第16話いっそ殺せ

「では。 私のスマホの画面を見てください」

「……は?」


 そう思い、最悪の事態にはならないだろうと思っていた俺の目の前には今、どの角度から見ても俺が作った催眠術アプリの、催眠術を相手にかける時の画面が、氷室麗華のスマホの画面に映し出されていた。


 一体どういう事なのか、俺は確かに昨日このアプリはサービスを終了させているはずである。


 タイムラグにしても終了させてから半日以上経ってもアプリが使えるという事はあり得ない。


 ならば何故目の前の氷室麗華のスマホには催眠術アプリの画面が映し出されているのか。


 もしかして、昨日サービス終了したと思っていたのだが、実はサービス終了できていなかった?


 それしか思い当たる節が無く、その答えにたどり着いた俺は背中に冷汗が滝の様に流れ出す。


「ホントに、このアプリは凄いわね」


 そしてアプリの催眠術では無く、催眠術アプリのサービスを終了できていないのかもしれないという推理により動けなくなっている俺を見て氷室麗華は催眠術アプリで俺が今催眠術にかかっていると勘違いし始める。


「じゃぁ、今日は私と一緒に……その……バカップルの様に脳みそお花畑になってイチャイチャしながら私の作ったお弁当を一緒に食べなさいっ!!」


 そして催眠術にかかっていると勘違いしている氷室麗華は顔を真っ赤にしてもごもごと初めは呟くように、後半はヤケクソな感じで自分の欲望を叶えるために俺へと命令する。


 それほどまでに恥ずかしいのであれば是非止めて頂いても俺は一向に構わないのだが、あの恥ずかしい命令を聞いてしまった以上素に戻る勇気など今の俺にあろう筈が無い。


 もしあるのであれば俺は美人の事がトラウマになどなっていないのだから。


「今日はケイの為にお弁当を作って来たんですっ」


 そして俺の心の葛藤など知る由もない氷室麗華はまるで大好きなおもちゃを手にした犬の如く尻尾をぶんぶんと振っている姿が見えそうな程、氷の女王という二つ名の原因でもある無表情の顔は今現在、陽だまりの様な笑顔と共にそうするのが当たり前だと言わんばかりに俺の隣へと密着して座ると、嬉しそうにそんな事を言いながら弁当を出す。


「……ケイちゃん?」


 や、やばい。


「う、うわーっ!! 俺の為に作ってくれたんだーっ!! 感激だなーっ!! 俺、氷室さんの事大好きだなーっ!!」


 怪しまれない為にも脳みそお花畑のバカップルの様な砂糖で出来た言葉を、片言になりそうなのを耐え凌ぎ何とか棒読みで吐き出す。


 いっそ殺せ。


 そう躊躇いなく思える程には余裕で今この場所は地獄である。

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