一部 魔女選考  若人たちの純情

一章 恋する二人

2

 木漏れ日のきらめきと、波打つ湖の輝き、そしてそれをつなぐ涼風がそこにはあった。全てが澄み渡り、生命の息吹を感じさせる。小鳥たちのさえずりの中に時折混じったひそひそ笑い、花の香りに潜んだ少女の髪の匂い、秘密めいたその場所はどうやら、二人のお気に入りのようだ。


「ねぇ、見た? デリシアス先生の怒った顔ったら。まるで膨らんだねずみみたい」

「もう、ニアったらそんなこと言うもんじゃないわ」

そう言いながらクスクス笑う。


「先生を揶揄からかったりしちゃだめよ」

「あのかたはただの魔導士だもの。私たちのような魔女と張り合おうたって無駄よ」

「その言葉は使ってはダメ。私たち、もうすぐ魔導士ギルドに加わって、魔導士として生きて行かなくちゃならないのよ」


「ねぇ、マリ、もしそうなっても、マリはずっと私のお友達でいてくれるわよね?」

「当り前じゃないの、ニア。あなたも私のお友達でいてくれるでしょう?」


 魔導士学校の黄金こがね寮の裏庭、ヒイラギナンテンに囲まれ取り残されたようなそのベンチは、誰にも知られずひっそりと、そこに佇んでいた。二人がそれを見つけたのはほんの偶然、ヒイラギナンテンの茂みに降り立ったコマドリを追いかけ、繁みを掻きわけた時だった。


 それ以来、そこが二人の隠れ場所となり、内緒話に興じる場所となった。時々誰かがすぐ近くを通るけれど、そんな時、息を潜めるのも楽しみの一つだった。


「それより、マリ。白金しろがね寮のビルセゼルトって知っている?」

「ビルセゼルト? あぁ、赤髪のビリー、白金寮のトップで、数年後には魔導士ギルドの長になるって噂の?」


「そう、その彼からね」

ニアがくすくす笑う。

「手紙をもらったのよ」


「! ほんとに……ニアはモテモテね。これで何人目?」

驚きを隠さないマリにニアは得意げな笑みを見せる。

「何人目かなんて覚えてないわ」


 マリとニアは魔導士学校の中でも目立った存在だった。近年稀に見る逸材と言われ、近々西の魔女が引退するという噂は、二人のうちどちらかがその後釜に座るのではないかと言う噂を生んだ。


 魔女の力は生まれ持った力と、後の努力で会得した知恵と技術で決まる。知恵と技術を習得するための魔導士学校での二人の生活も、その終わりが迫っている。


「それで、お返事はどうするの?」

マリが優しい笑顔でニアを見つめる。

「いつも通り、一回くらいはデートしてみるの?」


「うん、そうね、一回くらいはね。でもビリーならオーケーしてもいいかな、とは思ってる」

うっすら頬を染めてニアが言う。

「彼なら私の力にもついてきてくれるだろうし、それに……」


「ハンサムだしね?」

マリはくすくす笑いを隠さない。

「もう、いやなマリ」

顔を真っ赤に染めながらニアが応戦する。


「マリはどうなの? 魔導士学校を出てからじゃ、なかなか相手を見つけられないってママが言ってたわ」


 魔女や魔導士は大抵同業者と結婚する。中には市井の者と結ばれる魔導士もいるが、それは大概が男の魔導士であり、もともと市井の者であり、魔女ではなかった。魔導士の生活や仕事は余りにも大きく市井の人々とかけ離れているし、市井には魔導士の力を恐れている者も多い。


 そして魔導士学校を出た後は、街の魔導士となるか、誰かのお抱え魔導士となるか、勇者のパーティーに参加するか、あるいは流れの魔導士となり時折飛び込む依頼をこなすか、それが生業となっていく。


 中でも選ばれた者のみが東西南北の魔女の許、その配下となったり、あるいは魔導士ギルド、その傘下の小ギルドに留め置きとなり、その業務を熟していくようになる。


 つまり同業者と会う頻度はひどく少ない。同じ年頃が多く集まる魔導士学校の生徒の内に結婚相手が決まらなければ、なかなか相手を見つけられず晩婚になる傾向だ。


「私? なんだかピンと来なくて。ニアみたいに美人じゃないから、誘われることもないしね」

「マリは温和し過ぎるのよ。誘っても、振り向いてくれそうもないから誘って貰えないのよ」


 そろそろ夕飯の時間よ、食堂に行きましょう。二人は辺りに人のいないことを確認してから、こっそりと繁みから抜け出していった。

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