憧憬のエテルニタス

寄賀あける

1

 西の魔女マルテミアの城ではその日の夜明け、迫りくる戦火の中、魔女や魔導士たちが慌ただしく動き回っていた。ある者は城への保護術を強化し、ある者は来るべき戦闘に備え、そしてある者はマルテミアの難産を見守っていた。


 三日も続く陣痛の中、マルテミアの体力は限界に近づき、かと言ってたとえ魔女であろうと、魔導士であろうと、こればかりは自然の摂理に逆らえず、ただマルテミアを励まし、腰や腹をさすり、少しでもその苦痛を和らげようと必死だった。


 マルテミアの夫、魔導士サリオネルトは城中を駆けまわり、采配を振るっていた。妻の傍にいてやりたい、そんな個人的な思いは、今は叶えようもない。城を守ること、それは妻を守ることでもある。敵はこちらの隙を伺っている。その気配はますます強くなっていくばかりだ。守護魔女マルテミアの力が出産により弱まった西の陣地の守りは緩み、攻め込む好機となっていた。


 マルテミアの出産は予想外の難産となり、魔導士ギルドでさえも慌てさせた。北の統括魔女ジャグジニアの宣戦布告は七日前に予告され、魔導士ギルドに西の魔女マルテミアの夫サリオネルトの処刑を望み、拒否すれば西の魔女の居城に攻め込む、といったものだった。


 サリオネルトの罪状は認められないとしたギルドは北の魔女の要求を拒み、宣戦布告を受ける選択をしている。当然、ギルドは多くの魔導士を投入し、西の守りを強化したが、かなめの西の魔女が機能しない今、その強化は虚しいものだった。南及び東の魔女は配下の魔導士を使い西の魔女を支援したが、統括魔女の陣地内へ他の統括魔女は手を出すことができず、見守るほかなかった。


 東西南北に魔女を置き、それぞれが各々の陣地を守護した。陣地における魔女の権力は絶大で、何者も逆らえない。それぞれの魔女は、魔女ギルドと魔導士ギルドの合議で選出していた。その時々の、力の強い魔女が選ばれている。マルテミアもジャグジニアもそうして選出された統括魔女だ。


 攻め込んでくるのは北の魔女ジャグジニアであり、マルテミアとは旧知の仲、むしろ盟友であった魔女、しかもそれぞれの夫は親友同士、それがマルテミアの夫の命と、今まさに生まれようとしている子の引き渡しを迫って戦渦を起こした。


 そして魔女ギルド、魔導士ギルドを合わせた力をも凌駕すると言われる示顕じげん王の目覚めが目前に迫っていた。北の魔女の狙いの中に、その目覚めの阻止もあるだろう。


 そもそも生まれながらに神秘力を操る力を持つ魔女と、ただの人間が知恵と技術で神秘力を扱えるようになった魔導士ではその力は雲泥の差だ。数で大きく上回っていなければ魔導士ギルドは魔女ギルドと対等な話し合いなどできないだろう。


 そして現状、双ギルドが協力体制でいるのは魔女ギルドと言えど魔導士の協力がなければ持続していけない面もあるからで、魔女を守護することで、魔導士ギルドは魔女の力を利用していたからだ。


 魔導士の名のもとに魔女は守られていた。そもそも理由はわからないものの、生まれ持って神秘力を扱える力がある男児は五歳の誕生日を迎えることがなかった。力が己さえも滅してしまうのだ。ギルドはそんな男児を見つけた場合、すぐに力を封印した。封印によって男児は天命を全うすることが可能となる。


 通常女児は封印する必要はないものの、なかでも特別強い力を持つ者はやはり力を封印されたが、自ら力を制御できる年頃になれば、その封印は解かれるものだった。


 魔導士よりも強い力を生まれつき持つ者が存在する、しかも女性に限られる。その事実は市井の人々、つまり神秘力を扱えない人々に不安を与え、迫害の対象となることだろう。


 魔女の存在は隠さなければならないものとなり、魔女は女魔導士を名乗りその存在を消した。いつしか魔女の存在は市井から消え、人々の口に上ることもなくなった。


 そして示顕じげん王、数百年、数千年に一度、男児でありながら神秘力を操る絶大な力を生まれ持ち、しかもその力で己を滅ぼすこともない。


 来るべき災厄を鎮めるために現れる存在であったが、前回の出現は遥か昔、古文書の記述を読み間違え、示顕王こそが災いと思いこむものも多かった。その目覚めが目前と言われていた。


「サリオネルト様!」

 城の最上階、鐘楼を兼ねた搭屋で周囲に意識を張り巡らせていたサリオネルトに話しかける者がいた。

「待っていたぞ、ブランシス」

サリオネルトは監視の目を緩めることなくブランシスに答える。


「城に残る者はいないな?」

「はい、無事にそれぞれの目的地に着いたと思われます」

そうか、それは何よりだ。サリオネルトが安心する。


「じきに夏至の刻となる。それと同時にこの城は落ちる。おまえは生まれた子を守って逃げろ。私はこの城を守り、できる限りの時間を稼ぐ」

「どうか、サリオネルト様もご一緒に」


「それは無理というもの。夏至の刻が訪れればおまえにも判る。必ず南の魔女の許に逃げるのだよ」

 サリオネルトがブランシスに微笑みかける。


「今回は私たちの負けだ。我らは後手に回り過ぎた。北の魔女は魔女ギルドにも魔導士ギルドにも知られることのないうち、魔女ギルドを分断している。東西南北、どこの配下にもなっていなかった魔女たちを集結したようだ」

サリオネルトが舌打ちする。


「ジャグジニアがスナファルデにそそのかされようとは。あれではホヴァセンシルも手の打ちようがなかっただろうね・・・ジャグジニアは友人だった、私と妻の。私たちをどうやら恨んでいたようだ。何が恨みを呼んだのか、私には覚えがないが、人の気持ちとは計り知れぬもの」


「お二人を恨むなど、逆恨みではないでしょうか。ジャグジニア様には、お二人に恩こそあって、恨みなどありようもない」

「恩、とは私たちがジャグジニアを北の魔女に推挙したことか? 考えようによってはそれも恨みの原因かもしれないよ。今思えばジャグジニアの誇りは高い」


「ジャグジニア様のプライドを傷つけた?」

「そんなこともあろうかと言う話。どちらにしろ、恨みをいしずえに、ジャグジニアはどうやら悪魔に魅入みいられた。西の放棄はもう動かない。東と南を維持し、いずれ北の魔女に取りついた悪魔を撃つ。悪魔を放置してはいけない。ギルド長にしっかり伝えるのだよ」


 サリオネルトの指示に、ブランシスが大きく頷く。そして問う。

「悪魔とは?」

いにしえの力だ。私も文献でしか知らぬ。だが、北の魔女はその存在をこれ見よがしに私に示してくる」


 その時、サリオネルトがピクリと動いた。

「あ……マルテミアに何かが起こった」


夏至を迎えるこの日、太陽が中天に至るには、まだ数刻残っていた。

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