第45 大人しい活火山のような恐ろしさ

 どうしよう、どうすればいい、ないかいい方法は、誤魔化し方はない物かと考えてはみるものの一向に良い案が思いつくはずもなく、暢気に健介がお風呂から出て来るではないか。


 その表情はどことなくスッキリしたような表情をしており、まるで一仕事終えたようにも見える。


「あ、あの……健介?」

「なんだ? 夜ご飯の献立の話か?」


 まるで清水寺から飛び降りるのかと思える程の勇気を振り絞って健介に声をかけてみるのだが、そこにいたのはいつも通りの健介であった。


 きっと健介は先程の事は無かった事にしたのだろう。


 そのことに私は安堵しつつ彼の優しさに甘えながらも、何でこの状況で襲わないんだという理不尽な怒りも湧き出て来る。


 先程の件を追及されないと分かっただけでこれだ。


 なんと現金な女なのかと自己嫌悪で沈みそうな気持を押し殺して、私も健介に合わせて普段通り今日は唐揚げの予定だとか、明日は生姜焼きを作る予定だとか、そんなたわいもない会話をする。


 あぁ、私は健介のこういう優しさが好きなんだなと再確認すると共に惚れ直す。


 例え、今日健介に行った事は、今は恥ずかしいと思うのかも知れないのだが結婚さえしてしまえばそういう事を日常的にするのだから、何で悩む必要があるのだろうかとさえ思えて来る。


 それもこれも全てあんな事をされても普段通りに接してくれる健介のお陰だ。


 今日は健介に免じて催眠術アプリは使わないでおこうと思うのであった。


 因みに麗華には今日の事を惜しげも無く自慢したのは健介には秘密である。




 気のせいかもしれないがここ最近彩音が目に見えて丸くなったような気がする。


 前も同じよな事を思っていたのだがここ最近は特にその事を強く思うようになった。


 というのも口調や態度は今まで通りなのだが、暴力的な事は一切されていないのだ。


 記憶を辿ってみれば催眠術アプリを使い始めてから暴力を振るわれていないのだから催眠術アプリが何かしらの形で彩音に影響していると考えても良いのだろうか。


 しかしながら逆に暴力を行わない事によって溜まるストレスは一体どこに溜まっているのか、考えただけで恐ろしくもある。


 それはまるで今は大人しい活火山のような恐ろしさである。


「な、何よ?私の顔なんかジロジロ見ちゃって」

「ご、ごめん」


 そんな事を考えながら彩音の顔をじろじろと見ていたようである。


 触らぬ神に何とやら、藪をつついてなんとやら、とも言うしここで下手に刺激する意味も無いのですぐに視線を逸らす。


「べ、べつに見たいならもっと見ても良いのに」


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