第44話流石にやり過ぎたか

 むしろ逆にこの妄想力を逆手にとって有効活用するしか俺に残された道はなさそうである。


 ここでもし性欲に負けて彩音を襲ってしまった場合は間違いなく両家両親からがっちりホールドされた上で外堀をうめられ、そのまま可及的速やかに人生の墓場と言われる場所へとゴールインする未来が容易に想像できるのだ。


 できるかもではない、やるしかない、である。


 きっと背中でスライムの如く形を変えながら俺の背中を洗っているやらかいものは御餅に違いない。


 恐らく新しいお餅型ボディータオルを購入したから実験台として俺を使っているのだろう。


 そうだ。


 きっとそうだ。


 背中の柔らかいものはお餅である。


 それ以外考えられない。


 お餅。


 お餅お餅。


 お餅お餅お餅お餅お餅。


 お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅お餅。


 どれくらいの数、お餅を頭の中で思い浮かべたであろうか。


「あ、あれ? タイマーセットしてなかったっけ? 今どれくらい経ったかしら? タイマーセットし忘れているとか我ながらあり得なさすぎる。 麗華からの連絡で知ってはいたけどキスマークよりも過激な行為としてこ、こんな恥ずかしい事しちゃったけど、だ、だだだだ、大丈夫だよね」


という声が背中から聞こえて来る。


オーケーオーケー、良いだろう。


今俺は催眠術にかかっている。


彼女がそう言っているのだから、きっとそうなのだろう。


それが例え催眠術アプリのスクショ画面を見せられていないとしても、それは俺の見間違いで実は見せられている。


それが世界の心理なのだ。


文句がある奴一発彩音に殴られてから文句を言いに来てほしい。


そうすればきっと俺達は分かりあえるはずだ。


そして、地獄の様な時間をなんとか耐え抜くのであった。





流石にやり過ぎたか、とお風呂からでて私は思う。


いくら麗華の対抗心燃やしていたとしても裸で一緒のお風呂に入り、更に胸で背中を洗うなどただの痴女ではないか。


「しかしそれも全て催眠術のお陰で……」


そんな事を考えながらリビングに戻ると、見覚えのあるスマートフォンがテーブルの上に置いてあった。


 それが意味する事すなわち、私は催眠術アプリのスクショを健介に見せていない。 だからタイマーも鳴らなかった。


 という事である。


 血の気が引き、顔が真っ青になって行っているのが自分でも手に取るように分かる。


 酸素が足りない、思考がまとまらない、眩暈で視界がちかちかとし始めて来る。


「……………………殴って記憶を消しておくか」


 そう呟いてみるも、即座に首を振ってその考えを頭の中から消し去る。


 もう暴力を振るわない代わりに催眠術アプリを使うというルールを自分自身に科したではないか。

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