第6話 浄化の力



「では、浄化は?」

「呪いに囚われ、現世を彷徨う英雄の魂を天へ帰すことです」


 きれいごとではあるが、一般的に聖女の浄化とはこう思われている。

 もちろん本当は違うと既に知っている。

 ここで初めてヴェルジネ師匠が否定の言葉がでてきた。


「違うよ。そいつは青の国カエルレウスの言葉さ。カースラアナ教は一般的だが、私は好きじゃない」


 カエルレウスはパナゲア大陸8大国家の1つで、カースラアナ教を進行する宗教国家だということは図書室で呼んだ。

 カースラアナ教の総本山で、色々とヤバイ噂もあるのだとか。


「浄化なんてものは所詮、破壊と同族殺しさ。亡者になって戻って来た男を浄化したと言えば聞こえはいいだろうが、殺しただけ。呪われた物品を浄化したんじゃない、破壊しているんだよ。呪いごとね。きちんと自分のやってることを認識しておきな」

「…………」


 そこまでスパスパと本当のことを言われると、俺としてもどう反応して良いか困る。

 ヴェルジネ師匠が言った通り、聖女による浄化とは言っているがその実、消滅だ。

 俺だってわかっている。

 けれど、こどもっぽくきれいごとを言った方がいいかなと思っていってみたわけだ。


 ただ、本当の事実は呪われたものを浄化すると、浄化された存在は砂のようになって消滅する。

 人だろうと物だろうと関係ない。 

 だから、聖女は裏では処刑の聖女、同族殺しの聖女、介錯の聖女などと呼ばれたりする。


 そんな良いものではなかったが、ないと困るものでもある。

 深淵に潜らないという選択肢はなく、亡者は際限なく溢れ出してくる。

 これを浄化できるのは聖女しかいないのだ。


 だから、好待遇で迎えられるし、聖女を輩出した家には様々な特権が与えられる。

 うちのクソ親父が狙っていたのはこの特権だ。


 まあ、俺は、聖女ではないのだが。

 というわけで、俺の目下の目的はこの浄化を何とか再現、あるいは別の方法で浄化したように見せかけられないかということである。


「それじゃあ、まずは物品の浄化を見せようか」


 ヴェルジネ師匠がテーブルの上に呪われた石を置く。

 石は呪われると、なんだかトッキントッキンに尖る。滅茶苦茶尖る、それはもう尖る。

 なんでこんなに尖るの? レベルで尖る。刺さると痛そう。完全にウニ。

 そんな石の前に、ヴェルジネ師匠は手をかざす。


「浄化」


 俺は目を皿のようにして見ていた。

 次の瞬間、呪われた石は消滅していた。


 ………………。

 ????????

 え、今何が起きたの?


「も、もう1回お願いします!」


 何もわからなかったので、もう1回を要求。

 仕方ないねとやってくれたヴェルジネ師匠に感謝である。


 しかし、もう1度やっても特に呪いの動きはない。ただ不可視の力によって呪いが消滅する。

 呪われた石は、呪いの消滅と同様の運命を辿る。


「うむむむむ……」

「なんだい、難しい顔をして」

「いえ……」


 ヤバイぞ、原理がわからないものをどうやって再現しろというのだ。

 再現できない可能性がでてきた。

 早々に別の方法を探した方がいいかもしれない。

 とりあえず、色々実験したい。

 呪われた石を弄りたい。


「師匠。呪われた石って他にもありますか? ちょっとよく見ておきたくて」

「駄目だよ、玩具じゃないんだ」


 ヴェルジネ師匠は意外にも過保護だ。

 俺が図書室で、上の方の本をとろうと、棚をよじ登ろうとしたり、罰当たりだが本で階段を作ろうとしたら、どこで見ていたのか知らないが、即座にやってきて止めてくる。

 だから、呪いの品を観察するという子供には危ない行為を、早々許可してくれない。


 だが、ここで諦めたら俺の人生は詰む。

 可愛らしく上目遣いと、ちょっと潤んだ瞳を使用してお願い攻撃を喰らえ!


「お願いします! ちょっと観察するだけにしますから、お願いします!」

「……はぁ、仕方ないね」


 そして、何だかんだ甘いのだ、この人は。

 必死に頼み込むと、やってくれる。


 厳しく冷たい人なのかと思っていたけれど、この5年でこの人はそういうだけの人じゃないということもわかってくる。

 最終的に、弱い呪いの石を俺の前に置いてくれた。


 さて、あとはどうにかこの過保護なヴェルジネ師匠がいなくなってくれると助かるのだが。

 そんな俺の願いが通じたのか、鐘の音が響き渡りヴェルジネ師匠が立ち上がる。


「亡者だね。やれやれ、最近は多い」


 ヴェルジネ師匠が言った通り、鐘の音は亡者の出現を伝える警鐘だ。


「行ってくるけれど、変なことをするんじゃないよ」

「はい、師匠」


 はい、もちろん、します。

 ヴェルジネ師匠は、一瞬迷ったようだが、そのまま闘技場の方へ向かっていった。


「さて、実験実験♪」


 ついに1人になった俺は実験を開始する。

 俺の今後が決まる実験だ。

 何かしら突破口を見つけたい。


 まず、浄化であるが、どんな原理なのか俺の目を通してみてもわからない。

 魔術とかなら俺の目は、見逃さない。

 この空色の綺麗な瞳は素敵な魔眼なのであるが、聖女の浄化はまた別の法則で動いているっぽい。

 それこそ神様とかそういうものが本当に力を授けているのかもしれない。


 だが、そこで諦める俺ではない。

 この素晴らしい生活を続けるために必要ならば喜んでやるとも。

 あと師匠に駄目なところ見せたくないし、すごいと思われたい。

 ちやほやされるのめっちゃ気持ちいい。すごくちやほやされたい。


 だから、やるぞ俺。

 それにこの国、娯楽の類もほとんどないからこういうことばかり考えるし、本の虫になるというものだ。


「とりあえず、呪いを抜いてみよう」


 呪いさえどうにかなればいいと思うので、この石から呪いを抜いてみることにした。

 いつものように操ろうとする。


「ぬぎぎぎぎぎぎ!?」


 しかし、石にくっついた呪いを引きはがして捨てようとしたが、無理だった。

 接着剤でガッチガチに固めた上に、ガムテープでさらにぎゅうぎゅうに締め付けているかのようだ。


 どんなに動けと意思力を動員しても、まるっきり動かない。

 引いてダメなら押してみろとか、かなり格闘してみたが呪いは動かなかった。


 結論、何かについた呪い、つまり亡者化したものから呪いを引っぺがすことはできないということだ。


「え、詰んだ……?」


 いやいや、待て落ち着け。

 まだやっていないことがあるはずだ。

 クールになって、前世のアニメやゲームを思い出そう。


 この身体になってから記憶力が上昇してるおかげで、俺は前世のことも、この世界に来てからのことも良く思い出せる。


 とりあえず、呪いについてだ。

 色々と呪いを題材にしたアニメやゲーム、小説とかはある。

 それらから知識を拝借しよう。

 もしかしたら、何かしらのとっかかりとかきっかけにはなるかもしれない。


 そうして思い至ったことは、呪いは引っぺがすモノじゃないというものだった。

 呪いは移したり、封じたり、引き受けたりするものだ。


 無理矢理に動かそうとしたのが、悪かったのかもしれない。

 呪いそのものを掴むことはできているのだ、その状態でその呪いを自分へと移せるか試してみた。

 俺は血を吐いてぶっ倒れた。


「ごふっ!?」


 結果として、呪いを移すことには成功した。

 だが、その瞬間、身体の中を直接ぶん殴られた衝撃を受けた。


 身体の中で呪いが弾けたようなのだ。

 意識が遠のきかけたが、ここで倒れるわけにはいかないと歯を食いしばる。

 それから呪いの石を見て驚いた。


「元に戻ってる……」


 呪われた石は普通の石に戻っていた。

 呪われた証拠である白いもやは完全に見えなくなっているし、尖っていたはずの石は普通の丸い石になっていた。


「お、おおおおお!」


 ヴェルジネ師匠たちが思っているものとは違うだろうが、呪いを解くことができる。

 そして、呪いを浄化しても呪われた物品は消滅しない。


 これは他の聖女にはない、呪いが見えている俺しかできないアドバンテージになるはずだ。

 俺だけの価値って奴だ。

 それがあれば、偽物とバレても何とかなるかもしれない。


「問題は、こほっ。何かもう凄い衝撃ですね……」


 幸い、呪いの量が少なかったからなのか少し血を吐いただけですぐに回復したが、これより多い量の呪いとかだったら、どうなるかわからない。

 全身の穴という穴から血を出して死ぬかもしれない。

 あるいは亡者化するか。

 それだけは不味い、どうにか対策をしなければ。


 ただ、道を見つけたことは確かだった。


「でもこれなら……」

「これなら、なんだって?」

「げっ、師匠!」


 いつの間にやら背後にヴェルジネ師匠が立っていた。

 これは不味いと思ったのが運の尽き。

 こういう時は素知らぬ顔をしておいた方が良かったのだ。

 ヴェルジネ師匠は絶対に、こういう心の動きを見逃さない。流石年の功。


「何かやらかしたね、見せな」

「な、なにもして――「見せな」――」

「はい……」


 ヴェルジネ師匠の圧力に負けて、俺は呪いを浄化(偽)した石を見せた。


「この石は何だい」

「呪いを浄化しました……」

「浄化ね……なら何でこの石は残ってるんだ。いや、ちょっと貸しな」

「……はい」


 呪いを解いた石をヴェルジネ師匠に手渡す。

 ヴェルジネ師匠はそれを眺めてから、テーブルに置く。


「浄化」


 それで浄化をやったらしい。

 俺には何をしているか見えなかったが、石はそのまま残っている。


「呪いはないね。もう1度やれるかい?」

「たぶん……」


 そういうわけで俺はもう1度、石の呪いを自分へ移すことで浄化してみせた。

 内臓を揺らす衝撃は、気合いで耐える。

 ここでバレたら、ヤバイから必死にポーカーフェイスを保つ。

 昔から我慢することには慣れている。頑張れ、俺、この生活の為に!


 幸いにもヴェルジネ師匠は尖っていた呪われた石が普通の石に戻っていく過程に目を奪われていたおかげで俺の様子には気がつかれなかった。


「あんたの浄化は、呪われたものを壊さないようだね」

「た、たぶん……」

「ふん、酷い顔色だ。そう何度も使えないんなら、浄化の訓練はもう少しあんたが成長してからだね」

「はい……」

「今日はここまでだ。部屋で休みな」

「はい、ありがとうございました。師匠」


 俺は頭を下げてさっさと自分の部屋へ行く。


「ごっふぁ……」


 そこで我慢していた血を吐いた。

 もう無理、限界。


「げほ、ごほっ……これは、早く対策しないと……」


 俺の次の目標は、この浄化をなんとか使えるようにすることになった。

 そして、その方法は意外にもすぐに判明した。

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