ下がりであった。


「悪態をつきたいのは僕の方だよ、なんだい全然ダメージになってないじゃないか」


 ラディウは右手が爆発し、手首から先が消えている。

 さらに左足も先ほどディランに砕かれている。

 まさに満身創痍だ。


 床に叩きつけのおかげで、いたるところの骨が折れて砕けたりしているだろうにラディウはまるで何事もないかのように立っている。

 さしものディランもラディウの我慢強さが嫌になってくる。

 魔術での治療もされては、倒すのが面倒になっていくばかりだ。


「あんた、痛みを感じねえのか」

痛いに決まってるよ。死にそうだ。でも、これくらいお父さんがずーっとボクにやってきたことに比べたら、なんてことはないね。ボクが不甲斐ないのがいけないのさ」

「そうかい、聞きたかねえ話だ」

「ああ、でも困ったな。近接戦闘じゃ君の方が強そうだし、ボク勝ち目がないなぁ」

「ならとっととこんなこと辞めて降参してくれるとありがたいんだがね」

「降参? するわけないじゃあないか――パテル・ムテル!」


 ラディウの呼び声に呼応して彼の影から棺が現れる。

 軋んだ音を鳴らしながら、中に入っていたものが飛び出してくる。

 それは二人の人間を合体させたかのような人形だった。

 年老いた男と空色の瞳の女を脊柱から真っ二つにしてくっつけたかのような奇妙な人形のような生き物だった。


「ボクじゃ勝てないなら、別の奴を出せばいい。そうでしょう、お父さん。ボクはどうやっても聖女になれなかった。だから、新しく作ればいい。まあ、それは失敗作だけどね。でも、いつか、いつか聖女はできる。できないなら、今度は奪って来ればいい」


 パテル・ムテルと呼ばれた死体人形が骨をきしませながら四足歩行でディランへと迫る。

 歩行に使われていない2本の腕には曲刀が握られており、接近と同時にそれを振るってくる。


「こんなのは、流石に深淵にもいなかったな!」


 振るわれる2本の曲刀を躱しながら、どうするかを考える。

 パテル・ムテルには痛覚が存在していない。

 どうにかするには対象の完全破壊が必須。


「まあ、どうするかは決まってるか」


 痛みがなく、止めようがないのなら動かなくなるまで殴ればいい。

 少なくとも動くためには四足が必要だというのなら、まずは1本ずつちぎっていくまでだ。

 深淵にはいないが、こういう動きをするような未知の怪物と延々と戦ってきた。

 ラディウを相手にするよりもはるかに楽だとディランは思った。


「クローネの嬢ちゃん風にいやぁ、慣れてるって奴だ」


 振るわれた2本の曲刀を持っている腕の片方を肘を足で押さえつけ、片方の腕を腕力で砕く。

 砕いたのは柔らかそうな女の身体の方。

 だらりと垂れていた首から悲鳴のような音が出た。


「ああ、酷い奴だな。役に立たなかったとはいえ、ボクの妻が痛がってるじゃないか」


 ラディウの言葉など無視して、女半身が落っことした曲刀を空中で受け取り、そのままの勢いで砕いた腕と、女の方のもう1本の腕を斬り落とす。

 パテル・ムテルはバランスを崩しかけたが、そのまま攻撃を仕掛けてくる。


 そんなブレた太刀筋など簡単に弾ける。

 振るわれた曲刀を冷静に弾き、ディランは強く踏み込んでパテル・ムテルの体重を支えている男側の片腕を潰す。

 痛みを発するように叫ぶ首だけがうるさい。


「ああ、お父さん。わかってるよ。ボクはちゃんとやってるじゃないか。そんなに怒らなくてもいいだろ?」


 パテル・ムテルの身体だけは、叫ぶ首を無視して痛みを感じていないかのように行動する。


「おせえ!」


 手の中で回転させた曲刀が鋭い斬撃となって、ふたつの死体を縫合していた中心を切り開く。

 さらにディランの斬撃は続く。


 今度は横半分に斬り裂き、入念に腕と足をバラバラに17分割する。

 最後にディランの力で振るわれたおかげでボロボロになった曲刀で、頭部ふたつを串焼きのように突き刺して終了だ。


「自慢の切り札って奴は、これで終いか?」

「はは、切り札だって?」


 よろよろとラディウは串刺しになった男の顔に近づいていく。

 そして、それを哄笑とともに踏みつけた。


「ハハハハハ! そいつはただの失敗作だ。ちょっと時間稼ぎが必要だったんでな」


 ラディウが右手を上げる。

 消えたはずの右手は、いつの間にか白い手が生えている。


「――プラトリーナの優腕」


 その右手から穴が生じ、触腕が飛び出す。


「っ――!」


 魔術ではない。

 かといって何かのモンスターでもない。

 見ているだけで、正気が削れる存在だ。


 ディランの本能が最大限の警鐘を鳴らしていた。

 亡者から人間に戻ったことで広がった知啓が、それには触れるなと言っている。


 全力で背後に飛びのく。

 その触腕が通った場所のが削られて消え失せていた。


「なんだよ、避けちまうのかよ。上位者カミの腕だぞ、喰らっとけよ。きっと優しく消してもらえるぜ?」

「生憎そんなもんは信じじちゃいねえんでな」


 あれは何だ。

 どれくらい使える。

 どの頻度で使える。

 条件、溜め、隙はどれほどだ。


 躱せない速度ではない。

 問題なのは、発動の瞬間を見切れるか。


 どうするかを考えて――。


 そこにひとりの少女が舞い降りた。


「やれやれ……おせえぞ、聖女様」

「すみません。ちょっと子守りをしてましたので」


 偽物の聖女ニメアが戦線に合流した。

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