第54話 解せぬ
◆
私は今、生まれて初めて恋をしている。
自分の気持ちに気付いたのはつい最近なのだけれども、気付く前と後では世界の見え方がまるで変ってみるのだから面白い発見だ。
そう、言うなればワンランク上の世界、大人の世界へと登ったのだと言っても過言ではない。
それも、数段は登った気がする。
「ねぇ、なんだかお母さんがすました顔で外を眺めているんだけれど?」
「いいからほっときなさい。 あの表情をしている時の人に絡まれるとマジで面倒くさいから。 それが例えお母さんでも」
あぁ、私の後ろでは迷える子羊達が、詳しくは聞き取れないのだが恐らく私の事で雑談をしている声が聞こえて来る。
その内容から恐らく彼女達はまだ『恋』を知らないのだろう。
可哀そうな人達である。
でも、今まで私も『恋』というものがどういう感情なのか分からなかったので、今の私を見て彼女達の戸惑う気持も痛いほど分かってしまうので、不思議と怒りは沸いてこない。
できれば彼女達にも『恋』という、とても素晴らしい感情を教えてあげたいのだが、こればかりは他人がどうこうできる事でもなければ、そもそも相手がいなければ始まらないのだから残念だ。
しかしながら『恋』を知ってしまった私の方が『恋』をまだ知らない彼女達よりも大人なので
長い目で見守ってあげなければと思う。
「ねぇ? 殴っていいかしら?」
「ダメよ。 我慢なさい」
「でも、あの顔は明らかに私達を『恋も知らないお子様達。 私は恋を知った大人の女性』って顔に書いているわよっ!」
「よくよく考えてみなさい。 今ここで指摘してあげるのと、後々自分で気づいてしまうのと、調子に取っていた時期を思い返した時、どちらがより濃い黒歴史として昇華しているのかを。 私には今のお母さんは『どこまでも深い漆黒の色をした黒歴史の蕾にみえるのだけれども、貴女にはその蕾が見えないかしら?」
「み、見える。 そして家で恥ずかしさのあまり悶え苦しむ未来のお母さんの姿も、それはもう鮮明に見える程には見えるわね……」
「でしょう? その蕾、一緒に育てよ?」
「うん。 育てようっ。 そして思う存分、私たちの気が済むまで慰めてあげようっ!!」
友達である森嶋千秋と田中美奈子が聞こえない程度でごにょごにょと二人で話したかと思うと、何故か彼女達は私の事を可哀想な人を見るような、それでいて生暖かい視線を私の方へ送ってくるではないか。
それも、私の方が『恋』を知らないお子様のような表情で。
解せぬ。
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