第12話 破壊された薬

生理前のイライラというのはどうして自力で制御できないのか。ふっと頭に浮かんだ嫌味を「言ったらいかんで」と言い聞かせつつも吐き出してしまう。定時きっかりに帰れなかっただけでイライラしてしまう。そこそこ大事なものを破壊してしまう。

5年前の私なんか恐ろしいもので、買って2年しか経っていないスマホを本棚に叩きつけて亡き者にしてしまった。遊ぶ約束をしていた友人を巻き込んでスマホを買い替えに行ったのが記憶に新しい。あと仕事中にもよく暴言という形で発揮している。


そんな生理前のイライラを治める為の薬はある。あるにはある。薬局に行けばちょっとした小瓶入りの錠剤が高額で売られているし、避妊薬として広く知られるピルも実はイライラを治める為の薬として使われている。

しかし私ぐらいイライラしてくると、こんな薬たちすら無駄に終わってしまう。勿論それは効能的な意味でもあるが、何より飲む前に薬の瓶をどこかに叩きつけて破壊してしまうのだ。丈夫ゆえに傷一つつかない瓶の中、白くて甘いコーティングが剥げ臭い茶色の核が露出した薬剤を見つめるのは虚しい。


それでもディスカウントストアで安売りの物を買ったり破壊によりくっさくなった錠剤を飲み続けたりして7年という年月を過ごしたある日、頭痛に苦しみ自宅で痛み止めを探していた私の目に信じられないものが飛び込んできた。なんと家にある薬という薬が粉々にされていた。

何これ、私がやったのか?痛みまくる頭でここ数日の記憶を無理くり振り返ったが全く心当たりが無いし、よく見たらアルミとプラスチックの包装シートに包まれたままの錠剤まで砕けているので人間の仕業とは思えない。

包装されたままの錠剤が潰れたわけでもなく砕ける原理について考え始めた矢先、頭の中から鈍器を打ちつけられるような痛みに私は思わず呻いた。そうだ、まずは保存状態とかに関わらず薬を飲まねば。私は包装シートのアルミを破り、粉々になった鎮痛剤を飲んだ。

これであと少し待てば痛みも落ち着いてこよう。安心した私は布団に潜り込み、痛みが治まるのを待ちながらスマホで花札をしたり動画を見たりしたが、ふと気づくと私の身体は夜空の下を浮遊していた。

上を見上げれば満天とは程遠い疎らな星空、下を見下ろせば気の毒になる程には明々と照明の灯った建物群。なるほどコレが明晰夢か、と私は自分の置かれた状況を自然に受け止めた。

せっかくだから遠くまで行ってみようか。アドバルーンでもあれば乗ってみたいな。知り合いの家は夢だし見に行っても面白くないか。アレコレとやりたいことを頭に思い浮かべながら空中を漂う。するとバーンという爆発するような音と共に私の身体はみるみる地に落ちていった。

そして着陸した先の建物─周囲にラブホがいっぱいあるので多分ラブホの屋上だろう─で、何か起きたかわからず辺りを見回す私の前にスナイパーライフルを携えた見知らぬ男性が現れた。


「危なかったな」


銀色の長い髪を風になびかせて問う男性。顔は芸能人かと思う程整っていて、上下グレーのスウェットというスナイパーライフルに似合わぬ格好で私の前に立っている。


「あなたは…時空のおっさん?」


私の問いに男性は「懐かしい」と言ってくれた。ネタが通じて本当に良かった。


「君は死んだわけでもないのに魂が肉体を離れ空中を漂っていた」


「コレ夢じゃないんですか?」


「夢じゃない」


「またまた」


「話が進まないから。で、肉体を離れすぎた魂は大変なことになってしまうから、こうして俺が撃ち落としては元の身体に戻しているんだ」


大変なことと言うと、魂が永遠に肉体に戻らなくなるとかそういったことだろうか。やりかけのゲームや友人との約束を思い出して背筋が冷えるのを感じながら、私は「どうなるんですか」と聞いてみた。


「肉体に戻るまでに1日かかるから仕事とか欠勤扱いになる。丸一日倒れてたとか言っても信じてもらえないぞ」


「それは一大事ですね」


あまりにもしょうもなかったので思わず棒読みになってしまった。


「ちなみに家族と一緒に住んでいる場合はあまりにも起きないことを心配されて救急車呼ばれる。1人暮らしだとただただ虚しい気持ちになって終わる」


「後者は嫌ですね」


努めて感情を込めたつもりだったが、男性から見てかなり冷たい顔をしていたようで「もっと嫌がりなよ」と眉をひそめられた。


「とにかく、これから君を自宅に送り届けるから。時間的にまだ救急車は呼ばれてないだろう。さ、目を閉じて」


私は男性に促されるまま目を閉じた。すると額にデコピンのような鋭い痛みが走り、気づけばよく見慣れたリビングの真ん中で倒れていた。

そうだ、私は酒を飲みすぎて3回嘔吐した後にリビングで意識を失ったのだ。頭痛も破壊された薬も全て夢というか幽体離脱により見た異世界というかだったわけだ。苦笑いしながら時計を見ると時刻は午前2時13分。

私は勤務指定表を取り出し、翌日が休日であることを確認すると台所の収納庫から即席袋麺を取り出し直にお湯を入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愉快なメンズに振り回されつつ私は今日も怪奇と出会う むーこ @KuromutaHatsuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ