第11話 留学先へ

 女王に、留学先は帝国にすると伝えた。帝国だと言葉もマナーも覚えなくても分かるから、剣の稽古の時間を割かなくも済むだろう。


「ソフィア、帝国に留学するのですね」


「はい。女王、他国の情勢は知っておいた方が良いと思うのです。それに、他国の強い武人と手合わせも出来そうですから」


「まあ、ソフィアはそれが狙いなのね。この国には、あなたの護衛以上に強い者はいませんからね。フフ、分かりました。宰相、帝国への留学手続きをお願いね」


 そうなのだ。この国にはレオスより強い者はバアル様だけで、気が向いたら相手をしてくれるのだが、私が弱過ぎて相手にもならない……申し訳ない。


「女王、畏まりました。ソフィア殿下、くれぐれもお気を付け下さい」


 宰相は、留学先でも攫われる危険があると言うのだ。


「宰相、私の護衛にはマークとレオスがいるから大丈夫です。彼ら2人を倒して、私にまで剣を向ける輩がいたら……それは楽しみでしかない。フフ」


「剣技はそうでしょうが、世の中にはハニートラップと言う罠が……あぁ、ソフィア殿下には、難しいですかな」


 ハニートラップ? 今の時代、そんな罠があるのか……ヘンドリック様から聞いていないぞ? 教えてもらわなければ。


「宰相、ソフィアがキョトンとしているではないですか。そういうことは、侍女のローザに言いなさい。ソフィアは、まだ関心が無いようですからね。ふふ」


「はあ……女王、そのようですな。ソフィア殿下の侍女に伝えることに致します」


 ん? ローザが知っているのか……剣術とは関係ない罠なのか? どんな罠なのかローザに聞かなければ。


 まあ、どの国に留学しても、バアル様以上の武人はいないのは分かっている。バアル様は、気が向いた時しか相手をしてくれないのだ。それに、武装国家アルマの動向を知りたいと思うし、私が生まれた帝国がどうなっているのかも見ておきたい。


 ◇◇◇

 春、アリシアお姉様の挙式がつつがなくり行われた。


 レースやフリルをふんだんに使った白いドレス姿のアリシアお姉様は、とても綺麗だった。銀の髪をおおうベールは、ウイリアム王子の瞳の色に合わせて碧い宝石で飾られている。ネックレスなどのアクセサリーも碧で揃えられていて、ウイリアム王子のカフスや胸元のリボン留めは、アリシアお姉様の瞳と同じ紫色の宝石で飾られていた。


「アリシアお姉様、ウイリアム王子、ご結婚おめでとうございます」

「ふふ、ソフィア、ありがとう」

「ソフィア王女、ありがとう。これからは兄と呼んで欲しいな」

「では、私のこともソフィアと呼んで下さい。ウイリアムお義兄にい様」


 微笑む2人は政略結婚なのだが、その穏やかな雰囲気がお互いを想い合っているように見えた。


 ミランダお姉様が、「私は、ウイリアムお義兄様より素敵な人と結婚するわ!」と目を輝かせていた。ミランダお姉様……容姿ではなく、国政の手伝いが出来る有能な方を選んで下さい。声に出して言えないが……。


 ◇◇

 アリシアお姉様の挙式後、私は馬車2台で留学先の帝国へと向かうことになった。先頭の馬車には、私と侍女のローザとジーナ。そして、マークとレオスが騎乗して警護に就いている。勿論、駿馬のブランも連れて行く。


 後ろの馬車には、料理人や使用人が乗っている。向こうで雇えば良いのに……お姉様方が留学した時は、もっと多くのメイドや使用人を引き連れて行ったそうだ。私は、婿探しにお茶会に参加するつもりはないからな。


 護衛の騎士も20名ほど加わったのでかなりの大人数だ。初めは、騎士団50人が護衛に就く予定だったが、宰相と交渉して20名まで減らしてもらったのだ。帝国で住む屋敷の警備とフローレス王国の体裁があるからこれ以上は減らせないと言われた。


 まずは、アリシアお姉様が留学していた隣国のラインハル王国を目指す。フローレス王都の東門を出て、草原を北東へ5日ほど進むと、岩肌が見える山岳地帯に入った。目の前にある高い山を越えるとラインハル王国になる。


 リザード系の魔物がいるのだが、私が出るまでもなく護衛の騎士団が軽く倒してしまう。昔を思い出して血が騒ぐと言うか、私も魔物を倒したいのだが「ソフィア様は馬車でゆっくりしていて下さい」と、マークに言われるのだ。


「では、任せた。マーク、人手がいるようなら遠慮せずに声を掛けるように」

「フフ、ソフィア様が出る前に私とレオスが出ますから、お手を煩わせることはありません」


「ソフィア殿下どころか、マーク殿とレオス殿の手も煩わせません!」


 騎士隊長の声が聞こえた。かなり気合が入っているな……この隊長、ヘンドリック様の三男でザック・アーネストと言い、マークより少し年上に見える。ヘンドリック様が、息子を隊長にと押し込んだそうだ。


『私が護衛にお供すると言ったら断られたのです。「もう、騎士団を引退しただろう」と……仕方なく、ザックを隊長にしろと宰相に直談判したのですよ。私がお供したかったのに……』


 フフ、ヘンドリック様は嬉しいことを言ってくれる。有難いなと思っていたら、


『ソフィア様の側にいたら、色んなことが起きて楽しいですからな。これまでの人生で、今が1番刺激的な経験をしておりますよ。ワハハハ』


 ヘンドリック様……まるで私がトラブルメーカーのように言わないで欲しい。


 ザック隊長は、昨年の騎士団の剣技大会でマークと当たり負けたらしい。因みにマークは3位だ。1位は3年連続レオスで、2位と4位は女王の護衛騎士だった。マークとレオスが馬車近くで並走して騎士団の動きを見ている。お前達……何だか、教官のようだな。


 特に問題も無くラインハル王国に入ったのだが、何故かラインハル王家からの使者が来て、夜会を開くと言うのだ。いや、私はまだ13歳なんだが……あれか、アリシアお姉様がラインハルの王族を選ばなかったからか? 私は、王族はパスなのだが……先を急ぐのでと丁重にお断りした。


「ローザ、全ての誘いを断ってくれ。ローザが、断ると不味いと思った相手だけ知らせて欲しい」


「ソフィア様、畏まりました」


 こういうことは、ローザに任せたら問題なく処理してくれる。本当に頼りになる侍女なのだ。


 そして、ラインハルト王国の領土を、北東に横断すると帝国との国境沿いに森がある。森の中の道を抜けて帝国に向かうのだが魔物が多いな。次々に魔物が行く手を阻み馬車が止まる。まぁ、魔王が覚醒しているのだから仕方ない。


「マーク、騎士達が怪我をしないようにフォローしてくれ」


「了解しました。レオス、行くぞ」

「はい」


 まぁ、あの2人が加われば、ほとんどの魔物は雑魚扱いだろう。余程の……む、あれはジャイアントベアではないか? まぁ、2人にしたら雑魚だが……。


『聖剣よ、ここでも紅茶の①番は飲めるのか?』


 いきなり隣から声がした。


「……」「えっ!?」

 対面に座っているローザが固まり、ジーナが飛び上がって驚いている。


「……バアル様」


 今日は……①番の華やかな香り高い最高級品のフローレス紅茶が飲みたいのですね。ここでも、ローザが美味しい紅茶を入れてくれますよ。


 以前、バアル様に書いた手紙には、『しばらく、そのまま寝ていてくれ』と書いたが、魔王バアル様が私の剣の師匠になるとはな……面白い人生だ。今、書くなら……


『拝啓、バアル様

 いつの日か、バアル様が、私と剣を交えて楽しいと思って頂けるようになりたい。まだ時間は掛かりますが、バアル様には飽きるまで剣の指導にお付き合い願いたい。

聖剣持ちのソフィア』


 こんな感じだろうか。


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