3
いつもの隠れベンチから、今日はめそめそ泣き声が聞こえる。
「私、ビリーに振られたのよ。信じられない」
泣いているのはニアだ。
「向こうから誘ってきたからデートしてあげたのに」
マリはゆっくり、傷ついた友人の背を撫でている。
「それなのに、一度デートしたきり、いくら待っても二度目の誘いがない。ずっとキミに憧れていたんだよ、って言ってくれたのに」
泣き崩れたニアの背中を抱きかかえるようにマリが慰める。
「だから私、自分から行ったの。たぶん図書館にいるだろうと思って。そんなことをデートの時に言っていたから」
そしたら、なに? ビリーはいない。ビリーの友達がニヤニヤ笑うだけ。
「ビリーはね、今、一年生の女の子に夢中だよ、って」
そう言って号泣するニアをマリはおろおろ見守るだけだ。やっと少し鎮まったニアが続ける。
「やっと見つけ出して、私、ビリーに詰め寄ったの。手紙は嘘だったの? って。そしたら『キミは僕が思っていたような人ではなかった』って。『キミのような我儘なお嬢さんには付いていけない』って、私、言われたのよ?」
またも号泣が始まる。それが治まるのを待ってマリが慰める。
「ビリーは女の子を見る目がないのよ」
思っていたような人ではなかったって、どんな人だと思っていたの? 我儘なお嬢さんって言うけれど、ニアが我儘なら、我儘じゃない魔女なんていないわ。それを受け止める度量もないのよ。どうせニアの綺麗な顔に魅かれただけで、綺麗な子なら誰にでも言い寄るのよ。
「そ、それがね……」
今度ビリーが追っている一年生の子ってね、普通に可愛い程度、それに、それこそ我儘らしいのにビリーはそれを笑って楽しんでいるのですって。
「しかもその子は全くビリーを相手にしてないのに『いつか僕の妻にする』って宣言したって。私、惨めすぎる」
「ねぇねぇ、ニア。ビリー程度の男なら、いくらでもいるわよ。ニアならもっといい人がいる。お願いだから泣かないで」
ニアが泣くと私も苦しい……マリの言葉に、やっとニアも顔を上げる。
「ありがとうマリ。何があってもマリだけは味方でいてね」
もちろんよ、と答えるマリの首に腕を回し、ニアはまだ泣いているようだった。マリはそれを黙って受け止めていた。と、その時。
二人の頭上でバキバキと音がし、ドサッと少し大ぶりのマグノリアの枝が落ちてきた。花も葉もパラパラと降ってくる。見上げると誰かが枝にぶら下がり、こちらを見降ろしている。すると次にはスッと地に降り立った。
「ごめん、盗み聞きするつもりは……」
わーーーっと再びニアが号泣する。ベンチに突っ伏して、今まで以上に猛烈だ。他人に聞かれたことがかなりショックなのだろう。
「ニア、しっかりして」
マリはおろおろするばかりだ。
木の上にいたのは見慣れない顔の、同じくらいの年の男の子だった。
「枝で昼寝していたんだけど、急に君たちが来て……出るに出られなかったんだ。済まないね」
なるべく気が付かれないよう退散しようとしたんだけれど、つい手元が狂って枝が折れてしまった。
「あーあ、くっきり青空が見える。せっかくの木漏れ日が台無しだ」
男の子は上を見てから枝を拾うと、それを上に投げた。すると枝は元の場所に繋がっていく。見ていたマリが息を飲む。呪文もなしの再生術は今まで見たことがない。
「そうそう、聞いてて思ったんだけどね。泣いてばかりのそこのキミ」
男の子が急にニアに話しかけた。ニアは聞いているのかいないのか、泣き続けている。
「その、ビリーって男をさ、キミはそんなに好きだったのかい? 一度、デートしてあげたって言っていたよね。そこまで好きなようには聞こえなかったんだけど」
だったら、そんなに泣かなくてもいいんじゃないか?
するとニアが急に泣き止みスクっと立ち上がり、指さしながら男の子に詰め寄った。
「私はね、今までフラれたことがないのよ。その私をビリーは振ったの。許せるはずないでしょ!」
「なるほどね」
クスッと男の子が笑った。
「確かにキミは美人だ。フラれたことがないのも無理もない。だけど、これで振られた時の気持ちを知れたってことだね」
「! 今まで振ってばかりの私がいけないっていうの?」
また泣き出しそうなニアに
「違うよ」
とさらりと男の子が言う。
「経験は人を豊かにする。キミを更に美しくする。次に出会う人はきっとキミを離さない」
ニアは男の子に向けた指をそのままに、呆然と男の子を見詰めた。男の子は穏やかな笑みをニアに向けている。そして、その笑顔を今度はマリに向けた。
「キミは穏やかで我慢強い人だね。そして優しい。おろおろしながらも友達を懸命に慰めていた。ねぇ、僕と付き合わないか?」
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