第24話 企み

「うりゃりゃりゃー」


 少し前。

 クローネは王城の中を走り回っていた。


「おう、どうしたよ、クローネの嬢ちゃん」


 その最中にディランと合流した。


「んにゃー、ディラっちじゃーん。なんでこんなとこにいんのー? ついに解雇されたかー。そうかー、慰めてやろーう。ほら、クローネちゃんの胸、空いてんぜー?」

「なんかあったな? で、なんだ? 俺はなにをすりゃいい?」

「およ? めっずらしー、いつもなら胸に飛びつくのに」

「あんたの方からいってくるなんてよっぽどだろ。なんかあると疑うわ。それとも本当に飛び込んでいいのか?」

「まっさかー」

「なら、そういうこった」


 クローネはちょっと考える。

 ディランを巻き込んでいいのか、それとも巻き込まないべきか。

 答えはすぐに出た。

 こんな戦力、浮かせておく理由がない。


「んにゃー、ニメアっちゃんに頼まれごとしてさー」

「へぇ、聖女さんの頼まれごとね。そっちも珍しいな」

「なーんか、誰かが企んでるっぽいー。でも、ほらニメアっちゃんは動けんしょー? だから、クローネちゃんが動いてんの」

「おいよ、んじゃ、俺は地下の方行ってくるわ。こういう場合、大抵地下ってもんだろ。冒険者の時に、金なくてその手の依頼受けたことあるからな」

「こりゃ頼もしー、んじゃ頼んだっぜー」


 ディランは王城の地下の方へと向かう。

 クローネは再び王城を走り回る。


 王城を一回りして破壊工作などは行われていないことを突き止める。

 つまり王とか国に対してとかより個人向け。

 隠された兵士とかはなし。

 ただ見えない何かはあり。

 確定で地下。


「うーん、これめっちゃ厄介っぽい? ディラっちの援護いくかー」


 さて、自分はそこまでの給金をもらっていたかなとクローネは考える。

 基本はメイドとしての料金のみ。

 ただし、先払いで結構大きめのお金をもらっている。


「うんうん、動けるねー。まだまだあと2回くらいは大きいことあってもクローネちゃんは動けてしまうのだった!」


 クローネの中で問題は解決。

 さて、それじゃあちょっとつっかけに行くかと、目を閉じて計画を詰めようとした時、目に何かが突っ込まれたのを痛みと共に知覚した。


「ぎっ!?」


 あ、これまずいと思ったがそれより先に両目に突っ込まれた何かが引き抜かれる。

 痛みとともに強制的に傷が治っていく気味の悪い感触にクローネは覚えがあった。


『キレイナ、目。トジテテヨカッタ』

『ズルイ、カースラアナノ、オキニイリノ目、ホシカッタホシカッタ』

『ノロワレタ目、クンショウ』


 その声が決定的だ。


「うわぁお、ローロパパガイじゃん。なーんで、こんなとこに?」


 それはこの国でも相当に厄介なモンスターだ。

 街中でしかも王城の中とかで出くわすとか、絶対にありえない類の。

 誰かが招き入れているのは確実だった。


(まあ、いっか。これで誰かがなんか企んでる証拠だし。ローロパパガイは目だけ抉って殺さないからね)


 彼らは目を奪うだけで殺さない。

 殺さない方が残酷だが、それだけは徹底している。

 殺すときは、彼らの逆鱗に触れた時くらいのものだ。

 もっともその逆鱗はいったい何なのか誰も知らないわけだが。


「さて、それじゃあいったん戻ってー」


 ローロパパガイはそのまま立ち去った。

 あとはこのまま戻って報告しようとクローネが立ち上がった時、あ、これは死ぬという予感を感じた。


(あ、駄目だ、死ぬなこれ)


 クローネはとある来歴から死が身近なものだった。

 だからわかる。

 死ぬときは、なんとなくわかるのだ。


 それでも精一杯の抵抗をしようと、嫌な予感の方へ腕を振るうが簡単に払われた。

 目が見えない当てずっぽうだから仕方ないが、それでも精一杯情報を手に入れようとする。


(うーん、女の子。ニメアっちゃんくらいだろうけど、ちっさいなー。たぶんめっちゃ細い。ご飯食べなきゃ大きくなれないんだゾー?)


 なんて悠長に情報を収集したわけだが、それ以上どうすることもできずに心臓に剣が突き立てられる感覚を次に感じることになる。


「ごぎぃ……」


 痛み、灼熱、冷気。

 総じて死というものを感じながら、クローネは闇の中に倒れ伏した。


(ごめんなー、ニメアっちゃん、役に立たんくて)


 ●


「さーて、何がでるやら」


 ディランはクローネに宣言した通り、地下へと降りていく。

 聖女付きという身分のおかげで見とがめられることはないし、

警備の兵士はほとんど広間の方に行っている。


 だから、割と簡単に地下の方へ行くことができた。

 簡単すぎるくらいだ。

 王城でもこれはおかしい。

 普段ならば立っていなければいけないところにだれも立っていない。

 特に地下水道と繋がる階段のまえには誰もいない。


「ああ、こりゃなんかあるわな」


 嫌な空気が蔓延している。

 ディランはごく自然に、持ってきていたマスクをつける。

 深淵の中でも毒が蔓延する地帯へ入るための装備だ。

 ニメアの計らいで魔術が付与されている。

 そのおかげで、どのような毒だろうと遮断できる。


 魔術がからっきしなディランにはこういう道具の有無が生命線となる。

 ディランは調子を確かめ背中の剣を抜いて、ゆっくりと階段を降りて地下水道へと入って行く。


 地下水道は迷宮のようであるが、このような場所は総じて冒険者にとっては慣れ親しんだ場所のひとつにすぎない。

 暗く澱んだ暗闇の中で、ディランは床に目を凝らしていた。


「最近、何かが通ったな。人も一緒か」


 人の痕跡がある。

 この地下水道は随分と人の手が入っていないのは、状態を見れば明らかだ。

 そこに真新しい痕跡があるとすれば、何かがいるのは必然と言えた。


 しかも、小さな虫たちが逃げ出している。

 何か恐ろしいものが、彼らの住処に入り込んで彼らは慌てて逃げ出しているのだ。


「さて、行きたくはねえが行くしかないわな」


 気がついているのがクローネと自分だけだとしたら、報告に戻るにしてももう少し情報が欲しいところだ。

 できれば、敵の一部とかそういうものがあると信用されやすい。


 というわけで躊躇いつつも細心の注意を払って水道を進む。

 そして、そこにモンスターの姿を見た。


 下水の中にでっぷりと太った肉体を横たえた白いモンスターだ。

 ヒルとナメクジのあいの子のような造形と、鋸のような歯を持った円形の口。

 巨漢の方のディランが子供のような小ささの巨躯ともなれば、知らないものはいないだろう。


 天国の森の異端児――ニュムパだ。


「おいおい、冗談きついぜ、なんだってこんなバケモンがこんなとこにいやがるんだ」


 つまりこの場に蔓延していた嫌な空気はこいつの瘴気だ。

 マスクしておいて正解だったと自分の勘が鈍ってないことを喜ぶべきか、こんなものが地下にいることを嘆くべきか。


「ただまあ、努力はするべきか」


 なんて考えたところで、ニュムパが何かを食べていることに気がつく。

 いや、誰かが何かを与えている。

 それは腕や足だ。

 細いそれは女のそれ。

 それをニュムパの口に投げ込んでいるのはやせこけた少女だ。

 そして、その手には血で染めたような赤い髪が特徴的な顔が――。


「クソが!」


 ディランはそれを認識した瞬間に、意識して行っていた気配遮断をかなぐり捨てて飛び出していた。

 解体した死体を投げ込んでいた少女は突如現れたディランに、反応が遅れる。

 咄嗟に手にしていた顔をディランに投げつける。


 さしものディランもそれを受け取らずにはいられない。

 その間に、少女は体勢を整える。

 剣を構える少女をディランは改めて見た。


 新月の夜で染め上げたかのような黒髪に、月光色の瞳が印象的な少女だった。

 年頃はニメアと同じくらい。

 ただし、健康的なニメアと違って酷く痩せこけていて、手足などは自重で折れてしまうのではないかというほどに細い。

 ただそれで少女本来の美しさは損なわれるどころか、儚さに際立っていると言えた。


 どこをどう見ても尋常ではない。

 ニュムパの瘴気渦巻くこの場で、マスクもつけずにいることもそうだが、ニュムパにまるで警戒を払っていないのがおかしい。

 あれを完全に制御している。


「あんた、何者だ?」

「…………」


 少女は人形のように何も感じさせない表情と視線でディランを見つめている。


「時間」


 感情を何一つ感じさせない声色でそう言った少女は、ニュムパにまたがると上へ向かって魔術を放った。

 この威力はディランも見知った威力だ。


「おいおい、聖女様みたいじゃねえか。って、このまま行かせるわけにはいかねえんだよな!」


 剣でのそのそと動くニュムパを斬りつけるが、斬りつけた端から再生する。

 反撃はないが、そもそも斬られた感覚すらないだろう。

 ぶよぶよに太った身体をいくら斬ったところで意味はないし、剣が滑る。


「チィ、やっぱり無駄か――おわ!」

「薪・投擲――四重クアドラ


 それを鬱陶しいと少女は思ったのか、ニメアと同等クラスの魔術を放ってくる。

 ディランはそれを全力で回避。

 そうでなければ、発生した大火力にディランの方が消し炭になっていただろう。


「ああ、クソ!」


 そのまま行かせるのは不味いが、ニュムパを倒すには魔術がいる。

 魔術を使えないディランの攻撃ではどうしようもないし、ニュムパにまたがった少女から放たれる魔術も避けながらとなると、止める難易度が跳ね上がる。


 もし左腕に抱えている首を投げ捨てることができたのなら、ニュムパの身体を掴んで、筋力に任せてぶん投げることができたかもしれない。


「ああもう、しゃあねえ! あとで謝るから化けて出るなよ、クローネの嬢ちゃん!」


 とりあえずあまり汚れないし、傷つかない方向に向かって首を投げ捨ててディランは鈍重なニュムパを掴みにかかる。


「そーらァ!」


 全力で力を込めてニュムパをぶん投げる。

 床に叩きつけるが、ぶよぶよと太ったニュムパの身体は衝撃を吸収して痛痒にならない。


「薪・投擲――四重」


 再びまたがっている少女の魔術が飛んでくる。

 咄嗟にニュムパを離して躱そうとするが、少し遅い。

 魔術に対して耐性を持たせた鎧であるが、それはあくまでも人間の想定しうる範疇のみ。

 少女が放ったそれは聖女ニメアの一撃に近く、一瞬にしてディランの全身を包み込み焼き尽くさんとする。


 ディランは下水の中に飛び込んで炎を消す。


「ええい、クソが」


 ディランが下水から床にあがった時には、少女とニュムパは天井を破壊しながら上へ向かっていく。

 その先はおそらく成人式パーティーをやっている広間だ。


 最後の抵抗とばかりに剣をぶん投げてニュムパに突き刺すが、これにも堪えたようすはなく、そのまま上へと向かっていくのを見送るしかなかった。


「クソが、あんなんいるとか聞いてねえぞ」


 嘆息しながらディランは、投げ捨てた首を拾ってその顔を見る。


「クローネの嬢ちゃんよ。死んでどうすんだ」


 目をくりぬかれ、首から下は切断されてニュムパに喰われている。

 どこをどう頑張ったって蘇生の可能性はない。


「嘆いてても仕方ねえ。悪いがここで少し我慢しててくれ、すぐに迎えに来る」


 ディランはクローネの首に虫よけやらをふりかけて、誰の手も届かない場所に奥。

 手を合わせてから先ほどの少女に穿たれた穴を見る。


「最短距離でいくぜ!」


 ディランは壁に張り付き登り始めた。


 ●


「そいつは本物の聖女ではない。偽物だ!」


 クソ親父が俺にはなったのは、まぎれもない侮辱だ。

 何も知らない者にはそう聞こえる。

 真実であると知っているのは、俺とクソ親父だけだ。


「貴様! 聖女ニメアになんたる侮辱か! 彼女は聖女として多くの功績をあげているんだぞ!」


 そんな反論が多くの貴族からでる。

 これも俺が頑張った結果だと思うと、努力が報われた気になる。


「おーおー、必死だな。インフラント騎士爵。いや、辺境伯だったか。どっちでもいいや。事実だからな」


 なるほど、あの人がインフラントさんなのか。

 俺と入れ替えられた本物の聖女の両親。

 とても純朴そうな良い人な印象を受ける。


 彼はかなり信用されているようで、インフラント辺境伯に同調する声は多い。


 クソ親父には誰一人として同調しない。

 それなのにこのタイミングで仕掛けてくるとは、何か勝算でもあるのか?


「貴様、この晴れの日を汚すとは、覚悟はできていような」


 王様もお怒りである。

 確実にただでは済まない。


「王陛下、もちろんですよ。今こそ告発しよう。そこのインプラントは地位欲しさに預言者と結託し、偽物を聖女として祭り上げたのさ」


 しんと場は静まり返った。

 そして、次の瞬間には爆笑の渦が巻き起こる。

 正解は偽物のとこだけで、それに俺には聖女として紛れもない実績がある。

 いったい誰が信じると言うのか。


 そして、それはクソ親父もわかっていた。


「あーあ、まあこうなるよな。ほんとオマエどんな手品使ったんだよ。わがまま放題とかして、失敗してくれてりゃ。こんなことしなくて済んだのにさぁ。まあ、そりゃ当然か、だってボクの子だもんなぁ、特別に作ったもんなぁ、ならなんで聖女じゃないんだよクズめ、ハハハハ」


 それでもクソ親父は憤るどころか、笑っていた。

 笑みを崩さずただニタニタと、余裕そうにしていた。


「さあ、イコナ。君こそが本物の聖女であることを示すんだ――」


 そう言った瞬間、地響きと共に広間の地面が爆発し、そこからニュムパと、それにまたがった少女――イコナが現れた。


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