第5話 なにもない国
時が過ぎるのは早いもので、俺がグレイ王国の王都オルテアにやってきてから5年が過ぎだ。
当然だが、俺は5歳になっていた。
口調もそれっぽく整えて聖女ロールを俺は開始している。
俺が思う最高の聖女っぽいロールである。
侍女さんたちに優しくしたり、所作を丁寧にしてみたりというやつである。
それなりに長いことTRPGをやってきたから、こういうロールはお手の物だ。
恥ずかしさは置いて来た、奴はこれから先の戦いについてこれない。
なんて言うわけではないが、異世界に来て友人がひとりもいない俺にとっては、これがスタンダードになるわけで、恥ずかしさなどまったくない。
知り合いが神様になっていて、俺の痴態を見ているとかだったら余裕で死ねるだろう。
そうじゃないことを祈るばかりだ。
そんな聖女ロールの最中、鏡を見つけて、初めて俺の容姿を見た。
それもう凄かったと言っておこう。
髪は綺麗な白色をしていた。
この国では灰色の髪色が多いが、完全な白というのは本当に珍しいようで、侍女さんなどはしきりに褒めてくれた。
俺はこの髪を大事にしようと心に決めた。
やはり幼少期の褒められは、自己肯定感を高めてくれる。
たぶんすぐガンにも効くようになるだろう。
特別な空色の瞳も宝石みたいで綺麗で、髪と合わせて、とても良く合っている。
自画自賛になるがこれは将来は美少女になることだろう。
いや、美少女にするのだ。
美少女を悪く言う奴はいないだろうし、美少女は何かと得し、聖女とは美しいものだ。暴飲暴食して太った聖女など誰も認めないだろう。
ウェブ小説ではそうだった。
ただでさえ偽物なのだから、女の武器をいかんなく使えるような美少女になっておきたい。
そんな俺の待遇は聖女判定をもらっているおかげで、実に良いものだった。
おそらくだが、この国でも最上の暮らしをさせてもらっているのだろう。
流石に現代には勝てないものの、大抵のことは侍女がやってくれるから俺がやらなくていいし、困ったことがあったらすぐに解決に動いてくれて、欲しいものがあったら大抵のものは揃えてくれる。
あまりにも最高過ぎて、こんな生活が続けるためにも聖女として最強になってやるという気持ちは強くなったほどだ。
なんてったって城住まいである。
男なら一国一城の主を目指せというが、齢5歳にして一城を手に入れてしまった。
これはもう、まごうことなき勝ち組であろう。
1番いい部屋はヴェルジネ師匠――5歳になってから色々と教わることが増えたから師匠と呼ぶことにした――の部屋だが、俺の部屋も十分でかい。
石造りで寒々しさはあるが、高い場所から下々の者を見下ろすのは滅茶苦茶気分が良かった。
前世で金持ちが高いタワーマンションに暮らしていた理由がわかるというものである。
ただそこから見える光景は、あまり見続けたいと思うものではなかった。
グレイ王国の王都はほぼ廃墟一歩手前なのでは? と思うくらいほどでくらいに酷い。
ヨーロッパ風のロマネスクだか、ゴシックだかはわからないが、そんな感じの街並みで現代人としては見ごたえがあるものの、どうにもさびれた商店街のように感じられて仕方なかった。
どうやらこの国、ロクな産業はない上に、俺がこの王都に来るまでに遭遇した、ガリオンやニュムパなどの強大なモンスターの
少し前までは、灰のドラゴンという、モンスターを好んで食べる捕食者がいた。
だが、ヤトゥマという鳥型モンスターに殺されてしまった。
食われる心配がなくなったモンスターたちはこれまでが嘘のように増殖し、テリトリーを広げているのだ。
大モンスター時代の到来である。
そのため、この王都の城壁の外を少しでも歩けばモンスターに襲われる。
ヴェルジネたちと逃げ惑ったあの日々は、この国では日常なのだ。
だから、農耕も最低限であり、輸送もままならないから産業もなかなか難しい。
この国にある特産になりそうなものと言えば、ゲートくらいである。
このパナギア大陸に人が初めてやって来た時から存在する巨大な穴。
深淵と呼ばれるそこに入るためのゲートで、この深淵からは魔術を使うために必要な魔石や気石、オリハルコンやミスリルと言った超常資源が産出されるらしい。
ヴェルジネと俺が住んでいる城の目の前は円形闘技場になっておりその奥にゲートがある。
そこから資源を得て暮らしている。
ちなみに、このパナゲア大陸にはグレイ王国以外にもあと七か国ほど存在していて、その全てがゲートを有しているとのことだ。
だからこれ、どの国でもできるので、実際は特産ともいえないのである。
ガチでなにもない国である。
何もないが極まりすぎて、逆に何かがありそうに思えてくる。
だが、現実は非常である。
なにもない。
うちの国、本当に大丈夫か……?
そんな心配をしたが、深淵自体はとても興味深い。
俺の中の知識で1番近いのがゲームとかにあるダンジョンだ。
歴史書には中には巨大な世界が広がっていたとあるから、おそらく認識的には間違いではないだろう。
城から円形闘技場を見下ろすと、朝からぞろぞろと武装した多くの男たちがゲートをくぐって深淵へと潜っているのを見ることができる。
冒険者とか傭兵とかそういう連中であると侍女さんに聞いた。
もし聖女でなければ、俺は冒険者になって挑んでいたかもしれない。
いやまあ、聖女じゃないんだけどね。なにせ聖女に必要な呪いを浄化の力なんてないから。
今日はちょうど、その浄化の授業だ。
本格的に聖女としてのお勉強が始まる。
「さて、あんたももう5歳だ。そろそろ聖女として浄化の力を使えるようにならなければならないよ。だが、理解なくして実を結ぶものはない。聖女と呪い、浄化について答えな。まずは聖女からだよ」
ヴェルジネ師匠が鋭い目を俺に向けてそういう。
「はい、師匠」
既にそのあたりは最優先で調べている。
聖女を演じるにあたり、聖女の力を模倣することは大前提だからだ。
聖女が持ってる力を使えなければ、俺は確実に偽物認定される。
生活レベルを下げないためにも、何とかしなければならない点だ。
「聖女とは、深淵から戻って来た亡者を打ち倒し、呪いを浄化する者のことです」
この国唯一の産業、生命線ともいえるあの深淵には酷い落とし穴というか、罠があった。
あの深淵に長い時間、潜り続けると人は呪われるのだという。
そして、深淵に呪われた者は変態し、モンスターのような姿に変態する。
その頃にはもう人であったことなど忘れ、発狂し本能のままに暴れるそうだ。
そうなった者を亡者と呼ぶ。
亡者は呪いがある限り不滅の存在だ。
斬っても、焼いても、潰しても再生する。
そんな亡者はどういうわけか深淵の中から這い出してくる。
帰巣本能なのかもしれない。
そんな戻って来た亡者を滅することができる唯一の存在が呪いを浄化する力を持った聖女なのだ。
そんな感じのことを諸々言えば、ヴェルジネ師匠の表情に乏しい顔のまま頷いて次は呪いだよと促してきた。
俺は、図書室で読んだ知識を整理しながらゆっくりと答えた。
「呪いは、深淵の中に満ちた力です。人や物を侵食し、最後には亡者へと変態させてしまいます」
ここからは俺しか知らないことかもしれないが、なんとこの呪い、実は深淵の中だけにあるわけではない。
俺が生まれた時から見ていた、あの白いもや、あれこそが呪いの正体だったのだ。
深淵から延々とわき出しているらしい。
だから、この世界のどこにでも呪いは存在している。
ヴェルジネ師匠が亡者と戦っているのを見学させられたことがあるのだが、その時亡者から噴き出していたものがあの白いもやだった。
俺の魔眼によれば、完全に同一のものって感じだ
つまり人が魔力の元とか言って無意識にありがたそうに使っているものと、自分たちを苦しめているものは同一のものなのである。
知らぬが花であるとは、このことであろう。
それとこの呪いは、ニュムパとかも纏っていたりしたので、強力なモンスターは呪いにより元となる生き物が変態した姿なのかもしれない。
この事実を公表したらノーベル賞とかいけるんじゃねと思ってノートにまとめようとしたのだが、こんなんお知らせしたら聖女候補だろうと異端で殺されるんじゃないかと寸前で気がついてやめた。
モンスターの方は亡者と違って、まだ普通の人でも倒せる。
おそらく呪いの濃度の問題で、濃いほど不死性が高くなるのだろう。
といっても図鑑を見る限りどのモンスターも限りなく不死に近いとかいうレベルの生命力を持っているから本当にこの世界過酷すぎる。
それでも深淵に潜らなければならないのがこのグレイ王国の現状。
なにもないというのは辛いことである。
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