第6話 真意(3)

 ミセス・ヴェルセーノの弱みになり得ること――それは間違いなくリェティーの存在だろう。

 リェティーを匿っていることが明るみになれば、この交渉でより優位な立場となり得るのは間違いなくウェリックス公爵の方だ。これを交渉の切り札として利用されてしまえば、ミセス・ヴェルセーノとて返せる言葉もないだろう。


 クレイドは呟くように話し始めた。

「……他にもリスクはあります。でも、そのリスクは排除できないので、今は俺にできることをするしか……」


「でもさ? その行動だって、イゼルダさんにとってはリスクが増えるだけじゃない?」


 クレイドは顔をしかめた。もちろんレオンスの言うこともわかっているつもりだ。

 否定する気はないが、それでも自分は行かなければならないのだ。これはミセス・ヴェルセーノのためだけではなく、心細いであろうリェティーのためでもある。


「レオンスさん、すみません……」

 クレイドは腰から深く頭を下げた。

「本当に、お世話になりました。ありがとうございました。俺は帰ります。持ち合わせのお金で、商船に乗ります」


 ――自分の意思がこれ以上揺らぐことはない。誰に、何を言われようとも。



「それなら、俺が乗ってきた船で帰ろうよ」

「えっ?」

 クレイドは咄嗟に頭を上げる。

 アルディスは穏やかな顔でこちらを見ていた。

「商船に乗ってきたわけじゃないのか?」

「うん。今回は緊急性が高いと思って、実家が所有する船を出してもらったんだ。許可も取ってる。今は港に停泊中だから、良ければ乗っていかない?」


 クレイドは拍子抜けして、言葉が出てこなかった。

 アルディスが少し変わった騎士の家系であることは知っているが、親族が所有する船でルーバン地方へやって来るなど、一体誰が想像できただろうか。


「俺が同乗してもいいのか……?」

 クレイドが遠慮がちに尋ねると、アルディスは年不相応とも思える屈託のない笑顔を見せた。

「もちろんだよ。帰るなら一緒に乗ろう」


 レオンスはアルディスを査定するように見て、その数秒後、口を開いた。


「俺も乗っていい?」


 一瞬、聞き間違いかと思うほどで、その申し出にクレイドは目を丸くした。

「あなたが? スベーニュに?」

「そう。君を止められないなら、俺も行く。何か協力できるかもしれないよ? 目先の敵は同じだし」

「……俺の行動を止めることだけはしないと、約束してもらえますか?」

 レオンスはにっこりと笑みを浮かべた。

「もちろん、君の邪魔はしないよ。俺がとやかく言う権利もないって、まあ分かってるし」

「……それなら。あとはアルディスの許可がおりれば……」


 クレイドは視線をアルディスにそろりと向けた。

 まあ、彼が断ることはあり得ないだろう、と本音では少しだけを寄せながら――。


「俺はもちろん構わないよ。三人でスベーニュへ向かいましょう」


 アルディスの言葉を聞いて、クレイドは肩の力が自然と抜けていくのが分かった。無意識のうちに、心のどこかでレオンスが来ることを期待していたのかもしれない。


 きっと何とかなる――クレイドは強い意思をもって頷き返した。

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