第10話 普通にまずい大事件

 ファイリングされたプリントの束をパラパラめくりながら話す飛鳥は、一気に副会長モードになっていた。


「このプリントね。こほん。学校の決定、それは……!」


 それは!?


「ん。おはよう。……あれ、飛鳥?」

「ええ!? アリスなんでここに!?」

「転校してきた」

「どええ!? そうだったの!? 言いなさいよね! ビックリしたあ……」

「えへへ。サプラーイズ」

「まったくもう。あ、このお菓子食べる? アリスの分まであるわよ」

「いいの? ありがとう」

「構わないわよ――って、違う!」

「ひゃあ! び、ビックリした……」


 一人で勝手に忙しなく動いている飛鳥を俺たちは生暖かい目で見ている。世話焼きな飛鳥の性格が存分に発揮されたな。

 アリスだけは猫のように体をピンとして驚いていた。


「全く! 真面目な話なんだからね! みんなふざけないでよ!」

「いや、お前が一番ふざけて」

「お黙り」

「消えし!」

「ああ! 山元の口に黒板消しが!」


 飛鳥がどこからか取り出した謎の黒板消しで喋るのを妨害された。まあ、今に始まった攻撃方法じゃないからこのままでいいや。


 スルーする三人と違って、アリスは心配そうに俺を見ている。

 大丈夫? なんて言いながら俺の口に刺さった黒板けしを抜いてくれた。良い子だ。


「実はね、保護者からのクレームと学校の先生方の会議でね、オカルト研究会を廃部にする話が出てるの」


 やばい。思ったより深刻なのが来た。


「ええ!?」


 最初に反応したのは鈴音。続いて孝宏も驚きを露にしていた。

 アリスも同様にショックを受けたように目を丸くして固まっていた。


 友華だけはその話を知っていたらしく、無言で飛鳥を見ている。


「ごめんなさい。いつもは、こんな話すぐに無下にしてるんだけど、今回ばかりは厳しかったわ。その、どうしょうもできない理由で……」


 申し訳なさそうに飛鳥は顔をしかめた。

 先ほどまでおふざけた空気が流れていた部室内は、凍りついたように静かになっている。


「友華ちゃんや飛鳥ちゃんがどうにもできないって、そんなことあるの?」

「うう……。一体どんな事が……」


 鈴音の疑問に飛鳥がプリントを見ながら答える。


「この部活の問題は二つよ。その、聞きたい?」


 何故か飛鳥が前置きしてくる。目を細めて申し訳なさそうにしていた。飛鳥もオカ研にはたまに来ているので、無くなってしまうのは名残惜しいのだろう。


 飛鳥の質問の答えはみな同じだ。逆に理由も知らずに一方的な廃部なんて勘弁だ。

「もちろんだよ!」と鈴音も挙手して賛成している。


 部室内に漂っている重苦しい空気。それを払拭するかのように孝宏が立ち上がった。


「いつもは友華ちゃんに任せきりだからね。たまには僕らも役にたてるよう頑張るよ!」


 二人はやる気のようだ。


「俺もいつも世話になっている分、何か協力できることがあれば手伝う」


 みなと顔を合わせる。孝宏や鈴音の瞳からは不可能なんて無い、俺たちならなんだって出来る。そんな互いへの信頼を感じた。

 これまで一年間、俺たちはこの部活で切磋琢磨してきたんだ。


 みなで考えれば超えられない困難なんて無い。こんな問題ごとの時ほど、こいつらは頼もしさを発揮するのだから。


「その一、活動実績がない。その二、規則で最低でも設立に四人は必要なのに何故か三人で申請が通っていて今も部員が三人のみであること。以上よ。」


 頭を抱えて蹲った。

 全員。


「む、無理だ……。俺たちでどうにかできる問題じゃない」

「うう……。活動実績は、放課後ちゃんと集まっているじゃ、ダメ?」

「可愛く言ってもダメよ」

「ごめんね皆。まさか、創部するときの不正書類が今になってバレただなんて、予想外だったわ」

「確かに、こればっかりは厳しいな……」

「友華ちゃん、どうにか出来ないの?」

「こ、こうなったら。今すぐにでも水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素を集めるのよ! それで部員を作れば――」

「落ち着け友華。そこじゃないだろ」


 暗い雰囲気の部室。アリス以外の全員が頭を抱えてげんなりしている。

 こうなったら、俺が入部するしかないのか。


 訳あって今まで入部はしていなかったが、それで廃部になるのなら流石にその案も考える。誰一人として強要してこない辺り、俺に気を使ってくれているのだろうな。

 よし、ここは潔く入部を――。


「あ、そうだった。部長さん、これお願いします」


 横に座っていたアリスが思い出したように立ち上がって、鞄からプリントを取り出し部長席の上に置いた。

 友華がそれを見て今までに見たこともないくらい目を見開く。完全に予想外のことが起こったといった顔だ。


「え!? これって!」

「入部届け。先生からの印鑑は貰ったから、後は部長さんのサインが必要だった。ごめん、これを渡しに来てたの忘れてた。」

「あ、アリスちゃんがオカ研に!? やったあ! 俺この部活入っててよかったあ!」

「アリスちゃん入るの!? 嬉しい!」

「え! いや! ど、どうして!? こんな部活に!?」

「おい部長」


 完全に取り乱して変なことを口走っている友華だが、アリスの行動はそのくらい突拍子がないことだった。


 サッカー部や野球部のように前の学校でやってたから入ります、という理由ならわかる。だが、前の学校でオカルト研究会だったのでこの学校でも入部します、なんてやつ全国探しても存在するかわからない。


「どうしてって……。山元がここにいる時が楽しそうだから、かな。」


 顎に指を当てて思い出すように話すアリス。

 楽しそうって……。一回しかここで会ったことはないだろ。


「それと、個人的に……幽霊に興味があるから」


 清んだ瞳で友華を見据える。

 幽霊への興味。それはきっと、以前の自分の状態の謎がわかっていないからだろう。結局あれだけ嫌がってたのに、一度体に入ってしまえば普通に動けたし、その後幽霊として体から出るなんてことも出来なかった。


 夢のような、奇跡のような体験。

 その理由をアリスは知りたいんだろう。


「友華。アリスなら良いんじゃないか? こいつは真面目だし、何より本当にオカルトに興味を持っている。不純な動機じゃないはずだ」


 俺からもお願いする。友華はアリスとの接点がないのて人柄を理解することは出来ないが、アリスが悪いやつでないのは何となく雰囲気でわかっているはずだ。


「むしろ、ありがたいわ。 よろしくねアリス」

「えへへ。嬉しい。」


 二人はどうやら上手くいったようで、友華は早速ペンで紙にサインしていた。


「う、嘘。アリスがオカ研に……。」


 一人だけ信じられないものを見るような目で項垂れている副会長がいた。


「はい。これで部員問題は解決ね。生徒会にも伝えておいてくれるかしら?」


 友華がアリスの入部届けをヒラヒラ見せびらかして飛鳥を挑発する。

 飛鳥はその態度の急変ぶりに少し不満げにしながらも、友華に同意した。


「そうね。確かに一つは解決したわ。でも、もう一つ、活動実績の欄はどうするの?」


 当然だが、部員が足りただけで、今更活動の続行が言い渡されると考えにくい。

 俺たちの視線はこんなとき、いつも友華に向く。この部長は、逆境に強い。自分でどうにか出来る問題なら、なんだって実現する。

 それが我らがオカルト研究会部長にして自他共に認める天才、如月友華なのだから。


 それが我らがオカルト研究会部長にして自他共に認める天才、如月友華なのだから。


「案ならあるわよ」


 不適に笑う友華。さっきまでの撃沈ぶりが嘘のようだ。


「まず、部活の活動実績とはいわば学校への貢献度を表したものよね。運動部なら大会の出場、文化部ならコンクールに作品を送るとかで学校の名前を売る。そりゃ、優勝や作品が入賞するのが一番だけれど、この学校ではそこまでは望まれていないわ。形だけでも活動した記録を残せればいいだけ。違うかしら?」

「そ、そうよ。それが何? どの学校もそうじゃない。」

「ええ、そうね。だから活動実績が無いのなら作れば良いだけじゃない。この学校は部活強豪校でもないのだし、そんなの簡単よ。誠意を見せれば良いだけ。」


 友華はどんどん話を進めていく。

 何となく予想はできた。多分こいつは、最終的に屁理屈で言いくるめてゴミ拾いや休日のボランティア参加とかを部活の活動実績にするつもりだ。

 そんなことを考えていそうな、悪い顔をしている。


 アリス以外の部活メンバーは、また始まったみたいな感じで友華を見ていた。


「つまり、私が言いたいのは――」

「ストップ!」


 友華が結論に入る前に飛鳥から静止される。

 予想外の行動に友華も思わず声を飲み込んだまま黙ってしまった。


「どうしたの飛鳥ちゃん?」


 孝宏が尋ねる。飛鳥は手元のプリントを見て話し始めた。


「私だってこの部活には潰れてほしくないから、いつもそれなりに頑張ってるのよ。それでも今回は厳しいと思っているのには理由があるの。」

「理由って?」


 鈴音が首をかしげている。


「今回の廃部提案は校長からよ。」

「「「なにい!?」」」


 アリス以外の部員の声が重なった。

 校長。それはオカルト研究会の最大の敵であり、部活創設の際に一番目をつけてきた男だ。この学校で唯一友華の宿敵と言っても過言ではない。


 そんなやつがバックにいる。これは確かに、一筋縄ではいかなそうだ。


「そして、これが校長から私が貰った手紙よ」

「「「ぴ、ピンクの便箋!?」」」


 意外だ。あの男にあんな趣味があるなんて。


 アリスは少し置いてけぼりにされて、周りの反応をキョロキョロ見ていたが今はそれを気にしている余裕はなかった。

 飛鳥が手紙の封を開けて読み始める。


「こほん。えー、オカルト研究会の諸君。青春しているか? 私はしているぞ。最近久しぶりにゴルフにいく機会があってな、なんとそこで旧友に会ったのだ。最後に会ったのは十年も前だが一目でわかったよ。まさかゴルフ場で再開なんて驚いた。世間は広いようで狭く相手は私が校長になっていることを知っていたようで、最初にその事について触れられたよ。全くどこから漏れたのか……。ゴー、流布ってね(ゴルフだけに)。へへ。」

「優作。準備はいいかしら?」

「おう。野球部からありったけのボールを借りてくる」

「僕はロケット花火を買ってくるよ」

「ああ、ほらみんな! 落ち着いてー!」


 立ち上がり校長室に殴り込みを仕掛けようとする俺たちを、鈴音がドアの前で両手を広げて静止させる。

 どいてくれ、俺たちはこんなところで止まっている訳にはいかないんだ。


「くだらないダジャレ言いやがって、今回は許さん!」

「何より恥ずかしくなって()の捕捉を入れているのが腹立たしいわ」

「ふふ。みんな、元気だね」


 アリスは最早感心したように言って、ソファに座っていた。行儀良さそうに小さな口で和菓子を少しかじっている。


 こいつもこいつで、すごい馴染みようだ。今日入部したばかりなのに。


「あーもう、中略して読むわよ。本当にあんたらは……」


 憤る俺たちを見て飛鳥はため息をついた後、手紙を軽く目で追ってから口を開いた。


「以上が私とトレジャーハンターの旧友がアマゾンの奥地で出会った民族と彼らの守っていた黄金郷の話だ。さて、本題に入るか。実は――」

「待て! 何かすごいところ飛ばさなかったか!?」

「旧友はトレジャーハンターなの!?」


 俺と孝宏の身を乗り出した問いに飛鳥は呆れたように肩をすくめた。


「話を中断しないでよ。その話はまた今度読んであげるから。えーと、如月友華はきっとボランティア活動などを活動実績にしようと提案する気ではあるまいか?」


 友華が頬を膨らまし不機嫌そうな様子だ。

 校長に考えを読まれたのが気に入らなかったんだな。


「我が校にはボランティア部があるので、それを認めるわけにはいかない。かといって、オカルト研究会に急に出来る活動は限られてしまうだろう。なので私から提案だ。四週間後に迫っている我が校の一大イベント、文化祭。そこで、君たちは部活動として店を出すんだ。ジャンルは問わん。出店の売上で三位以内を取れれば、部の存続を認めてやろう」


 飛鳥はそこで顔をあげた。どうやら手紙は終わりのようだ。

 長かった気はするが、文化祭で出店を成功させれば廃部を回避できるということ。


「校長の出す案にしては、何をすれば良いのかわかりやすいな」

「みんなで出店するの!? 楽しそう!」

「文化祭。わくわくする」

「僕は賛成だね。どうせ当日は暇だし」

「はあ、あの男の話に乗るのは癪だけど、今回は従うしかなさそうね。」


 皆が思い思いの感想を語る。

 飛鳥は何故か意外そうにそんな俺たちを見ていた。


「あら、苦情が出るかと思ってたけど、みんなすんなり受け入れるのね?」


 普段の俺たちをどう思っているのか聞きたいところだが、流石に今回に関しては校長の話に乗るしかないだろう。


 逆にここで事を荒立ててこの案さえ取り下げられてしまうと、俺たちが活動実績として残せるものは本当に無くなりそうだし。

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