第11話 アリスの家族
「ええ。今回は、ね。飛鳥、ごめんだけど校長には伝えといて貰えるかしら?」
「構わないわよ。じゃあ、私は他に用事あるからこれで。お茶ありがとうね」
友華の頼みを承諾してから飛鳥はオカ研を退出した。
俺たちは全員ソファに座る。
友華だけは部長席に。
そして、勢いよく友華が机を叩いた。これは部長として、これからの活動に勢いをつけたかったからだろう。
「ええ……、話の中であったとおりアリスが部員に加わったわ! このメンバーで文化祭頑張るわよ!」
「「「おー!」」」
「……お、おー」
慣れていないからか、少し恥ずかしそうに掛け声を言うアリスが可愛かった。
―――――――――――――――――――――――
オカ研の当日の出店の話も終わり下校の時間。
俺はアリスと喫茶店司の店前に来ていた。
「そういえば、山元と一緒に来るのは幽霊の時以来だね。変な感じ」
アリスが可笑しそうに笑う。
銀髪の長い髪が揺れて口元を片手で隠しながら笑う様は背後からアリスを際立てるように差し込んでいる沈みかけた赤い光もあいまってか、まるで絵画を切り取ったようだった。
「そうだな。マスターもアリスのことを俺にずっと隠していたなんて酷いことするよ」
「ふふ。私がお願いしたから。サプラーイズ」
「そっか」
嬉しそうにはにかむアリスを見るとあの夜の頑張りが報われたような気がして、俺も頬が緩んでしまう。
そんなやり取りをしながらアリスがドアに手をかけて喫茶店の中に入っていった。
「ただいま。お母さ――」
「アリスう! お帰り! 無事で何よりやで……。汗ふく? お水飲む? それともウ・チ? ってどわあ!? 坊主お前もいたんか! 先に言えや、心臓に悪いなあ……」
「俺はそんなに酷い顔か?」
アリスの挨拶よりも先に店の中からこの喫茶店のマスターである奏さんが出て来てアリスを抱きしめる。相変わらずハイテンションで、アリスの姉だと言われても疑えない程若い見た目だが、性格が違いすぎる。
なぜこの親からアリスのような子が育てられたのか、考えても一向にわかる気がしない。
「わっぷ。お母さん、やめて」
胸に埋もれていたアリスが頑張って顔を出して抗議した。
「まあまあ、そんなこと言わずに。頬を膨らましたアリスは天使みたいにかわええなあ!」
「お母さん。また、怒るよ?」
「はい」
アリスの一言でマスターは手を放した。
アリスは目覚めて以来、自分の思っていることを親に正直に伝えるようになった。最初のころは驚いた顔をされたようだが、二人とも心の底からそれを嬉しそうに聞いてくれるらしい。
アリスだけでなく、きっと両親も自分の意思を伝えてくれないアリスに思うところがあったのだろう。アリスがやっと子供らしくなってくれたと嬉しそうに語るマスターの顔はかなり印象的だった。
「お、アリスお帰りなさい。学校はどうだった?」
厨房から背は高いが顔や声からは優しそうなイメージを持たされる白髪の男性、アリスの父親である幸耀さんが出てきた。
店内にはそこそこお客さんはいるがどれもよく見る常連ばかりだ。
大切な娘の帰宅を喜ぶマスターたちの様子に、不満そうな顔をする人は一人もいなかった。みなコーヒーを飲みながら新聞を読んだり、スマホをいじったりして時間を過ごしている。幸耀さんの料理は炒飯以外はどれも万人受けする美味しさなので根強いファンが多いらしい。
「ただいまお父さん。楽しかったよ、みんな優しそうだったし部活にも入れた。それと、えっと」
「ははは。まあ、後で聞くよ。……楽しそうで良かった」
「うん! ありがとう」
幸耀さんはそのまま厨房に戻っていく。
アリスのことを本当に優しそうな目で見守る人だ。
父親とは、どこもあんな感じなのだろうか。
「お父さん、いま忙しそう」
「そうだな。良いことじゃないか」
「そうやそうや。幸耀さんの料理は世界一美味しいから、繁盛するのは当然やけどな!」
アリスと手頃なテーブル席につく。向かい合うように座った。
席につくとより一層喫茶店特有のコーヒーの香りが鼻をつく。元々のクラシックな雰囲気とあいまって好きなひとには堪らない空間となるだろう。
アリスも見ていることだし常連っぽく振る舞おうと俺はマスターにメニュー表を見ること無く、クールに指を立てて注文した。
「マスター。コーヒー一つ」
「いや何のコーヒーやねん」
「そうだな、ブルーマウンテンでも頼もうか」
「うちはええけど……ほれ、見てみい」
「……た、高い。オリジナルブレンドで」
「はん! それでええんや」
マスターが平たい一枚のニュー表を見せてくれた。そこには、その、少し値段が高めで書かれていたのでおとなしく一番安いものを注文する。
ガキが、アリスの前でいい格好はさせんぞとばかりに、マスターに鼻で笑われた。くそ、もう少し勉強しておけばよかった……。
アリスは何故か目をキラキラさせながら俺を見ていたけど、かなり恥ずかしい。
「了解や。少し待っとき」
マスターはカウンターの方へと向かう。厨房の中はこちらから見えないが、カウンターでコーヒーを煎れる様子は観察できる。
長年の経験というものか、一切の迷い無く動く様は素直にかっこよかった。
男なら子供の頃に喫茶店のマスターには一回くらい憧れるものじゃないだろうか。ドラマやアニメではダンディな初老のイメージが強いが、そういった人たちは決まって落ち着きがあり格好良い大人の代表格だ。
少なくとも目の前のような関西弁の女マスターは稀有な例だろう。
「山元。お母さんがどうかした?」
「いや、何でもない――って、アリス何でスマホを俺に向けてるんだ?」
声に反応してアリスを見るとカメラを俺の方に向けて、シャッターを連写していた。
「別に。山元がうちにいるのが新鮮だから写真に撮っただけだよ」
「俺あんまり撮られる経験無いから、変に緊張するな……」
「いつも通りでいいよ。スマイルプリーズ」
首をかしげスマホから顔だけずらして俺に呼びかける様子は小動物みたいだった。
悪びれる様子もないが、久しぶりに会ったのに素っ気ない対応をされるよりはましだ。俺はアリスとしばしの間談笑する。
途中で飛鳥が来るかと思ったが、珍しく今日は立ち寄ることは無かった。
しばらくして、店内のお客さんもだいぶいなくなりマスターと幸耀さんの手が空き始めた頃。
俺はカウンターで洗い物をしているマスターに声をかける。
「あ。マスター、少し良いか?」
俺の声に反応したマスターが手をタオルで拭きながらこちらの机に向かってくる。
洗い物もちょうど終わったようで、タイミングは完璧だった。
「どうしたんや? うちに告白か? すまんがもう旦那が……」
「やめろやめろ! 娘の前でその冗談はよせ、俺を見る視線が痛いから!」
アリスの見るものを氷付けにしそうな冷たい目で見られる。俺はその視線を手で遮りながら抗議した。
普段俺や飛鳥だけならこの手の冗談も乗るところだか、アリスと二人きりの時は気まずい。変に感性のずれているアリスの事だから本気に受け止めかねないしな。
「ほいほーい。んで、話はなんや?」
会話中に一回は冗談を言わなければならない呪いにかけられたマスターが、その義務を果たしたことを伝える。
俺は呆れて大きく息を吐いてから、話を続けた。
「実はな、今日アリスがうちの学校のオカルト研究会っていう部活に入部したんだよ」
「知っとるで。校長先生に挨拶行った時に、アリスが頼んで入部届け貰っとったしな」
どうやら転校初日に提出できたのは、あらかじめ話を進めていたからのようだ。校長はオカ研の部員問題が解決することをわかっていたから、活動実績のみを言及したのだろう。
「楽しそうな人達だった」
「そうか。アリスがそう思うならよかったわ。思いっきり楽しむんやで」
「うん。頑張る」
マスターが気合いを入れるために拳をアリスの顔前に出すと、アリスはそれを自分の拳で軽く小突いた。
スポ根ドラマで見るようなシーンだが、上赤家にとってはこれは珍しいことじゃないんだろう。アリスは不思議な顔一つせずに応じていたし。
「あ、それでねお母さんにお願いがあるんだけど」
俺ではなくアリスから話を切り出してくれる。確かにこの話はアリスの口から言った方がよさそうだ。
俺はコーヒーを飲みながらその様子を見る。
「実は部活で文化祭に出し物するんだけど、そこでオカルトっぽい名前の料理出す飲食店をするの。」
俺たちは飛鳥の去った後、話し合いを行い様々な意見を出した。お化け屋敷、研究発表、劇などなにかしらオカルト研究会っぽい事を絡めて行えそうな店を考えた。
結果として、本来ならお化け屋敷をやれるのが一番楽しそうだと友華は言った。
だが、一番効率よく稼ぎが取れるのは間違いなく飲食店だという話になり、本来の目的である売上ランキング三位以内を目指して、俺たちは飲食店をすることにした。
部活メンバーじゃない俺ももちろん協力する。校長はその辺を予想できるだろうが、その上で部活メンバーだけで実施することといった条件をつけなかった。
だが、それは善意からの行動ではない。
一つとして言い訳を許さないためだ。友華なら俺不在で負けたとき、上手く理由をつけて校長の提案を無かったことにしかねない。
不安要素を取り除くために、あの男は俺の参加を黙認しているんだ。
「へー、文化祭かあ。えあなあ。うちも若い頃はミスコンに出て学校一の美少女の名をほしいままにしとったわ」
文化祭と聞いて過去を懐かしむように目を細めるマスター。しかし、この人が学校一の美少女か。
「……は」
「鼻で笑うなあ!」
思わず出てしまった笑いに、マスターがむきになって胸ぐらを掴んでくる。
「まあまあ、奏。落ち着いて」
丁度厨房から出てきた幸耀さんがマスターを落ち着かせる。
「あん。幸耀さんに言われたら、うち落ち着くー!」
急にしおらしくなって頬を赤らめもじもじし出す。この夫婦はアリスの年齢的に、結婚してかなりの年月を過ごしているだろうがずっとこの調子なのだろうか。
「それで、少し聞こえたんだけど文化祭で飲食店をするんだね」
幸耀さんが手近なカウンター席に座って話を聞く状態になる。
「そうなの。それで、少しお願いがあって」
「うん。なんだい、アリス」
たまに思うが幸耀さんはまるで人の心の声が聞こえているかのように、相手の本心を見抜いている時がある。
喫茶店のお客さんともよく話しているがぶっちゃけた話、マスターよりもマスターらしい対応をしている気がする。マスターは何かの質問に対して結構根性論を唱えるので、部活帰りの学生からの人気は高いようだが。
「実は、その飲食店の料理を手伝って欲しいの。どうしても人手が足りなくて。」
それはアリスが以前両親にしたことがなかったというお願いだ。
自分の意思を伝えること。それができなかったアリスは自責の念に駆られて、自殺を考えるまでに追い詰められていた。
あの一件以来、アリスは今回の転校もそうだが親に自分のやりたいこと、自分の考えを伝えられるようになったらしい。
その現場を初めて見ることができたので、少しだけ安堵する。
「文化祭のお手伝いか……。それは父さんが参加しても大丈夫なのかな?」
「あ、えっと、それは!」
「大丈夫ですよ。クラスでなく部活の出し物なのでそこまで厳しい決まりもないっす」
アリスがたじろいでいたので俺から助け舟を出す。
本来はかなりのグレーゾーン。部活動の出し物の要項に、部外者の参加を禁止するものがないという屁理屈を理由に今回の協力を考えたのだ。
アリスはそういった誤魔化しが下手そうだし、最初から俺がこの辺は説明するつもりだった。
「そうなんだ。それなら僕は構わないよ。アリスが楽しんでくれるなら喜んで引き受けるさ」
「うちもええで。文化祭には元々行くつもりやし、楽しそうやん」
二人とも快諾してくれた。
「ありがとう。それならお願いするね」
「ええんや。うちも学生気分に戻れて若返りそうやしなあ」
「そういえばマスターって今何歳――」
「まだ口を開くんか?」
「な、なんでもない」
「ははは。山元くん、奏は年齢を気にしていてね。この年になっても僕はそんなこと気にもならないのに」
「幸耀さん。女はいつだって旦那に若く見られたいんや!」
「うーん、奏は十分昔のままだと思うけど。可愛いよ?」
「好きや! ちゅー!」
「わわわ! 二人とも山元の前でイチャイチャしないで! 恥ずかしいから!」
いつの間にかこの場所を心地いいと思っている自分がいる。
底抜けに明るいマスターがいて、悩みを的確に見抜いて親身に相談に乗ってくれる幸耀さんがいる。
そして、どこか掴みどころのない善人。アリスがいる。
数ヶ月前の俺はこんな人たちに囲まれるなんて未来を想像できただろうか。
本当に人生とは不思議なものだと常々感じさせられた。
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