第23話 成人式

 早いことで3年の月日が流れ、俺は15歳になろうとしていた。

 グレイ王国では15歳で成人と認められる。

 田舎の村などでは、皆で祭りをやって成人の旅立ちを祝ったりするらしい。


 聖女な俺の場合は、王様主催で盛大な成人式をやってくれるということで、今はその式典用の衣装に御着替え中である。

 ますます綺麗に成長した聖女ニメアは、もう完全無欠国民に大人気の聖女様となっている。

 流石は、俺の聖女ロールと言わざるを得ないだろう。


 しかし……この3年、忙しく過ごしたりしていたわけなのだが、未だにクソ親父の動きがない。

 もう聖女なんて忘れたか、どこぞで死んだりしたのだろうか。


 そうだと良いのだが、そんなことはないだろうという予感しかない。

 ああいう手合いは、最も効果的かつ盛大な場での暴露とかを望む気がするのだ。


 おあつらえ向きにこれから行われる俺の成人式は、国中の貴族らを集めて盛大に行われる。

 深淵で発見された武具を使えるようにしたおかげで、グレイ王国の戦力は大きく上昇。

 国中の貴族を集めて盛大なパーティーをするくらいのことはできるようになった、それでも大半のモンスターには手も足も出ないが。


 確実にクソ親父も来ていることだろう。

 もっと早く動いていれば良かったのだが、ほぼ前日に王様が現れてサプライズで成人式やるぞと言われては、どうしようもなかった。


 メリサさんはもっと前から伝えようとしてくれたらしいのだが、モンスター狩りに出ていたことと、王様がサプライズしたいという感じのことを言ってこうなったらしい。

 王様は俺を溺愛しすぎるきらいがあるので、メリサさんにはもっと頑張っていただきたい。


 いや、あの人は俺が右往左往したりとか、大変な思いをしているとなんか楽しんでいるっぽいので、駄目かもしれん。

 この国大丈夫か?


 余計なことを考えすぎたが、クソ親父の件は本当にどうしよう。


「うーん……どうしましょう」

「おー、どうしたんだニメアっちゃん! なんか悩み事かー? 大人になるからってブルーなのかー?」

「そういうわけではありませんけど……何か嫌な予感がするんですよね」


 クソ親父が何かやらかそうとしているだなんて言えるわけないので、聖女の嫌な予感ということでクローネに伝える。


「ふんふん、まー、何とかなるんじゃないかー? だってニメアっちゃんって最強だもんな!」

「それは、まあ、そうですけど」


 訓練はクローネやアイリスがついてるからサボりはしていないし、メリサさんがひたすらモンスター狩りの仕事を回してくれるおかげで実戦経験もある。

 俺は今の所最強と言えるかもしれない。


 ただ、それでも死なないわけではない。

 不意打ちで心臓とか頭に一発喰らってしまうと普通に死ぬ。


 嫌なことにあのクソな親父はそういうこと平気でしてきそうな気がするということである。

 もっともこれは俺の予想だし、クソ親父のことを良く知らないからどうしようもない被害妄想なだけかもしれないが。


「うーん……」

「なら頼みなー? ニメアっちゃんは良い子だし、出来る子だからなー。人に全然頼らないけど、クローネちゃんだってディラっちだっているんだぜー? アイリっちは最近、友達100人達成してたぞー? ほら、結構色々できるんだぞー?」

「クローネ……」

「だから、頼れー」

「まさか、あなたにそんなことを言われるとは思いませんでしたよ。ですが、そうですね、お願いしましょう」

「おっまかせー! クローネちゃんにはできなくとも、クローネちゃん以外ならできるかもしれんからなー」

「あなたはできない前提ですか?」

「もちもち、だってクローネちゃんはただのメイドだかんなー」


 いやいや、何をおっしゃるのだ、このメイドさんは。

 たったひとりで聖女の城を清潔に保ち、ご飯を作り、俺の世話をしているこのパーフェクトメイドさんがただのメイドなわけあるかーい。


「でも、どーしてもっていうならクローネちゃんも頑張ってあげんぞー。それだけの金はもらってからなー」

「じゃあ、どーしても」

「え、やだ」


 こいつ……。


「あははは、じょーだんじょーだん。任せろー? で、ニメアっちゃんは何してほしいの?」

「招待客のだれかが、よからぬことを企んでる気がするんですよ。それをどうにか探って止めたいなと」

「ふむ、そりゃ大変。でも、良かったー。クローネちゃん、そーいうの慣れてる!」


 ただのメイドがどうしてそういうのに慣れているのかはわからないけれど、頼もしい限りである。

 それにどうしてそんなことがわかるのか、理由を聞かないでくれるのもありがたい。

 なんだかんだ、もう3年も付き合ってるのだ。

 ふざけた言動だが、真面目に仕事をすることを俺は知っている。


「お、何か褒められた気がすんぞー? もっと褒めれー?」

「クローネはすごいですね」

「んふふー、やる気でてきたー! んじゃ、アイリっちゃん後任せたー!」

「は? ちょ、はああああ!?」


 外に護衛として立っていたアイリスに俺の装飾品をぶん投げて、クローネはどこぞへと走り去っていった。


「……ええと、ニメア様、いったいどうしたというのですか?」

「うーん、ちょっとお使いを頼んだら張り切ったようで」

「はぁ……」

「とりあえず、続きをお願いしても?」

「ひゃ、ひゃい! がんばりひゃす!」


 すごいガチガチに緊張しているのだが、果たして俺の準備は終わるのだろうか。


 ●


 結果から言えば、終わってくれた。

 大分、危ない場面もあったが無事に俺の準備は完了である。


「お美しいです、ニメア様」

「ありがとう、アイリス。あなたも良く似合っているわ」


 儀礼用の騎士服は、凛々しい彼女にはとてもよく似合っている。


「ありがとうございます。儀礼用今回は護衛肉盾としてお供させていただきますので」


 今肉盾って言わなかった……?


「アイリス? あなた、さっき」

「さあ、行きましょう。王陛下がお待ちです」

「アイリス?」


 アイリスはごまかすように先に歩いて行ってしまった。

 俺は肩をすくめてから、それに続く。


 今回の主役は俺なので、俺は王陛下と一緒に会場となっている広間に入場することになっている。


「とりあえず、盾の魔術かけておこう」


 何か毒ガスとか幻覚とかされては困るので、誰にも気がつかれない光の盾を身体にぴったりと張っておく。

 これはあのニュムパの瘴気も通さない、ヴェルジネ師匠から教わった不可視の結界だ。

 大抵のどんな薬品とか攻撃が来ても、これで一応は防げるだろう。


「よし」


 準備万端。

 王様の待つ控室へと入室する。


「おおおお、美しいぞ、ニメアあああああ! お父さんは嬉しいぞおおおおおお!」

「はい、ありがとうございます王陛下」


 入った瞬間、王陛下が狂っていた。

 ふ、流石は俺の美貌。王陛下すら狂わす魔性か。


 などと思えればいいのだが、3年もこのノリに付き合うと流石に面倒くささの方が勝ってくる。

 むしろここまで、無下に扱わない俺ってかなり寛容だと思うのだ。


「お父さんは、お父さんはなぁ、嬉しい! これからは、結婚とか考える時期か……うおおおお、駄目だ、お父さん許しませんよ!」


 本当、残念な王様である。


「はいはい、陛下はそろそろ真面目に緊張モードに入ってください。諸侯たちの前で、そのような姿は見せられないでしょう」


 ただ今日はメリサさんが止めてくれた。

 流石に晴れ舞台ともなれば、この人も真面目なようである。


「ああ、そうだな」


 すって真面目になるな、テンションの落差で風邪をひくわ!


「聖女ニメア、本日は成人を迎えられたこと、心よりの祝福を」


 ほんともう、このモードだとかっこいいんだよな。


「では、参ろうか。皆が聖女ニメアを待っている」


 モードを切り替えた王様にエスコートされて、俺は広間へと入場する。

 煌びやかに装飾された広間には、シックな音楽が演奏されていてザ・パーティーという感じがしていてちょっとうきうきしてしまった。

 大量の拍手と称賛の声を浴びながらの入場は、俺を否応なく舞い上がらせる。


 ただ、その気持ちはその男を見つけた瞬間に萎えた。


 その男は幽鬼のようであった。

 そいつの周囲だけが暗い穴なのではないかと思うほどに薄暗く見えていて、君が悪かった。

 歪んだ笑みを浮かべていて、あのローロパパガイを思わせる。


 そいつ――クソ親父は、ニタニタと俺を見ていた。

 ここにいるすべての貴族らが俺を見ていたが、その中でも別格のねっとりさ加減をともなった視線は気持ち悪い。


 それで俺は確信した、絶対に何かを起すだろう。

 その前に潰すかとも思ったが、今はパーティー中だ。

 まずは段取りに従わないといけない。


 壇上に上がると拍手がやむ。


「本日は日柄も良く、聖女ニメアは無事に成人となった。このめでたき日を祝し、まずは乾杯をしようじゃないか」


 王様がそう言って、皆が手の中の杯を手にしたところで――。


「待ってもらおうか。偽物の聖女に乾杯なんてもったいない」


 そのクソ親父は――ラディウ・ラドーニは動き出した。


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