第25話 本物の聖女①
怪物の登場に反応できた者は少なかった。
それでも反応できた者は、ニュムパを認識したと同時に盾の魔術を発動しようとした。
しかし、クソ親父の対応は素早かった。
手早く相手の魔術と相反する魔術を激突させて盾を相殺したのである。
それもこの会場すべての相手に対して1度に、ロガル文字の詠唱もなく。
おかげでニュムパの瘴気に耐えられた貴族は、この場にはいなかった。
認めるのは癪であるがクソ親父、かなり魔術に長けている。
俺も魔術はすごいと言われるのだが、基本的にやってることがロガル文字を大量に刻めるというチートを利用してのごり押しだ。
本来なら重ねる必要の内ものを重ねて、ありったけの呪いを込めてパワーをかなり上げてるだけ。
無詠唱とか難しすぎてできないし、細かい調整とかは放り投げて雑にやっている。
それをこのクソ親父は最小の労力、最小の魔力で最大の結果を叩き出してきた。
技術が高いのだ。
「く、そ……」
王様も瘴気に当てられて眠ってしまった。
今、彼らは幻覚を見ていることだろう。
どんな幻覚を見せられているかはわからないが、早々に何とかしなければならない。
「なんだ、やっぱり防御してんのかよ。流石流石、ボクの娘は聖女じゃない以外は優秀だなァ」
「こんなことをして、何が目的ですか」
俺はわかっているが、聖女ニメアは知らない情報だ。
それを出して、変に警戒されるわけにはいかない。
ただでさえニュムパと変な女の子までいるのだ。
そう女の子だ。
ニュムパにまたがった女の子。
これがヤバイ。
俺の眼には、彼女の顔が見えない。
彼女の顔には穴が開いていて、そこから呪いが噴き出しているのだ。
そのせいで顔が見えない。
なんだ、アレ、人間か?
辛うじて他の部位は見えるから女の子っぽいってのはわかるが、頭に空いてる黒い穴はいったいなんなんだ。
クソ親父は何を連れて来た。
「目的? 決まってるだろ、ボクが得るはずだった栄誉を取り戻しに来たのさ。このインフラントが奪った聖女を輩出したっていうね。お父さんもずーっと欲しがってた、ようやくって時に奪っていったんだ。だから、取り戻すのさ」
「なら、普通に名乗り出ればいいでしょう」
「それじゃあインフラントがそのままじゃないか。でもさ、ボクだってこんなことしたくなかったんだぜ?」
クソ親父は大仰に手を広げる。
「オマエが悪いんだよ。偽物のくせに聖女以上の聖女だって? 奇跡? なんだそりゃ。オマエがそんなじゃなければ、ボクだってこんなことする必要はなかったんだ、オマエが悪いんだよ」
いや、オマエが悪いだろ。
と言い返すのはやめておこう。
どうせ言ったところで聞かない。
「だから、ニュムパで幻覚見せて、ボクとお父さんの聖女が本当の聖女だったって植え付けるのさ。そのためにも、オマエには死んでもらうよ、役立たずの偽物」
とりあえずこの場を収めるためには、ニュムパの討伐とクソ親父および女の子の鎮圧が必要になるようだ。
さて、どうするか。
ただでさえ、ここにいる貴族たちを人質に取られているような状況だ。
武器がないし、俺より魔術技巧に優れた相手と戦うのは正直、やりたくないところだ。
クローネが何かしてくれたのなら、ディランが動いてくれるかもしれないが、それまで時間稼ぎでもするか?
というところでニュムパの背にディランの剣が刺さっているのが見えた。
どうやら動いてはいたが、阻止できなかったパターンらしい。
まあいいだろう、どう見てもヤバそうな女の子がいたのだ。
ニュムパは物理的には殺せないから、止められないのも仕方ない。
そもそもこんなもを連れて来てるクソ親父がおかしいのだ。
「酷い責任転嫁ですね」
「はは、知るか。まあ、そういうわけでプランその2ってやつだ。イコナ、殺せ」
「はい、父上」
女の子――イコナが剣を構えたと同時に、踏み込んでくる。
次の瞬間には俺の目の前。
呪いが動いたのを見た。
「これは……!」
ただの身体強化ではない。
俺の眼は呪いなどを見るだけでなく、動体視力も良い。
相手は移動していない。
ただ目の前に移動した結果だけが現れた。
魔術による身体強化だ。
その直後、続けるように剣が振るわれる。
俺は咄嗟にイコナにタックルを喰らわせて、そのまま脇をすり抜ける。
目指すはニュムパに刺さったディランの剣だ。
「なにしてる、早く起き上がって奴を殺せ!」
「はい、父上」
まるで機械のように感情を感じさせない声で、イコナは人形のようにクソ親父の命令を実行する。
ニュムパの動きは鈍重。
何とか剣を引き抜いた時、イコナが俺に追いついてきた。
「薪・投擲・集中――
「っ!?」
同じ文字を複数刻むことで初めて可能となる多重術式は、俺のような奴がいない限り使い手はいないと思っていた。
だが、イコナはそれを行っている。
その威力は俺が知るところ。
魔力差があれば、防げると思うが最悪なことに頭の黒点のようにも見える穴から噴き出している呪いが全てつぎ込まれている。
あれはもう俺が操作できる量を優に超えているように見えた。
「くっ! 流れ・盾・強化・集中――
本来なら同属性で相殺するところだが、無理だ。
ステータスの暴力には相性も合わせてやるほかない。
集中的に張った水のシールドだが、威力を完全には殺しきれず俺の身体は王城の壁をぶち破って闘技場へとぶっ飛ばされてしまった。
途中で街中を見たが、ニュムパの瘴気で眠らされたようだ。
どうやら地下水道を使って城下町中に瘴気を広げたらしい。
「く……」
「父上が殺せと命じました。だから、殺します」
呪いが噴き出しているせいで表情が見えない。
どんな表情でこれを言っているのだろう。
「殺し合う必要はないでしょう!」
「父上が殺せと命じました。ちゃんとしないとぶたれるから、ちゃんとします」
感情を感じさせない機械のような声色で言っているが、そこにはきっと恐怖があるに違いない。
よし、わかったクソ親父を殴る理由が増えたぞ。
こんな子をこんな風にした、クソ親父め、許さん。
絶対に俺が救ってやる。
だが、悲しいかな俺がそう思っていても彼女は、そう思っていない。
まずは彼女を無力化しなくてはならないわけだ。
改めて深呼吸をひとつ、ディランの銀剣を構える。
「薪・投擲――
詠唱と共にイコナが来る。
来ると言っても魔術による身体強化で一瞬にして目の前にいる。
後から遅れて炎の弾が来る。
同時に剣が振るわれる。
「やあっ!」
ひとり時間差攻撃だが、甘い。
呪いをさらに加速させ、気術による身体強化率を跳ね上げる。
突然動きが変わって、イコナは驚愕していた。
初見なら、ヴェルジネ師匠にも通じる戦法だ。
イコナ相手には多大な効果を発揮する。
「――!?」
まず剣を弾き、そのまま炎を剣速で以て切り払う。
イコナが驚いているがこんなもので驚かれては困るのだ。
「魔術による身体強化じゃついてこれませんよ」
即効性はあるが、持続性がないのが魔術式身体強化の欠点だ。
基本的には奇襲用。
ヴェルジネ師匠も、使うなら気術にしなと言っていたし俺もそう思う。
なぜなら戦闘は一瞬で決する方が少ない。
なにせ、この世界俺なんかよりも強そうなモンスターがうじゃうじゃいるのだ。
そんなのを相手にした時とか、亡者を相手にした時とか。
絶対に戦闘は長引く。
刹那的な強化をかけ続けるよりはずっと気術式身体強化をしていた方が効率が良いし、効果も高い。
だから俺は気術による身体強化ばかりで、魔術による身体強化を使ってこなかった。
しかし、イコナはそうせず体勢を整えるために魔術式身体強化を発動。
整うや否や、俺の顔面目掛けて、側面から剣を振るう。
鍛えてはいるようだが、栄養が足りていないのと気術式身体強化を使っていない剣など俺にとっては赤子同然だ。
そんなものなど軽く防ぎ、がら空きの胴体に魔術を使う隙を与えない速度で蹴りを叩き込む。
「がふっ!?」
吹っ飛ばす気はさほどなかったのだが、ボールのように吹っ飛んで壁に突っ込んでしまった。
気術を使っていないのだから、そうなるのは当然だった。
もっとよく考えないとダメだな、いつもと同じ感覚でやってしまう。
おそらく、イコナは気術が使えないのだろう。
頭に空いている穴は呪いを噴出しているが、同時に吸収もしているようなのである。
だから自分の中で使う気術は使用できないということのようだ。
できるのなら、ガードする時にやっていないとおかしい。
「実力差がわかったでしょう。今ならまだ間に合います。こんなことやめて、共に聖女をしても良いと思いませんか?」
聖女って他国だと10人以上とかいるところもあるらしいから別にふたりいても問題ない。
なお、うちの国じゃ基本1人ずつしかスポーンしないらしいんだけどね。
これが国格差って奴よ。
「あなたの父上の目的は聖女を輩出することでしょう? あなたが浄化の力を持っていれば問題ありませんよ」
俺は持ってないけどね。
クソ親父には、新しく聖女を見出したとただ報告するという選択肢もあった。
そうできなかったのは、俺が偽物だからだ。
クソ親父は俺が偽物だとわかっていたから、そんなものを聖女の座に座らせておくのは我慢ならないのだろう。
だって自分が本物を確保しているのだから。
その上、自分が捨てた方が成功しているだなんて、認めたくないものだろう。
若さゆえの過ちって奴は認めがたいものなのである。
そんなことを考えている間にイコナが立ち上がる。
流石、クソ親父、骨を折られようが何しようが立ち上がるように教育してきたらしい。
なんともクソである。
だが、近接に持ち込めばこちらに分があることがわかったし、このまま一気に決めてしまおうと思ったところでイコナの声が響いた。
「……だいたいわかった」
ゾクリ、と悪寒が背筋を昇ってくる。
イコナが得意であろう魔術の詠唱をされる前に、決着をつけようとして、文字すら浮かばず炎が俺の目の前で爆裂した。
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