アリスとの出会い②

「――っていうことがあったんだよ」


 次の日。放課後。高校二年生として学業に励む苦行から解放され、俺は知り合いに昨日あった恐怖体験について話をした。

 部室棟の三階の最も階段から離れた位置。


 ここだけ建て付けが悪く、重い木製のドアを両手と体重を使って開くと出迎えてくれるのは学校には不釣り合いな高級そうなソファ。黒塗りの長机。そして、部長と書かれた立て札とそれが置かれた黒塗りのこれまた高そうな一人用机だ。


 普通の部室とはかけ離れた快適な部屋。

 これはわが校の【オカルト研究会】、通称オカ研の部室である。


「へえー、お前も大変なのねえ。はい! 育成Aプラスよ!」


 俺の相談を部長席に座り、スマホをいじりながら聞いていたのはオカ研の部長如月きさらぎ友華ともかだ。


 三年間成績一位を取り続けている誰もが認める天才。その上容姿も整っており、黒髪ロングで巨乳。こんだけの要素があるため学内男子からの人気は絶大なのだ。

 恐らく今年の三年の中だと一番の有名人。オカ研の創設者でもあるが、本人はオカルト的な出来事への興味は薄く、のんびりできるスペース欲しさに作ったと言っていた。


「お前、話聞いてたか?」


 目の前で歓喜する友華に質問する。

 一年前にとある出来事で友華とは知り合い、以来敬語をやめてフレンドリーに接するよう指示されている。敬語を使うと不機嫌になるのだ。

 一区切りついたスマホ画面から視線をずらし、やっと俺を見る。


「聞いてたわよ、藤岡先生の不倫相手の話よね?」

「違うわ! 俺の話は……違うけどなんだそれ? 教えてくれ」

「冗談よ。女の子の幽霊に会ったって話でしょ?」

「まてまて! 話を聞いてなかったのと、先生の不倫のどっちが冗談なんだ!?」


 むしろ俺の悩みよりも深刻そうな話が出てきたが、友華は気にせず机にスマホを置いてノートパソコンをいじり始める。


 カタカタと小気味良くタイピングしながら、俺を見ずに声だけ発した。


「交差点にいた幽霊のことだったわよね。……っと、これかしら?」


 そして、何かのページを開いて俺にパソコンの画面を見せてくる。

 そこには、俺が昨日いた住宅街の交差点が写った写真と大きな見出しで『怪異!住宅街に現れる怨霊!!』という文字が書かれていた。


「……これって」


 目を細めながらパソコン画面に顔を近づける。


「そう。お前が昨日出会ったのは恐らくこの記事の幽霊でしょうね。最近になって目撃者も増えているし。まあ、その全てが真実ではないでしょうけど……」


 ノートパソコンの画面を俺に見せたせいで、角度的に見にくかったのか友華が席から立ち体を寄せてくる。

 そして、持っていたマウスで画面を下にスクロールした。


「これはまあ、ネットのオカルト掲示板だから基本的に信憑性は薄いわよ。でも話しぶりからして、ただの見間違いではなさそうだし……」


 意外としっかり話を聞いてくれていたことに驚くが、無粋なことを言っては折角顎に手を当てて推理モードになってる友華の集中を妨げてしまう。

 俺はその点にツッコムことなく黙って記事の文章を読んでいた。


「結構細かい情報まで書いてるな。出会いやすい時間や人数って……」


 昨日の俺が幽霊に出くわした状況とピッタリ一致することが書かれていた。


 夜。一人。これが出合いやすい条件らしい。

 いやまあ、当たり前だけど。 


「多分だけどここまで多くの人間に同じ場所で見られてるってことは地縛霊の類じゃないかしら」


 友華は自分なりの考えを話してくれる。顔が近いと思ったが、役得なので言わないでおこう。


「地縛霊ってその場所に憑いた霊だったよな?」

「ええ。特定の場所に未練があるタイプ。きっと交差点で死んだとかじゃない?」

「対処法は?」

「……祓う気なの? よしなさい、素人が手を出してどうこうなるもんじゃないと思うわ」

「違う。怖いから会ったときに逃げる方法が知りたいんだ」

「驚くほど情けないのね……。そうねぇ、この塩を持っていきなさい」


 友華が引き出しから小さなタッパーに入れられた塩を出す。

 まさか、この状況で出すってことは!


 タッパーを大切に受け取り、手元で眺める。


「こ……これは!」

「ご名答よ。神社の神主が作った退魔の塩よ」


 そんなすごいものをくれるなんて……! やっぱりこいつは俺の親友だ!

 友華がどや顔のまま無言で手を差し出したので、俺も固くその手を握り返す。


「ラーメン一杯でどう?」

「ふ、トッピングも許そう!」

「じゃあ、トッピングでチャーシュー十枚載せるわ」

「はは、調子に乗るな」


 交渉成立だ。これで俺は幽霊を恐れる必要のない最強アイテムを手に入れた。

 二人して不適に笑い合っていると、突然横から声をかけられる。


「よ! 相変わらずお二人さんは何の話をしてるわけ?」


 爽やかな笑顔を向けてくれるのは見た目はイケメン、中身はドクズな俺の友人斉場さいば孝宏たかひろだ。

 そしてその後ろにもう一人。小柄な女子がひょこっと顔を出す。


「楽しい話なら私も混ぜてー!」


 テンション高い茶色の短髪女子。坂上さかがみ鈴音すずねである。


「鈴音には難しい話よ」

「えー……、ならいいや!」

「お前はそれでいいのか……」

「今更じゃないの?」


 表情が怪人二十面相も驚きそうな程にコロコロ変わる、とても快活な女子である。小動物のようなやつなのだ。


 ちなみに同級生の中だとかなりモテる方である。やはり、フレンドリーな女子に男はワンチャン希望を持つんだろう。

 俺は違うがな!


「あれ、孝宏その手に持ってるのは何だ?」


 孝宏は学生鞄を持っていない左手に何かの本を持っていた。読書をしないこいつにしては珍しいな。


「ああ、これ? これはもしもの時の緊急脱出マニュアルその二だよ」

「なんだそのタイトル……。随分マニアックな本だな」

「孝宏何でそんなの読んでるの?」

「……最近。テニス部の女子にナンパしたら彼氏持ちの子でさ。その彼氏が他校の不良だったから、いつ捕まっても逃げれるようにさ」


 誇らしげに、自分の痴態をさらす。


「お前、いい加減所構わず声掛けするのやめた方がいいわよ。いつか痛い目みるんだから」

「ふ、それが男ってやつなのさ」

「優作もそうなの?」

「断じて違うな」

「じゃあ女の子なの?」

「待て……。どういう話の流れだ?」


 鈴音が無邪気に聞いてくるので、即答しておいた。よくわからない誤解をされたみたいだけど。


「ん? そのサイトって……」


 そこで、鈴音が俺たちの見ていたパソコンの画面に気づく。

 そしてぱあっと目を輝かせた。

 友華は嫌な気配を察知したのか、ヘッドホンを付けてスマホゲームを始めようとしたが既に遅かった。


「ええ! 友華ちゃんもついにオカルトに興味を持ったの!?」

「違うわ! なにかの間違いよ!」

「ふっふー気にするでないよー。よいではないかー」

「いや! お前のオカルト話はホラーばっかりじゃないの! 離してえ!」


 即効で否定していたが、鈴音がぐいぐい詰め寄ってるのでいつも通りオカルトの話を聞かされるのだろう。

 悪いが俺は退散させてもらう。昨日みたいに暗い時間に帰りたくないし。


 鈴音が友華に気を取られている間に、俺は部室の立て付けの悪いドアを開く。

 内側からなら普通に開くんだよな。何で外から開けようとするとあんなに重いんだろう。


「あ、優作」


 部屋を出る直前に孝宏が声をかけてくる。

 鈴音に聞こえないように俺に近づいてから、小さい音量で話始めた。


「実は飛鳥ちゃんに提出物の不備で呼び出されたのすっぽかして来たんだ。何か聞かれたら上手く誤魔化しといてくれ」

「お前なあ……。了解だ、何とかやってみるよ」

「サンキュー! じゃ!」


 そう言って一方的にドアを閉められた。

 俺も孝宏のいつもの様子に少しだけため息を吐いてオカ研を後にする。もちろん呆れてだ。


 ちなみに今更だが俺はオカルト研究会の部員ではない。ただよく顔を出す部外者だ。他の三人は部員だけれど、やる気のあるのは鈴音のみ。部長と、半ば強引に入部させられた男は基本だべってるだけ。

 もはや何部かと疑いたくなるのが、我が校のオカ研なのだ。


 しかしそれは過去の話。冗談半分のつもりだったが幽霊用の武器をもらえたので、生まれて初めてこの部室が役に立っていると実感させられている。

 明日からは二ミリくらい優しく接しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る